脳卒中急性期の降圧

By , 2014年10月30日 7:53 AM

Lancet誌に、脳卒中急性期患者に対するニトログリセリン貼付薬の効果と安全性に関する ENOS研究が掲載されました (2014年10月22日 published online)。同じ研究で、脳卒中急性期に、それまで飲んでいた降圧薬を中止すべきかどうかも調べています。

Efficacy of nitric oxide, with or without continuing antihypertensive treatment, for management of high blood pressure in acute stroke (ENOS): a partial-factorial randomised controlled trial

興味深い論文だったので、簡単にまとめてみました。

背景:

高血圧は、急性期脳梗塞や脳出血の 70%にみられる。このような患者では、急性期再発率や死亡率が高い。そのため、急性期に血圧を下げようという試みがあり、降圧の有効性と安全性を調べた大規模研究がいくつかある。

・良くない:SCAST, IMAGES

・良くも悪くもない:CATIS,

・どちかというと良い:INTERACT2 (ただし、脳出血が対象の研究)

一酸化窒素 (NO) は、前臨床研究で梗塞巣を小さくし、局所の血流や機能予後を改善することが示されている (※ニトログリセリンは分解されて NOとなる)。ニトログリセリンに関しては、パイロット研究を含め 5つの小規模研究があり、安全性は確認されている。

発症までに飲んでいた降圧薬を急性期に継続した方が良いかどうかは、COSSACS研究ではどちらも差がなかったが、よくわかっていない。

方法:

国際多施設共同、プラセボ対照、並行群間比較試験を行った。患者とアウトカム評価者には盲検化が行われた。患者は 7日間ニトログリセリン貼付薬 (5 mg) を使用する群と、それを使用しない群にランダムに振り分けられた。さらに、降圧薬を内服していた患者は、継続するかどうかを無作為に振り分けられた。

対象は、臨床的な脳卒中症候群として入院した 18歳以上で、四肢のいずれかに麻痺があり、収縮期血圧 140-220 mmHg, かつ 48時間以内に治療が始められた患者とした。診断は、CTもしくは MRIで行われた。次の患者は除外した:血栓溶解療法などで降圧薬を絶対開始する必要がある、降圧薬を絶対に続ける必要がある、降圧薬を絶対に中止する必要がある、ニトログリセリンを必要とする、ニトログリセリンに副作用がある、昏睡 (GCS<8), 純感覚脳卒中、失語症、元々の modified Rankin Scale (mRS) 3-5点、神経ないし精神疾患の併存、脳卒中と紛らわしい病態 (低血糖や Todd麻痺など)、肝障害、腎障害、内科疾患の合併、妊娠ないし授乳中、過去の ENOS研究への参加、外科的介入が予定されている、2週間以内の別の研究への参加。

ニトログリセリン貼付薬は患者に見えないように覆った。降圧薬の内服ができない患者には、経鼻胃管から投与した。薬剤投与の 7日間が過ぎた後は、脳卒中二次予防のため、降圧薬、抗凝固薬、脂質異常症治療薬の投与が推奨された。

一次エンドポイントは試験開始 90日後の機能予後 (mRSで評価) とした。二次エンドポイントは、Barthel indexで評価された ADL、電話を用いてスケーリングされた認知機能、EQ-5Dで評価された QOL, short Zungうつ評価で評価された感情とした。安全性は、全ての死亡、初期の神経学的悪化、7日以内の脳卒中再発、7日目までの治療介入を必要とする高血圧/低血圧、重篤な副作用を評価した。

結果:

4011名がエントリーした。2097名 (52%)が発症前に降圧薬を内服しており、1053名が降圧薬継続群、1044名が降圧薬中止群に割り当てられた。3995名 (>99%) で 90日後までフォローアップすることができた。ベースラインの血圧の平均値は 167/90 mmHgであった。ニトログリセリン貼付薬の初回投与後、貼付群は非貼付群に比べて血圧が 7.0/3.5 mmHg低くかったが、この差は 3日目に消失した。

