プリオン

By , 2013年11月20日 7:23 AM

2013年11月14日の New England Journal of Medicine (NEJM) に新しいタイプのプリオン病が報告されました。プリオンがこんなことを引き起こすとは想像していなかったので、読んで久々に鳥肌が立ちました。

A Novel Prion Disease Associated with Diarrhea and Autonomic Neuropathy

N Engl J Med 2013; 369:1904-1914November 14, 2013DOI: 10.1056/NEJMoa1214747

BACKGROUND

Human prion diseases, although variable in clinicopathological phenotype, generally present as neurologic or neuropsychiatric conditions associated with rapid multifocal central nervous system degeneration that is usually dominated by dementia and cerebellar ataxia. Approximately 15% of cases of recognized prion disease are inherited and associated with coding mutations in the gene encoding prion protein (PRNP). The availability of genetic diagnosis has led to a progressive broadening of the recognized spectrum of disease.

METHODS

We used longitudinal clinical assessments over a period of 20 years at one hospital combined with genealogical, neuropsychological, neurophysiological, neuroimaging, pathological, molecular genetic, and biochemical studies, as well as studies of animal transmission, to characterize a novel prion disease in a large British kindred. We studied 6 of 11 affected family members in detail, along with autopsy or biopsy samples obtained from 5 family members.

RESULTS

We identified a PRNP Y163X truncation mutation and describe a distinct and consistent phenotype of chronic diarrhea with autonomic failure and a length-dependent axonal, predominantly sensory, peripheral polyneuropathy with an onset in early adulthood. Cognitive decline and seizures occurred when the patients were in their 40s or 50s. The deposition of prion protein amyloid was seen throughout peripheral organs, including the bowel and peripheral nerves. Neuropathological examination during end-stage disease showed the deposition of prion protein in the form of frequent cortical amyloid plaques, cerebral amyloid angiopathy, and tauopathy. A unique pattern of abnormal prion protein fragments was seen in brain tissue. Transmission studies in laboratory mice were negative.

CONCLUSIONS

Abnormal forms of prion protein that were found in multiple peripheral tissues were associated with diarrhea, autonomic failure, and neuropathy. (Funded by the U.K. Medical Research Council and others.)

Abstractを日本語にすると、大体下記のような感じになります。

Background

ヒトプリオン病は、臨床病理学的表現型は多彩だが、一般的には認知症や小脳失調を中心とした、急速な多巣性中枢神経変性が関与する神経疾患ないし精神神経疾患を呈する。プリオン病の約 15%が遺伝性で、プリオン蛋白 (prion protein; PRNP) をコードする遺伝子変異が関与している。遺伝子診断の利用により、認識された疾患のスペクトラムは広がりを見せている。

Methods

我々は、イギリスの大家系における新しいプリオン病を調べるため、家系的、神経心理学的、神経生理学的、神経画像的、病理学的、分子遺伝学的、生化学的研究、さらに動物伝播研究と共に、20年以上の長期に渡り臨床的評価をしてきた。我々は、家系内 5名から得られた剖検ないしは生検サンプルと共に、家系内患者 11名のうち 6名を詳細に調べた。

Results

我々は、PRNP Y163X切断変異を同定し、成人初期に発症する自律神経障害と length-dependentの感覚優位軸索性末梢神経障害を伴った慢性下痢症が特徴的な表現型であることを見出した。認知機能低下とけいれんは 40~50歳代で出現した。プリオン蛋白アミロイドの沈着は、腸管や末梢神経を含む末梢臓器の至るところで見られた。末期の神経病理学的検査では、顕著なアミロイドプラーク、脳アミロイドアンギオパチー、タウパチーといった形で、プリオン蛋白の沈着が見られた。脳組織において、独特のパターンの異常プリオンタンパクの断片が見られた。マウスへの伝播実験は陰性だった。

Conclusions

末梢組織で見られる異常プリオン蛋白は、下痢、自律神経障害、末梢神経障害に関連があった。

内容を簡単に紹介。

[背景]

・プリオン病は、伝播しうる致死的な神経変性疾患で、遺伝性ないし後天性、もしくは孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病 (sCJD) として自然発生するものがある。

