脳卒中の降圧
Neurology Clinical Practice誌の 2014年10月号に、脳卒中における血圧管理についての総説が掲載されていました 。急性期と亜急性期や、血栓溶解療法の有無などに分けて、わかりやすくまとまっています。良い総説だと思いました。なお、無料で公開されています。
Blood pressure management in stroke
Neurology Clinical Practice誌の 2014年10月号に、脳卒中における血圧管理についての総説が掲載されていました 。急性期と亜急性期や、血栓溶解療法の有無などに分けて、わかりやすくまとまっています。良い総説だと思いました。なお、無料で公開されています。
Blood pressure management in stroke
2014年11月21日、第11回神経難病における音楽療法を考える会に参加してきました。
第11回神経難病における音楽療法を考える会
今回の講演で一番楽しみにしていたのは、古屋晋一先生による「Musician’s dystoniaとその治療」でした。経頭蓋電気刺激法と鏡像運動を用いて、健側に保たれた運動イメージを患側に移すという治療についてです。この治療法は、論文が Annals of Neurologyに掲載され、Nature Japanで特集されるなど注目を集めています。素晴らしい講演を聴いた後、古屋晋一先生の研究室に、見学させて頂けるように御願いをしました。
古屋晋一先生については、素晴らしい本を書かれています。興味のある方は是非読んでみてください。
ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム
偽科学雑誌について、過去にブログに書きました。
私にも日々こうした雑誌から投稿を勧誘するメールが依然として届きます。鬱陶しいことこの上ないです。
多くの科学者がそう思っているようで、メールを送ってきた偽科学雑誌にクレームを書いた論文を投稿する者が現れました。
Get me off Your Fucking Mailing List
なんと、”Get me off Your Fucking Mailing List” という言葉を延々と書き連ねただけの論文。図もすべて “Get me off Your Fucking Mailing List ” で統一されています。そして、それが論文として受理されてしまったのです。こういう雑誌は、論文内容に関わらず受理されるということが証明されたわけですね。
この話だけなら笑い話ですが、でたらめな内容をこういう雑誌に投稿して、「科学論文として受け入れられている」とか主張する輩が出てくることが容易に予想されます。騙されないようにしないといけません。
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(参考)
・Fuckとだけ書かれた論文がアヤシイ学術誌に受理されたと話題に
Lancet Neurologyに掲載されていた、疼痛に関する遺伝子異常についての論文 (2014年5月7日 published online) を読みました。
Painful and painless channelopathies.
感覚神経に発現しているリガンド結合型及び電位依存性イオンチャネルの異常により、痛覚を感じなくなったり、痛覚過敏や自発痛を起こすことが近年わかってきて、その原因遺伝子がいくつか同定されています。この論文には、現在わかっている遺伝子と表現型をまとめた表が掲載されていて、わかりやすいです。
こうした channelopathyの中で、神経内科医が一番見かけることが多いのは、small-fiber neuropathyだと思います。原因不明の small-fiber neuropathyにおいて、Na(v) 1.7 channelのミスセンス変異 (チャネルの開閉が障害されて gain-of-functionとなる) が 30%にも上るということがこの総説に書いてあってびっくりしました (引用論文はこちら)。その他、Na(v)1.8 channelの異常でも small fiber neuropathyを発症することがあるようです。治療には、ガバペンチンやカルバマゼピンといった抗てんかん薬やメキシチレンを用いることが多いですが、それぞれの原因と考えられるチャネルへの antagonistの開発も進んでいるようでした。
もう一点興味深かったのは、こうした遺伝子の多型が、疼痛の感受性の個人差に影響しているかもしれないというものです。慢性疼痛を引き起こす様々な疾患で、痛みの感じ方と遺伝子多型の関係が調べられています。関連がありそうだとする多くの報告があるものの、その効果はあまり大きくなさそうだということです。
この分野は、最近 10年くらいで研究がめざましく進歩しており、勉強になる総説でした。