一次エンドポイントである 90日後の機能予後は、ニトログリセリン貼付群は非貼付群に対して、降圧薬継続群は非継続群に対して、いずれも差がなかった。サブグループ解析の結果、ニトログリセリン貼付群は発症 6時間以内に開始した場合もしくは女性において、非貼付群と比較して有意に機能予後が良かった (出血/梗塞、OCSP分類では差がなかった)。サブグループ解析の評価項目全てで、降圧剤継続群と降圧薬中止群の間に有意差はなかった。また、サブグループ解析の結果、頸動脈狭窄患者で降圧による悪影響は検出されなかったが、サンプルサイズが小さいことを考慮する必要がある。

二次エンドポイントにおいて、ニトログリセリン貼付群は非貼付群と全ての評価項目で差がなかった。降圧剤継続群は非継続群と比較して死亡率はほぼ同じであったが、病院での死亡や施設への退院が多く、寝たきりが多い傾向にあった。また、認知機能スコアも降圧薬中止群に比べて低かった。降圧薬継続群は、降圧薬中止群に比べて重症高血圧となる割合は少なかった。有害事象の発生総数は降圧薬継続の有無で差がなかったが、肺炎は降圧薬継続群で有意に多かった。肺炎は、多くは嚥下障害がある患者で、降圧薬を飲むときに起きていた。その他の二次エンドポイントは降圧薬継続群と中止群で差がなかった。

安全性評価では、ニトログリセリン貼付薬投与群では非投与群群と比べて頭痛と低血圧が多い傾向にあった。

考察:

ニトログリセリン貼付薬による急性期の降圧も、発症前の降圧薬の内服継続も、有効性を示せなかった。その理由として、①降圧不十分、②脳出血のみ降圧が有効、③薬剤を開始するタイミングが遅すぎた、④数日でニトログリセリンへの耐性が生じて効果が不十分だった、という可能性があるのかもしれない。

降圧薬継続群で、二次エンドポイントの評価項目いくつかで悪化がみられたが、真の結果か偶然の効果かはわからなかった。

読んだ感想・・・。

脳梗塞について、

①過去の研究とこの研究を併せてみて、多分脳梗塞急性期の降圧は効果がないか、あってもわずか、さらには有害である可能性もあるのだから、急性期は降圧しなくて良いのでは。薬は、副作用の観点から、また経済的にも少ないほうが良いし。

②脳梗塞急性期に高血圧である患者の予後が悪いのは、ひょっとしたら高血圧が原因ではないのかもしれません。例えば、より脳循環が悪くて、血流を改善しようとして代償的に血圧をあげているのであれば、高血圧となっている患者の方が条件が悪いと予想されます。降圧すると、もっと条件が悪くなるかもしれません (血圧を下げた方が予後が悪いという研究結果に合致)。また、脳梗塞などのイベントで血圧が高くなりやすい患者というのは、もともと血圧の変動が大きく、脳血管の動脈硬化が進んでいた可能性も否定できません。

③脳梗塞急性期に血圧が放置できないくらい高くなる患者さんがいて、我々は慣習的にニトログリセリン貼付薬 (ニトロダームテープなど) を使ってきました。理由として、キレの良い薬を使って急激に血圧が下がり過ぎると脳循環を悪くしそうだけど、ニトログリセリン貼付薬ならマイルドな降圧効果が得られるからというのが一点、貼り薬なので嚥下障害があっても使えるのが一点です。この研究結果は、慣習的なプラクティスで重篤な副作用がないことを再確認させてくれました。

この話に関連して、Clinical neuroscience誌の 10月号に、脳卒中関連の RCTが多数批判的吟味されていて、降圧関連の臨床研究もいくつか含まれていました。まとめて読めるので、結構オススメと思います。

Clinical Neuroscience Vol.32 (14年) 10月号 脳卒中EBMカタログII

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診断精度研究のメタ分析

By , 2014年10月28日 5:13 PM

2014年10月25日に、「診断精度研究のメタ分析」という研究会に行ってきました。

第17回 診断精度研究のメタ分析

この分野の本は数冊読みましたが、実際に講演を聞いて非常に勉強になりました。質疑応答でも質問させて頂きました。臨床疫学の様々な分野に渡って開催されている研究会のようですので、また別のテーマでも参加したいと思います。