・伝播する物質プリオンは、正常な細胞表面蛋白プリオンが異常な折りたたみ構造をとって凝集した蛋白質である。プリオンの伝播は、正常なプリオン蛋白に結合して、それを鋳型としてミスフォールディングしていく、種 (seed) となるタンパク質の重合により起こると考えられている。

・常染色体優性のプリオン病は、PRNP遺伝子の変異によって起こり、これらの疾患はオーバーラップする 3つの疾患、Gerstmann-Straussler-Scheinker (GSS) 症候群、致死性不眠症、家族性クロイツフェルト・ヤコブ病に分類されてきた。

・他の神経変性疾患で異常沈着きたすタンパク質と対照的に、プリオン蛋白は glycosylphosphatidylinostil (GPI) anchorによって細胞膜につなぎとめられている。GPI蛋白結合部位を欠損したプリオン蛋白を発現させたマウスの実験では、感染性プリオンが伝播し、異常なプリオン蛋白が血管周囲に沈着する一方で、進行がとても遅く、多彩な臨床症状をきたすという、極めて興味深い結果が見られてきた。ヒトでは、stop-codonの変異がGPI anchorを欠く異常プリオン蛋白の原因となるが、報告は極めて限られる。PRNP Y145X変異ではアルツハイマー型認知症と脳血管にプリオン蛋白アミロイド沈着を伴った一例報告が、PRNP Q160Xでは認知症を呈した小家系の報告が、C末端の切断変異では GSS症候群の症例報告がなされている。

[方法]

・Immunohistochemical analysis

組織を固定して、組織ブロックをパラフィン包埋、ホルマリンによる前処理をした。組織は 7 μm厚に薄切し、hematoxylin and eosin, Luxol fast blue, periodic acid-Schiff, Congo red,thioflavin Sで染色した。免疫組織学的解析は、通常の avidin-biotin protocolに則って行い、プリオン蛋白 (KG9, 3F4, ICSM35, Pri-917), amyloid P component,glial fibrillary acidic protein, tau (AT8), tau-3R,tau-4R,amyloid-β, neurofilament cocktail, TDP-43,CD68,CR3/4, α-synucleinに対する抗体を用いた。

・Molecular genetic and protein studies

PRNPのゲノムDNAの全reading frameを解析した。脳ホモジネートは、SDS-PAGEで電気泳動し、immunoblottingを行った。

・Murine models

Tg (HuPrP129V+/+Prnp0/0)-152 mice (129VV Tg152mice), Tg (HuPrP129M+/+Prnp0/0)-35 mice (129MM Tg35 mice) を transgenic mouseとして用いた。

Inbred FVB/NHsd miceの脳内に、患者 IV-1から得られた脳 (前頭葉) を接種した。

[結果]

・Clinical Syndrome

臨床的に全ての患者は類似し、常染色体優性遺伝を示した (Figure. 1)。

全ての患者は 30歳代で発症する慢性下痢、それに引き続く混合性感覚優位及び自律神経ニューロパチーを呈した。水様性下痢は日夜数回起こり、腹部膨満感と体重変化を伴い、過敏性腸炎やクローン病と診断されていた。膀胱の脱神経による尿閉があり、自己導尿が必要で、2名の患者ではインポテンツが初期症状であった。別の初期症状は起立性低血圧で、ミネラルコルチコイドや非薬物対症療法に反応した。中等度に進行した患者では、体重減少、嘔吐、下痢は重度であり、2名では静脈栄養を要した。この治療により体重は安定し、嘔吐や下痢を軽減させるのに役立った。認知機能の問題やけいれんは 40~50歳代で出現した。平均死亡年齢は 57歳 (40~70歳) であった。

電気生理学的評価は 5名の患者に対して 11回行われ、進行性のlength-dependent, 感覚優位ポリニューロパチーであった。温度閾値は足では極めて異常だったが、手ではそうではなかった。運動神経の障害は進行期において、それほど重篤ではなく、脱神経の所見があり、下肢遠位の筋に強かった。臨床および電気生理学的検討では、遺伝性感覚および自律神経ニューロパチーを思い起こさせるもので、所見は家族性アミロイドポリニューロパチーに似ていた。

