Xa阻害の阻害なのだ
非弁膜症性心房細動による脳塞栓症予防には、ワルファリンという薬剤が良く使われます。しかし、頻回に採血をして量を調節する必要があったり、薬物や食事の相互作用を気にしなければならないといった欠点から、近年第 Xa因子阻害薬という新しいタイプの抗凝固薬が開発されました。リバロキサバン (イグザレルト) 、アピキサバン (エリキュース) といったの薬剤が立て続けに登場し、多くの患者さんが恩恵を受けています。これらの薬剤は、高齢者、腎障害、低体重、抗血小板薬との併用などでは重篤な出血性合併症がみられることがあるので注意が必要ですが、一般的にはワルファリンに比べて出血性合併症は若干少ないと言われています。
第 Xa因子阻害薬の欠点として、拮抗薬がないというのが挙げられます。古典的な薬剤だと、例えばヘパリンならプロタミン、ワルファリンならビタミンKで拮抗できるので、内服している患者さんが出血しても直ぐに効果をキャンセルすることができます。ところが Xa阻害薬はそれが出来ないのです。
しかし、2013年3月3日の Nature Medicineに、その第 Xa因子阻害薬の作用を “解毒” できる組み換え蛋白質 (r-Antidote, PRT064445) が報告されました。
A specific antidote for reversal of anticoagulation by direct and indirect inhibitors of coagulation factor Xa
Genmin Lu, Francis R DeGuzman, Stanley J Hollenbach, Mark J Karbarz, Keith Abe, Gail Lee, Peng Luan, Athiwat Hutchaleelaha, Mayuko Inagaki, Pamela B Conley, David R Phillips & Uma Sinha
AffiliationsContributionsCorresponding author
Nature Medicine (2013) doi:10.1038/nm.3102
Received 02 December 2012 Accepted 23 January 2013 Published online 03 March 2013Abstract
Inhibitors of coagulation factor Xa (fXa) have emerged as a new class of antithrombotics but lack effective antidotes for patients experiencing serious bleeding. We designed and expressed a modified form of fXa as an antidote for fXa inhibitors. This recombinant protein (r-Antidote, PRT064445) is catalytically inactive and lacks the membrane-binding γ-carboxyglutamic acid domain of native fXa but retains the ability of native fXa to bind direct fXa inhibitors as well as low molecular weight heparin–activated antithrombin III (ATIII). r-Antidote dose-dependently reversed the inhibition of fXa by direct fXa inhibitors and corrected the prolongation of ex vivo clotting times by such inhibitors. In rabbits treated with the direct fXa inhibitor rivaroxaban, r-Antidote restored hemostasis in a liver laceration model. The effect of r-Antidote was mediated by reducing plasma anti-fXa activity and the non–protein bound fraction of the fXa inhibitor in plasma. In rats, r-Antidote administration dose-dependently and completely corrected increases in blood loss resulting from ATIII-dependent anticoagulation by enoxaparin or fondaparinux. r-Antidote has the potential to be used as a universal antidote for a broad range of fXa inhibitors.
著者らは第 Xa因子阻害薬を “解毒” するために、第 Xa因子に似ているけれど活性のない蛋白質を作製しました。この組み換え蛋白質 r-Antidote (PRT064445) は、46-78番目のアミノ酸を欠失させたことにより膜結合 γ-カルボキシグルタミン酸 (γ-carboxyglutamic acid; GLA) ドメインを欠き、プロテアーゼ触媒三残基のセリン残基をアラニンに置換 (S419A) したことで触媒的に不活性になっています。また、活性化ペプチド ArgLysArg (RKR) を RKRRKRに置換してあります。
この組み換え蛋白質はそれ自体活性を持ちませんが、第 Xa因子に似ているので第 Xa因子阻害薬とは結合します。第 Xa因子阻害薬は r-Antidoteにくっついてしまうせいで、r-Antidoteの用量依存的に作用が減弱することになります。動物実験では、マウス、ラット、ウサギでこれらの効果を確認することができました。またそればかりではなく、r-Antidoteは低分子ヘパリンや活性化 AT-IIIとも結合し、間接的に第 Xa因子を阻害する薬剤の活性にも影響を与えるようです。実際にラットを用いた実験では、enoxaparin (低分子ヘパリン) や fondaparinuxといった AT-III依存的抗凝固薬による出血を抑制することができました。
このように第 Xa因子阻害薬の作用を減弱する薬が開発されれば、薬剤をより安全に使用できることになります。第 Xa因子阻害薬を飲んでいる患者が出血してしまった時に効果を打ち消すことができるからです。また、抗凝固薬をずっと使用しておいて手術直前に作用を拮抗させるといった使い方も可能になるでしょう。第 Xa因子に間接的に作用する薬剤でも効果がありそう、というのも見逃せない点です。
いつ臨床の舞台に登場するかは不明ですが、安全に使用出来ることが確認できれば、登場が待ち遠しい薬剤です。