今回の講演の中には “SlideShare” でスライドが公開されているものがあります。下記にリンクを貼っておきますので、興味のある方は御覧ください。

「診断精度研究のメタ分析」の入門

「診断精度研究のメタ分析」の書き方

「診断精度研究のメタ分析」の報告事例

なお、この研究会を主催した「臨床疫学研究における報告の質向上のための統計学の研究会 (REQUIRE)」 のサイトでは、それ以外の講演会の内容も一部オープンになっているようです。

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ALSと陰性徴候

By , 2014年10月26日 9:35 AM

感覚障害、 膀胱・直腸障害、眼球運動障害、褥瘡は “ALSの陰性徴候” と呼ばれ、ALS患者では何故かこの症状がみられません。その理由はメジャーな症候学の教科書を読んでも書いておらず、私は知らなかったのですが、2014年10月16日付の Scientific Americanに凄く興味深い記事が載っていました。

Why Do Eye Muscles Function in ALS as Other Muscles Waste Away?

An important clue may lie in the wiring of the motor neurons. Those vulnerable to ALS connect to specialized sensory neurons and “receive continuous excitation from other neurons that release glutamate,” an important neurotransmitter that excites motor neurons and triggers muscle movement, explains neuroscientist George Mentis of the Center for Motor Neuron Biology and Disease at Columbia University.

Eye and sphincter motor neurons, however, do not receive synaptic connections from these specialized sensory neurons and instead get their signals from different neurons. They also “receive less glutamate from yet different sources, ultimately triggering muscle movement in a different way,” Mentis says. Specifically, the ALS-resistant neurons  receive more discrete, specific bursts of the chemical instead of a continuous flow. Sustained exposure to glutamate may cause an over-accumulation of calcium, which harms cells.

つまり、ALSで膀胱直腸障害や眼球運動障害が起きないのは、眼筋や括約筋を支配する神経が、他の運動神経と異なった特徴を持つ神経回路を形成しており、グルタミン酸が関与した持続的な興奮入力を受けにくいことで説明できそうです。グルタミン酸が関与した持続的な興奮入力は、過剰なカルシウム流入を介して細胞毒性をきたす可能性があると考えられています。上記に書いてはありませんが、感覚神経が障害されないのも、運動神経のようにこのような持続的興奮入力を受けないことで説明できるのかもしれません。長年頭を悩ませてきた疑問が、少し解けた気になりました。

余談ですが、グルタミン酸受容体のなかで AMPA受容体と ALSの関係について最近多くの論文が発表されています。そんな中、2014年10月20日に、AMPA受容体拮抗薬 “Perampanel” が抗てんかん薬として FDAから承認されました。この薬が、ALSでの AMPA受容体が関与した細胞毒性を抑えてくれることはないのか・・・ふと思いました。論文検索してみても誰も研究していないみたいですし、何の根拠もない全くの妄想ですけれど・・・(^^; (開示すべき COIはありません)

全く話は変わりますが、ALSに対してセフトリアキソンは有効性を示せなかったという第三相試験の結果が、Lancet Neurologyに掲載されました (2014年10月6日 online published)。うーん、残念。

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TUBA4A

By , 2014年10月25日 8:08 AM

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の原因遺伝子がまた新たに同定されました。2014年10月22日の Neuron誌に論文が掲載されています。

Exome-wide Rare Variant Analysis Identifies TUBA4A Mutations Associated with Familial ALS

著者らは、Exome-wide rare variant analysisという手法を用い、363例の家族性 ALS患者を調べました。そして、チューブリン Alpha 4Aをコードする TUBA4Aを原因遺伝子として同定しました。TUBA4Aの変異部位は、G43V, T145P, R215C, R320C/H, A383T, W407X, K430Nでした。TUBA4Aの変異は、微小管ネットワークを不安定化させ、再重合能を低下させるそうです。微小管というと、国立精神神経センターなどが研究している軸索輸送などにも関わってくる話でしょうか。

今回の論文は、患者検体を用いた遺伝子解析と、生化学的な機能解析のみが記載されています。今後 TUBA4A変異がある ALS患者の臨床像を記した論文が出てくるのを楽しみに待ちたいと思います。

なお、TUBA4Aのように細胞骨格に関連した ALS原因遺伝子だと、以前紹介した ARHGEF28を思い出します。現在、ALS研究では RNA代謝の話題がホットですが、こちらの方面での研究も加熱しそうです。