神経心理評価は 3名の患者に対して 8回行われた。患者が 50歳代の頃、最も顕著だったのが記憶機能と遂行機能の障害だった。2名は重症の患者は音韻性言語障害を呈した。頭部MRIでは進行期の患者 1名でテント上の全般的脳容積低下が見られたが、他の患者は正常であった。髄液検査では総tau (tau > 1200 pg/ml, 正常値 0~320 pg/ml) と、S100b蛋白 (2.17 pg/ml, 正常値 0.61未満), 14-3-3タンパク質の上昇を認めた。

アンカーを欠くプリオン蛋白を発現させたマウスで心筋症が見られたため、心臓の評価を行った。しかし、病歴や検査 (心電図、超音波検査) で心臓の障害が示唆された患者はいなかった。

・Molecular genetics

患者の DNAサンプルから PRNP遺伝子をシークエンスしたところ、新規のPRNP Y163X変異が同定された (c.489C→G, p.Y163X)。この変異は、prion蛋白の 129残基のバリンへの多型を伴っていた (Figure. 2)。PRNPの codon 129の多型は、健常人でも一般的に見られ、プリオン病の強力な感受性因子ならびに疾患修飾因子として知られている。患者 II-2, III-1, III-5は絶対的保因者と判断された。National Hospital for Neurology and Neurosurgeryにおいて、血縁関係のない遺伝性感覚性および自律神経ニューロパチーの患者 18名を調べたところ、変異は見つからなかった。そのため、この疾患は稀であると考えられる。4000名以上の患者とコントロールで検索しても、この変異は見つからなかった。

・Brain and peripheral-organ tissue disease

病理学的に、末梢組織では、 腸管、後根神経節細胞周囲、末梢神経の神経線維周囲、脳神経根の軸索と脊髄の後根と前根の軸索の間、リンパ網内系、門脈や腎臓尿細管、肺胞などにプリオン蛋白が見られた。末梢組織での異常プリオン蛋白は、孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病でも高感度の Western blotでは検出されていたが、免疫組織化学染色では検出されていない。(Figure .3)

中枢では、皮質 layer 1, 2にほぼ限局する軽度の海綿状変化がみられた。深部の皮質層の空胞形成は、孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病と違って顕著ではなかった。neurofibrillary tangleや neuropil threadの中に、プリオン蛋白のプラークや、相当量のタウ関連疾患の所見を認めた (こういう所見は GSSでも見られるとされる)。ミクログリアにプリオン蛋白を認めたが、アストロサイトでは認めなかった。新皮質に PAS染色でアミロイド形成を伴った蛋白沈着が確認され、血清アミロイドP陽性であった。(Figure. 4)

・Immunoblotting

PRNP Y163Xにコードされるプリオン蛋白は、安定なSDS抵抗性のオリゴマーを形成しているのかもしれない (※Figure. 5Cで epitope 142-158を認識する 抗体 ICSMでバンドが見られないのは、プリオン蛋白のオリゴマー形成により抗体が認識しなくなったものと推測される)。

・Absence of transmission to mice

患者脳を用いて、プリオン感染がマウスに伝播するか調べた。3種類の系統の 24匹のマウスのうち、接種後、実験終了の 600日目までに臨床症状を呈したものはなかった。潜在的な感染がないか、脳組織の Western blotや免疫組織化学的検討をしたが、そのような所見はなかった

[考察]

・PRNP Y163Xは、非神経症状を呈し、プリオン蛋白アミロイドが全身臓器に沈着し、進行が緩徐であるという点で、他のプリオン病と異なる。

・末梢の症状優位なので、初期に消化器科などを受診することがあり、診断が難しい。

・PRNP Y163Xと 129バリン多型の存在の関係についてはよくわかっていない。

・自律神経症状は急速に進行する致死性不眠症でも報告されているが、これはコドン 129メチオニン多型を伴った codon 178の変異で起こる。しかし、末梢神経障害は致死性不眠症では見られない。

・PRNP Y163X変異による自律神経障害は、臨床的、電気生理学的、病理学的検討から、末梢優位であるようだ。下痢は複合的な要因によるもので、自律神経の脱神経、あるいは異常プリオン蛋白が直接粘膜を障害し、吸収障害や細菌の増殖、腸管麻痺を起こすのかもしれない。

