映画「『アルゲリッチ 私こそ、音楽』」を見ました。
ピアノの巨匠マルタ・アルゲリッチの娘ステファニーが撮りためた、母親の映像を豊富につかったドキュメンタリー映画です。
ベッドでくつろいでいるシーン、起き抜けの顔、コンサート前に楽屋で「弾きたくない」とダダをこねているシーンなど、ほとんどがプライベート映像で占められています。
マルタ・アルゲリッチ自身が “音楽” に言及した部分はそれほど多くなく、「老いへの不安」や「家族の絆」という内面的な描写が多かったです。
マルタ・アルゲリッチは元夫シャルル・デュトアと離婚しているため、ステファニーの戸籍の父親の欄は「不明」となっています。ステファニーが父親に認知してもらおうとして役所に交渉したとき、スイス大使館がデュトアの結婚歴証明証を紛失していることが判明し、認知できないとわかったシーンはグッときました。
巨匠マルタ・アルゲリッチの素顔に興味がある方には、楽しめるドキュメンタリーだと思います。
一つの遺伝子が様々な表現型をとることがあり、神経疾患だと、VCP, SQSTM1, DCTN1などが有名です。
JAMA neurologyに、Charcot-Marie-Tooth病 (CMT) の原因遺伝子の一つである NEFL (novel neurofilament light polypeptide) がミオパチーの原因遺伝子でもあることが報告されました (2014年9月29日 online published)。
もともと NEFL自体が面白い遺伝子です。NEFL変異は、脱髄型である CMT1Fを引き起こすこともあるし、軸索型である CMT2Eを引き起こすこともあるからです (神経内科ハンドブック第 4版には、CMT1Eと CMT2Eと記載されていますが・・・)。いずれも常染色体優性遺伝です。
今回の報告では、NEFL c.1261C>T; p.R421X変異により、1家系内 4名の患者が発症しました。4名とも生下時発症で、2名はネマリンミオパチー、1名は非特異的先天性ミオパチー、1名はミオパチーの特徴を伴った神経原性萎縮でした。
同じ変異部位でこれだけ表現型多彩なのですね。その点が興味深かったです。
余談ですが、ネマリンミオパチーの原因遺伝子は、今回の NEFL以外に、これまで TPM3, NEB, ACTA1, TNNT1, TPM2, CFL2, KBTBD13, KLHL40, KLHL41が知られているそうです。
JAMA neurologyに勉強になる症例が報告されていました (2014.9.29 published online)。
症例は 62歳弾性で、2ヶ月間で急速に認知機能低下が進行しました。最終的に 3年後に亡くなりました。病理学的には、大脳、小脳、橋に様々な大きさの多発壊死巣があり、多くは著明な石灰化を伴っていました。壊死巣は白質に多かったものの、灰白質にも病変はありました。また、全ての壊死巣で微小血管病変が目立ちました。Tau、β-アミロイド、α-シヌクレインは免疫染色で陰性でした。
本症例の特徴は下記の 6点になります。
1. 早期発症 (early-onset)
2. 急速な進行
3. 頭部MRIで石灰化と造影効果 (この症例では頸髄MRIや胸髄MRIでも造影効果あり)
4. 病理所見では、感染や炎症、血管炎の所見がなく、微小血管の肥厚がある。
5. 検査所見 (採血、髄液など) で異常がない
6. 全身性の症状がない
著者らが考えた鑑別診断は次の通りでした。
Brain calcinosis syndrome (BCS) (石灰化は基底核優位)
・Familial BCS with calcium, phosphorus, and parathyroid hormone (PTH) metabolism abnormalities: familial isolated hypoparathyroidism, autoimmune polyglandular syndrome type I, pseudohypoparathyroidism→カルシウム、リン、PTH代謝異常なく否定的
・Familial BCS without calcium, phosphorus, and PTH metabolism abnormalities: Aicardi-Coutieres syndrome, dihydropteridine reductase deficiency, Cockayne syndrome→発症年齢、民族性、臨床所見より否定的
・Fahr disease: 脊髄病変の存在や中枢神経系での造影効果より否定的
Diffuse neurofibrillary tangles with calcification→病理所見で neurofibrillary tangleがなかったので考えにくい
Cerebroretinal microangiopathy with calcifications and cysts (CRMCC) (≒Coats plus syndrome, leukoencephalopathy with calcifications and cysts (LCC))→本症例に合致
頭蓋内の石灰化を伴う早発性認知機能障害は、このように鑑別を進めて行くと良いのですね。Fahr病や diffuse neurofibrillary tangles with calcificationはたまに疑うことがありますが、CRMCCという疾患概念はこの論文で初めて知りました。