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ミレー展

By , 2014年10月24日 8:37 PM

三菱一号館美術館に、ミレー展を見に行ってきました。

ボストン美術館 ミレー展

私はミレーの「落穂拾い」という絵が大好きなのですが、今回は「種をまく人」「刈り入れ人たちの休息 (ルツとボアズ)」「羊飼いの娘」という作品が目玉でした。「刈り入れ人たちの休息」は、ルツとボアズをテーマにしていますので、その点では「落穂拾い」と共通点があると言えます。ミレーは、この「刈り入れ人たちの休息」を描くために練習した絵を多く残したそうです。「羊飼いの娘」という作品は、カンバスが手に入らない時期に、他の作品の上に重ねて描いたのが X線分析で明らかにされており、興味深かったです。

他にもミレーの作品はいくつも展示されていましたし、彼と同時代の画家の絵も多くありました。

絵の鑑賞が終わった後は、美術館向かいの MARGO MARUNOUCHIでシャンパンやワインを飲むのがお勧めです。

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頭部画像ツール

By , 2014年10月22日 5:14 AM

以前紹介した「遠隔画像診断.jp」を運営されている方が、頭部画像診断ツールを開発されました。頭部MRIでの正常解剖をわかりやすく見ることができます。専門医には当たり前の知識かもしれませんが、初学者にはありがたいツールだと思います。

画像診断cafe

(参考)

遠隔画像診断.JP (妊婦の CT検査による胎児への影響)

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解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯

By , 2014年10月21日 5:53 AM

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (ウェンディ・ムーア著、矢野真千子訳)」を読み終えました。

ジョン・ハンターについては、医学史関連の本に頻繁に登場する割には、「外科医の父」「無駄な手術をしたがらなかった」「死体泥棒としての影の部分」等の断片的なキーワードしか知らなかったので、一度きちんとした本を読みたいと思っていました。この本は期待に十分答えてくれるものでした。また、ヨーゼフ・ハイドン、ウィリアム・ハーヴェイ、アストリー・クーパー、デイヴィッド・ヒューム、アダム・スミス、ベンジャミン・フランクリンなど有名人がたくさん登場するのにも、読んでいてワクワクさせられました。

ハンターの住居はハンテリアン博物館となっているようなので、将来是非行きたいです。

以下、備忘録。

・ハンターの時代、膝窩動脈瘤は貸し馬車御者の職業病だった。当時の一般的な治療は下肢の切断術だった。そうしなければ、動脈瘤破裂で死ぬことになる。ハンターは動物実験を繰り返し、動脈瘤の中枢側を結紮する方法を編み出した。その患者が別の原因で亡くなった後、脚は標本になった。ハンテリアン美術館で標本 P275, P279として保存されている。

・ハンターの兄ウィリアムズは、解剖学を学び、ロンドンに講座を開こうとしていた。死体で練習をしていない外科医が初めてメスを入れるのは生きた患者となるため、ウィリアムズは解剖実習が必要だと考え、それを講座のウリにしようとした。ところが、献体という概念が生まれる前の時代であり、保存技術もなかったので、解剖用の死体が足りなかった。ウイリアムズは、死体調達をさせる目的もあり、勤務先の材木商が倒産して暇になっていた弟ジョン・ハンターを呼び寄せた。

・当時は、墓泥棒の他、死刑囚の遺体を手に入れる方法があった。その時代の絞首刑は、方法の問題で頚椎損傷ではなく、窒息が死因になることが多かった。そのため解剖台で息を吹き返すこともあった。

ウィリアム・ハーヴェイは、自身の家族が死んだ時、遺体を検死解剖した。ハーヴェイ自身は死んだ時に鉛の棺に入れて鍵をかけ、解剖学者の手に渡さないように言い遺した。

・ジョージ四世の手術を執刀し、クーパー靭帯に名を残したアストリー・クーパーは、死体泥棒に指示したことを認め、1828年の国会特別調査会で「患者の病状を知るためにはだれかがそれをしなければならない」と開き直る証言をした。