・下痢により、手術を行われた患者が複数存在した。そのことにより医原性にプリオンの感染が広がった可能性がある。マウスでは、実験的なプリオン蛋白の感染は確認されなかったものの、ヒトにおいては完全に否定はできない。

・末梢神経障害を伴った説明のつかない慢性下痢や、家族性アミロイドポリニューロパチーに似た説明の出来ない症候群を見たら、PRNPの検査を行うべきである。

この疾患が稀であるとしても、こういう患者さんを見かけたら、この遺伝子変異が鑑別になることは、覚えておかないといけないと思います。

プリオン病については、いくつかの診療経験が思い出されます。初めて診断したのは、医師になって 3年目の時、郡山での夜間の救急外来でした。3ヶ月前から進行する物忘れを生じた高齢者が、近医でアルツハイマー病と診断されてからすぐ痙攣ということで搬送されてきたのです。診断に苦慮したのでボスを呼んだら、ミオクローヌスを見てひと目で「これは孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病ですね」と診断し、検査する前から検査結果を言い当てられ、「神経内科医すげぇ」と思った記憶があります。別の患者さんで、孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病だと思って遺伝子を調べたら、冨士川流域家系だったことがあり、すごくシビアな告知となりました。また、中学生時代にイジメにあって頭蓋骨を割られ、人工硬膜を使うことになったら、そこからプリオン病に感染した若者の主治医をしたときに、やるせない気持ちになったのを覚えています。

さて、プリオン病つながりで、最近 2013年10月15日に、 British Medical Journalに興味深い論文が出ました。

Prevalent abnormal prion protein in human appendixes after bovine spongiform encephalopathy epizootic: large scale survey

BMJ 2013; 347 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.f5675 (Published 15 October 2013)

Cite this as: BMJ 2013;347:f5675

Abstract

Objectives To carry out a further survey of archived appendix samples to understand better the differences between existing estimates of the prevalence of subclinical infection with prions after the bovine spongiform encephalopathy epizootic and to see whether a broader birth cohort was affected, and to understand better the implications for the management of blood and blood products and for the handling of surgical instruments.

Design Irreversibly unlinked and anonymised large scale survey of archived appendix samples.

Setting Archived appendix samples from the pathology departments of 41 UK hospitals participating in the earlier survey, and additional hospitals in regions with lower levels of participation in that survey.

Sample 32 441 archived appendix samples fixed in formalin and embedded in paraffin and tested for the presence of abnormal prion protein (PrP).

Results Of the 32 441 appendix samples 16 were positive for abnormal PrP, indicating an overall prevalence of 493 per million population (95% confidence interval 282 to 801 per million). The prevalence in those born in 1941-60 (733 per million, 269 to 1596 per million) did not differ significantly from those born between 1961 and 1985 (412 per million, 198 to 758 per million) and was similar in both sexes and across the three broad geographical areas sampled. Genetic testing of the positive specimens for the genotype at PRNP codon 129 revealed a high proportion that were valine homozygous compared with the frequency in the normal population, and in stark contrast with confirmed clinical cases of vCJD, all of which were methionine homozygous at PRNPcodon 129.

Conclusions This study corroborates previous studies and suggests a high prevalence of infection with abnormal PrP, indicating vCJD carrier status in the population compared with the 177 vCJD cases to date. These findings have important implications for the management of blood and blood products and for the handling of surgical instruments.

イギリスで、摘出された 32441人の虫垂を調べると、16人で異常なプリオン蛋白が陽性でした。これは 100万人当たり 493人の頻度になります (世代間での差はなかったようです)。過去に報告されている変異型クロイツフェルト・ヤコブ病は 177例であることを考えると、何故これだけ多くの人が異常なプリオンを体内に持っているのに変異型クロイツフェルト・ヤコブ病を発症しないのか、謎です。もちろん、コドン 129の多型は関係しているのかもしれませんが、それ以外になにか理由があるのかもしれません。

これはイギリスのサーベイランスなので変異型クロイツフェルト・ヤコブ病がほぼ存在しないと言って良い日本では直接当てはまりませんが、外科医や病理医を中心とした医療従事者、手術を受ける他の患者への感染制御という意味では、大変インパクトの大きい報告なのではないかと思います。

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