CRMCCは稀な疾患であり、病因や発症頻度はよくわかっていません。常染色体劣性遺伝という意見もありますが、確実なものではないようです。ただし、2012年、晩期発症型の CRMCC 3名のうち 1名で、CTC1 (conserved telomere maintenance component 1) 遺伝子の変異が報告されています。本症のように脳内広範に石灰化が散在する所見にはインパクトがあるので、そのような画像を見たらこの疾患が鑑別として思い浮かぶようにしておきたいところです。
近年、むずむず脚症候群という疾患は巷でも広く知られるようになりました。
2014年10月6日に、JAMA neurologyに興味深い論文が published onlineとなりました。Parkinson病における Restless genital syndromeについてです。
“Restless leg syndrome” が「むずむず脚症候群」だとすると、”Restless genital syndrome (RGS)” をそのまま訳すると「むずむず性器症候群」になります。私は初耳でしたが、論文の backgroundの部分に、命名の経緯が書いてありました。
2001年、Parkinson病ではない患者で持続性性喚起症 (syndrome of persistent sexual arousal) が報告されました。診断基準は、不本意な性的興奮が長期間 (数時間~数ヶ月) 続き、何度か絶頂に達しても解放されず、性的欲求とは関係なく起こり、煩わしくて迷惑で、ひどい苦痛と関連しているものです。2009年、18名の患者のうち 12名にむずむず脚症候群が先行/合併していることがわかり、”restless genital syndrome” という用語が用いられるようになりました。これまでクロナゼパム、オキサゼパム、トラマドール、抗鬱薬、エストロゲン、心理療法、経皮的神経刺激法、クリトリス切除術などが用いられましたが、治療成績は不良でした。
今回著者らが報告した症例は、過去にアカシジア、知覚過敏症、神経障害性疼痛、持続性性喚起症と診断されていました。著者らは、明らかな日内変動がある点、安静で症状が出現し動かすと楽になる点などから、むずむず性器症候群と診断しました。デュロキセチンは症状を悪化させ、オキサゼパムは一時的に有効でした。試しに、プラミペキソール 0.25 mgを夜間に使用したところ、症状は改善しました。著者らは、むずむず性器症候群がむずむず脚症候群の表現型の一つなのではないかと考えています。
なお、Vulvodiniaもむずむず性器症候群と根本的プロセスが同じであると推測され、むずむず性器症候群の用語に統一しようという提案がなされているそうです。
患者さんにとっては非常に辛い症状のようですが、プラミペキソールを試すと効く可能性があるというのは、朗報なのではないかと思います。ただし、プラミペキソールは性欲亢進の副作用が問題になる場合があるので、そこには注意が必要ですね。
ちなみに、プラミペキソールの性欲亢進については印象深い論文を読んだことがあります。ある男性がプラミペキソールを飲み始めてから性欲亢進を起こしてしまい、連日妻を押し倒すようになったそうです。しばらく御無沙汰だったため最初は喜んでいた妻も、次第に相手しきれなくなり、拒むようになったのですが、夫は「なしてや、なしてや」と求めてきます。そこで、妻は主治医に相談して内服をやめました。ところが、今度は妻の方が「味気ない」と訴え、自分で丁度良い投与量を決めるようになった・・・という話です。相当昔に読んだ論文なので、細部は忘れましたが、確か「神経内科」という雑誌の、2006年3月号かその付近の別の号だったと思います。
2014年1月8日のブログ記事で、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) に対する間葉系幹細胞治療の症例報告を紹介しました。
この治療法は、muscle & nerve誌の Editorialでも取り上げられました。期待を集めている治療法です。
ただ、少し心配な点があります。第1/2相臨床試験は 2013年3月に終了しているのですが、残念なことに結果がまだ公開されていません。私は非常に期待しているので、ヤキモキしています。
ところが、最近動きがありました。なんと、2014年10月7日の報道を見ると、FDAから fast-track 指定を得たらしいのです。
この治療法が、有効性・安全性を正しく評価された後、一刻も早く認可されることを祈っています。
チューリヒ美術館展に行ってきました。
チューリヒ美術館展
展示されている作品のクオリティーが高く、解説も充実しています。また、一つの部屋が一つのテーマになっており、各部屋とも空間を広く使っていて鑑賞しやすいです。かなりお勧めなので、絵画に興味のある方は行ってみてはいかがでしょうか。
ちなみに、10月20日までであれば、別のフロアでオルセー美術館展も鑑賞できます。個人的には、オルセーよりチューリヒの方が良かったです。
多発性硬化症の治療薬にフィンゴリモド (FTY-720, ジレニア) という経口薬があります。JAMA neurologyに、この薬剤を脳出血の治療に用いた臨床研究が発表されました (2014年6月7日 online published)。
フィンゴリモドは脳出血での脳浮腫や神経脱落症状の軽減に効果があったという結果でした。近年、ライバルとなる多発性硬化症の経口治療薬がたくさん開発されているので、もし新しい市場が生まれれば、フィンゴリモドにとっては嬉しい事でしょうね。
しかし、この研究は open-label試験 (更に end-pointに主観が入りやすい) なのでバイアスが気になりますし、論文を読んでもいまいち機序がよくわかりません。実際に効果があるのかどうかは、今後の研究を待つ必要があります。