・18世紀のパリでは膀胱結石に対する石切術で 5人中 2人が死亡していた。方法は、直腸に指を入れて石を皮膚側に押し出し、会陰部を切開するものだった。経尿道アプローチする方法もあった。チェゼルデンは、フランスからの巡業医師フレール・ジャック・ド・ビューリーが会陰部から 1 cm側方を切開するのを見て、自宅での解剖実習で学んだ知識と併せて、 1725年に側方切石術を編み出した。死亡率は 10人に 1人未満になった。ハンターは兄の元で解剖学を学ぶ一方、チェゼルデンの元で外科医としての修行をした。

・ハンターは解剖学での分析によく味覚を使っていて、生徒にも使わせた。「胃液は透明に近い液体で、味はやや塩気がある。精液は匂いも味もやや吐き気をもよおす感じがするが、口の中にしばらくふくんでいると香辛料のようなあたたかみが生まれ、それがしばらくつづく」と書き残している。

・ハンターは、当時良くわかっていなかったリンパ管の役割を調べるため、生きた犬の腹を開き、腸に温めたミルクを注いだ。乳糜管は白くなったが、静脈は色が変わらなかった。そのため、リンパ管のみが脂肪と体液を吸収するという説が証明された。

・ハンターに師事したウィリアム・シッペンはハンターの手法を取り入れ、同じくハンターの教え子だったジョン・モーガンとアメリカ初の医学校を創設した。その医学校はのちにフィラデルフィア大学となった。彼らは、墓地から死体を盗んでくる手法まで取り入れ、そのせいで学校が民衆に襲撃されたこともあった。

・ハンターは軍医時代に、傷口をいじり回すより放置するほうが予後が良いことに気づいた。同じ時期に銃弾の摘出手術を受けなかった症例 5人全員が治癒したのを見たことが、その後できるだけ戦場で手術を行わないことの根拠となった。

・ハンターは色々と移植手術を試した。例えば、歯牙を移植したり、雄鶏のけづめを雌鶏のとさかに移植したり、雄鶏の睾丸を雌鶏の腹に移植した。歯牙移植は数年しか持たず、梅毒の原因にもなった。

・ハンターは淋菌と梅毒が同じ原因であるこという仮説を立て、淋病患者の膿をつけたメスで被検者のペニスを傷つけ、うつった淋病が梅毒に進行することを証明した。この時の被検者はハンターだったと言われている。しかし、用いた膿が実際には梅毒を合併した淋病患者のものだったらしく、現在では実験失敗だったことがわかっている。1838年、フィリップ・リコールは、何も知らない 2500人の患者に接種実験をして、淋病と梅毒が別の病原体であることを明らかにした。

・当時性病治療には水銀治療が行なわれていたが、淋病は自然治癒するため効果を疑問視し、ハンターはパンをプラセボとして与えた。それでも効果があったので、淋病に対して水銀は不要と証明された。

・ハンターは自著で、マスターベーションにお墨付きを与えた。また、性生活が上手くできない男性に対して、6日間何もせずに女性と並んで寝るように指示したところ、7日目には精力を取り戻し、有り余る欲望をもってベッドに飛び込んだ。

・ハンターは、カイコで人工授精の実験をした後、ヒトにも応用しようとした。尿道下裂のために不妊で悩んでいた男性の精液を注射器に集め、妻のヴァギナに注入したところ、すぐに妊娠した。この症例は史上初の人工授精とされる。

・後に種痘接種で有名になるエドワード・ジェンナーは、ハンターの家での住み込み弟子第一号となった。ハンターとジェンナーの親交は、生涯続いた。ハンターはジェンナーの最初の子供の名付け親になっている。

・ハンターの妻アンは、作詩家であり、教養人だった。作曲家のヨーゼフ・ハイドンと交流があった。

・ハンターは癌については積極的な手術を勧めた。検死解剖の経験から、癌をわずかでも残すのは全部残すのと変わらないと知っており、完全に切除できたかを慎重に調べなくてはいけないと言っていた。また、自分の手術ミスに関しては失敗をおおっぴらに認めた。「あの穿孔術で患者を殺したのは私だ」とか「あの手術で私は馬鹿なことをした」と。医療ミスは避けようがなく、失敗を隠すより失敗から学ぶべきだという持論だった。