何度かブログで紹介した多発性硬化症治療薬 Alemtuzumabがついに FDAに承認されたようです。
Genzyme’s Lemtrada Approved by the FDA
この薬剤は、種々の副作用のため承認延長されていた過去があるだけに、もし将来日本で使えるようになったとしてもかなり躊躇します。難治症例向けですね。
アメリカでも、色々な条件付きでの使用となるようです。
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(参考) 過去のブログ記事
① Alemtuzumab (2013.2.10)
② Alemtuzumab (2013.11.11)
③ Alemtuzumab (2013.12.30)
MRIの造影剤であるガドリニウムは腎障害がある患者では腎性全身性線維症 (nephrogenic systemic fibrosis ;NSF) が副作用として問題になることがあります。そのため、数年前から腎不全の患者に対するガドリニウムの使用は禁忌とされています。
腎障害がない患者においては比較的安全に使用できるはずなのですが、今回 JAMA Dermatology誌に副作用で発症しうる新たな疾患概念が報告されました (2014.11.12 Published Online)。著者らは「Gadolinium-associated plaques (GAP)」と呼ぶことを提唱しており、この副作用は、なんと腎障害がなくても起きうるようです。
Gadolinium-Associated Plaques
上記の論文で報告されたのは 2症例です。1例目は 80歳代の男性で、2008年8月から 2011年1月まで計 5回造影MRI検査を受けました。使用したガドリニウム造影剤はオムニスキャンで、1回当たり 20 ml投与されました。その後、両側手背に掻痒感、灼熱感のある径 0.5-2 cmの皮疹が出現し、clotrimazole及び detamethasone dipropionate cream、clobetasol diproprionate creamで治療しましたが改善がなく、18ヶ月間症状は続きました。腎障害はなく、臨床像も腎性全身性線維症と異なっていました。生検により “sclerotic bodies” と診断されました。患者は triamcinoloneacetonide 20 mg/ml, 0.5-1.0 ml/plaqueの局所投与を受け、3ヶ月後には完全に改善しました。2例目は 70歳代の女性です。2年間かけて徐々に拡大する下腿前面の径 2.5-2.0 cmの皮疹を呈しました。この患者には慢性腎不全の既往があり、かつ何度か造影MRIを施行されたことがありました (造影剤の種類や量は不明)。生検により “sclerotic bodies” と診断されました。
論文中の tableにサマリーがあり、臨床像や病理所見が纏められています。
これらの症例における “sclerotic bodies” とガドリニウム暴露との関連は次のように考察されています。
1. “sclerotic bodies” はガドリニウム暴露に特徴的である。事実、今回の患者―1例では確認できた―は同じタイプのガドリニウム造影剤を使用していた(オムニスキャン)。興味深いことに、オムニスキャンは直鎖状のガドリニウムキレート剤である。直鎖状のキレート剤は環状キレート剤よりガドリニウムと結合しにくく (※ガドリニウム造影剤は、ガドリニウムとキレート剤の化合物である)、理論上組織に沈着しうる。
2. 腎性全身性線維症は FDAに承認された 5種類のガドリニウム造影剤全てで報告されている。曝露量は 15~90 mlである。腎性全身性線維症は腎障害と関連があり、(腎排泄能が低下しているため) 少量投与でさえもガドリニウム血中濃度が比較的高値になるのだろう。
3. 文献的根拠から推測すると、腎性全身性線維症における sclerotic bodiesは、ガドリニウムキレートの不安定化に直接関連しており、それが炎症の元となる線維の増殖や結合組織の合成を促進する。事実、腎性全身性線維症患者の組織を電子顕微鏡で調べると、ガドリニウムが検出される。腎障害はガドリニウムの排泄を遅延させ、体内での半減期を延長すると目されている。これは 100 mlのガドリニウム暴露を受けた 1例目や腎障害があった 2例目の Gadolinium-associated plaques患者の原因の説明になるかもしれない。
4. Sclerotic bodiesの石灰化傾向は際立った特徴である一方で、腎性全身性線維症の患者においては石灰化は 2~5%にしかみられない。これまで慢性腎不全に伴う二次性副甲状腺機能亢進症が、sclerotic bodyや別の組織への異所性石灰化の原因かもしれないと考えられてきた。 事実、今回の 2例目の患者は副甲状腺切除術の既往があった。しかし、1例目の患者には腎不全も副甲状腺の異常もなかった。