・ハンターは、内科の三大治療「下剤・嘔吐剤・瀉血」の効果を疑っていた。瀉血は必要な場合以外避けるべきだと常々言っていた。しかし、将来自分が狭心症で倒れた時は、これらの治療法を試し、意味がないことを身を持って知った。

・ハンターが解剖した狭心症患者の検死所見は、1772年のウィリアム・ヘバーデンの論文に添付された。ヘバーデンは狭心症について世界で初めて正確な解説を書いた人物として知られる。

・哲学者デイヴィッド・ヒュームは、原因不明の腹痛に悩まされていた。ハンターの義父がヒュームのいとこだったので、ハンターはヒュームの診察をして、肝臓癌であることを診断した。

・ハンターは溺水患者の蘇生に興味があった。当時の治療は瀉血や浣腸や、タバコの煙を吹きかけることだった。ハンターは被害者の肺に空気を入れることが大事だと考えた。そして、被害者の肺をふくらませるために鼻から刺激性のガスを入れ、ベッドの中で体をゆっくりあたため、精油で体をこすることを提案した。これらをすべて試しても生き返らない場合には、電気刺激を与えることを提案した。

・ハンターは、3歳の女児が二階の窓から転落したとき、電気ショックを胸に与えた後生き返ったことを書き残した。

・当時、奇形に生まれた人々への救済処置はなく、自らを見世物として人前に晒すことが収入源だった。

・ハンターは、変異体を生物進化の証であると考えていた。「あらゆる種のあらゆる器官は、もとより奇形の特質を有する」と書き残している。

・ハンターの新居は、表通りに面した洒落た建物と、別の通りに面した地味な建物がつながったものだった。ハンターの外科医、解剖学者、教師、研究者の表の顔と、死体泥棒とつながった裏の顔が、「ジキル博士とハイド氏」が書かれるときのヒントとなった。ジキル博士の家はジョン・ハンターの家がモデルだとされている。

・ベンジャミン・フランクリンが膀胱結石で悩んでいた時に、ハンターに助言を求めた。ハンターは高齢での手術を避けることを勧めた。

・ある患者がハンターに手術を依頼したとき、ハンターは 20ギニー/件の相場と答えた。その患者家族が金を工面するために次回の来院を 2ヶ月遅らせたことを知ったハンターは 19ギニーを返し、「1ギニーだけ頂戴します。これだけなら、自分の思慮のなさに心を痛めずにすみますから」と答えた。

・ハンターの弟子には、パーキンソン病を報告したジェームス・パーキンソンがいた。パーキンソンが書き残したノートは、ハンターの講義を知る貴重な資料となっている。

・1783年に、ハンターと友人ジョージ・フォーダイスは医学外科学交流会を設立した。そして二週間毎にオールド・スローターズというコーヒーハウスに集まり、内科と外科からそれぞれ症例提示し、垣根を越えて議論を深めた。

・経済学者アダム・スミスはその技術に感銘を受け、「国富論」を一部ハンターに献呈した。スミスはハンターに痔の手術を受けた。

・ハンターは、ダーウィンが「種の起源」を出版する 70年前に、共通の祖先からの生物の進化を書き残していた。それは「種の起源」から 2年後に再発見され、「博物学、解剖学、生理学、心理学、地質学にかんする小論と観察」として出版された。

・1793年10月16日にハンターが死んだ後、「自分が死んだら検死するように」という遺言通り解剖された。診断は、彼の生前診断どおり冠動脈疾患だった。ハンターは心臓とアキレス腱 (1766年に切断し自然治癒で治した) を保存するように言い遺していたが、義弟ホームはそれを守らなかった。

・義弟ホームは、ハンターの死後ハンターの業績を横取りして発表し、ハンターの残した書類を証拠隠滅に焼却した。

・ハンターの博物館-ハンテリアン博物館-は、その後フランスのルイ・ナポレオンやチャールズ・ダーウィンなどが訪れている。

・1859年1月、ハンターの遺骨が収められた納骨堂が整理されるという記事をみつけたフランシス・バックランドは、3000以上の棺を 7日間かけて探しまわり、残された棺あと 2個というところでハンターの棺を見つけた。ハンターは 3月28日に改葬された。

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静脈ガスは動脈ガスの代わりになるか?

By , 2014年10月20日 9:19 PM

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) 患者では、いつの間にか進行した CO2貯留が問題になることがあるので、たまにそのチェックが必要になります。しかし通常の外来で数カ月ごとに動脈血採血を繰り返すのは大変なので、便宜上静脈血採血で経過を見たりします。便宜上とは言え、動脈血で行うべき検査を静脈血で代用することの科学的根拠について気にしたことは、これまであまりありませんでした。

そんな中、全く別の件で見ていたファイルに面白いことが書いてありました。

静脈血ガスは動脈血ガスの代わりになるか?

このファイルにある「PCO2: 静脈血が 45mmHg以下であれば動脈血は 50mmHg以下」という tipsは、ひょっとしたら静脈血で ALS患者の CO2貯留をスクリーニングすることに科学的根拠を与えてくれるのではないかと感じました。ただし厳密には、クリニカルセッティングが異なる研究を適用するのには注意が必要です。

ちなみに、静脈血CO2から動脈血CO2の値を正確に推測することは難しいとされているそうです。

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論文解釈のピットフォール

By , 2014年10月19日 7:02 AM

臨床医が EBM “根拠に基づく医学” を実践するとき、過去の臨床試験の解釈は大きな役割を果たします。ところが、臨床試験の解釈の仕方のトレーニングを受ける機会はあまりありません。

2009年の週刊医学界新聞に、素晴らしい連載を見つけました。臨床医必読だと思います。

論文解釈のピットフォール

下記は、序文です。

ランダム化臨床試験は,本来内的妥当性の高い結果を提供できるはずですが,実に多くのバイアスや交絡因子が適切に処理されていない,あるいは確信犯的に除去されないままです。したがって解釈に際しては,“ 騙されないように” 読む必要があります。本連載では,治療介入に関する臨床研究の論文を「読み解き,使う」上での重要なポイントを解説します。

この連載は、ディオバンを用いた JIKEI HEART研究の問題は表面化する前ですが、何度も登場します。わかる人には当時から問題がわかっていたんですね。

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トーマス・ツェートマイヤー

By , 2014年10月18日 11:20 PM

24のカプリース全曲演奏会に行ってきました。

トーマス・ツェートマイヤー

24のカプリース (ニコロ・パガニーニ)

2014年10月17日 19:00開演 トッパンホール

パガニーニ作曲、24のカプリスは、ヴァイオリン無伴奏曲の頂点の一つです。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ・パルティータを旧約聖書、パガニーニのカプリスを新約聖書と呼ぶ人がいるくらいです。特に第 24番の主題は、リスト、ブラームス、ラフマニノフらがパガニーニの名前を冠した曲に用いたことで非常に有名です。

非常に技巧的な曲であるため、24曲が一度に演奏されることはあまりありません。ツェートマイヤーにとって、かなりのチャレンジだったと思います。

演奏を聴いて、ツェートマイヤーがこの曲集を完全に自分のものにしていることが伝わってきました。他の演奏家に真似できない個性がありました。

また、素晴らしいと思ったのがボウイング技術です。例えば、第5番の中間部は 16分音符 4個が一単位ですが、楽譜には最初の 3個をダウンボウで、最後の 1個をアップボウで弾くように書いてあります。ところが、そのように弾いている演奏家はほとんどいません。例外的にマルコフが一部そう弾いているのを Youtubeで見ることができます (この動画の 40秒くらい) が、それでも途中からは奏法を変えています。ツェートマイヤーは楽譜の指示通り完璧に弾いていました。

残念だったのは音程です。かなり不安定でした。一曲を通じて調性感のある安定した音程で弾けていたのは、第5, 7, 17, 18, 19 番などくらいで、あとはどこかしか気になりました。まぁ、それでも聴かせてしまうのは凄いんですが (^^;

アンコールは、下記。

ツィンマーマン:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1楽章

イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op.27-3 《バラード》

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 BWV1005より 第4楽章

現代作曲家ツィンマーマンの曲は初めて聴きました。難曲ですが、完璧な演奏でした。

・B. A. Zimmermann “Sonata for Violin” Part 1/2 played by Rachel Field

(参考)

Paganiniの手

カプリス5番

カプリス

 

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