5. 今回の症例における Gadolinium-associated plaquesは、ガドリニウム暴露から約 3.5年で発症しており、腎性全身性線維症を欠いて sclerotic bodiesを来したとする別の報告での 5年と同程度である。その報告の著者らは、sclerotic bodiesを腎性全身性線維症の遅発性の所見かもしれないと推測していたが、今回の報告の著者らは sclerotic bodiesの存在がガドリニウムのタイプに依存し、発症のタイミングが腎性全身性線維症を発症した日ではなくガドリニウムに暴露された日に依存すると考えている。
Gadolinium-associated plaquesは、これまで注目されていなかった MRI造影剤の副作用であるようです。しかし、どうやら重篤なものではなく、治療により完全治癒しうるもののようです。発症頻度も極めて低いようですし、あまり懸念するものではないと思います。ただし、造影剤を数年後に発症するというのは要注意で、問診で疑えないと診断は難しいのかもしれません。論文の figure 1には皮疹の写真が、figure 2には病理写真が掲載されているので、興味のある方は御覧ください。
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ポイント:
①MRI造影剤を使用してから数年後に、副作用として皮疹が出現することがある。
②臨床像は腎性全身性線維症とは異なるが、同様の発症機序が想定されている。
③腎障害がなくても出現しうる。
④適切な治療で治癒しうる。
今日もいつも通り医学雑誌の新着論文をチェックしていました。そうしたら、Lancet誌の Online first のコーナーにある “Extended duration dual antiplatelet therapy and mortality” という論文のタイトルが・・・。
Extended duration dual antiplatelet therapy and mortality: a systematic review and meta-analysis
JAMA neurologyに、降圧薬である ACE阻害薬と ALSのリスクについての論文が掲載されていました (2014年11月10日 online published)。
背景:アルツハイマー病やパーキンソン病などで、ACE阻害薬による神経保護効果が報告されている。ALSにおいても、temocaprilによるラットの運動神経保護効果が報告されている。
方法:台湾の 国民健康保険 (National Health Insurance; NHI) 調査データベース等を用いて、台湾の全人口を対象とした case-control studyを行った。2002年1月1日~2008年12月31日までの間に新しく診断されて認定を受けた ALS患者は 729名で、年齢や性別等をマッチさせた control群は 14580名であった。
結果:ACE阻害薬を使用した群の ALS発症調整オッズ比は低用量群 (cDDD<449.5) 0.83で、高用量群 (cDDD>449.5) で 0.43であった。55歳以上の男性で、ACE阻害薬と ALS発症リスク減少に、より相関があった。(用量について:体重 70 kg成人の一日用量を 1 DDDとする。captoprilなら 1DDD = 50 mg, enalaprilなら 1DDD = 10 mgとなる。cDDDはその累積投与量)
考察:ACE阻害薬と ALS発症リスクには用量依存性の負の相関があった。ただし、ACE阻害薬の中で ALSリスク減少に有意差があったのは、 captoprilと enalaprilのみだった。これは、個々の群でのサンプルサイズ不足による βエラーの可能性がある。また、アスピリン/NSAIDs使用と ALS発症率の低下に相関が見られた。過去の報告では関連はないとされており、本研究は検出力が高い試験デザインだったので検出できたのかもしれない。今後はアスピリン/NSAIDsをターゲットとした研究も必要である。本研究の limiationとして、ビタミンEや喫煙、アルコール摂取の影響を考慮していないことが挙げられる。
興味深い研究とは思います。ただ、機序がはっきりしないので、「よくわからない」というのが正直な感想です。基礎研究は一報ありますが、追試がされておらず、そのまま鵜呑みにするのは危険です。
この研究結果には何らかの交絡因子が関与している可能性が否定できないと思いますし、もし仮に ACE阻害薬が ALS発症を 57% (高用量群) 減らしているとしても、NNT (Number Needed to Treat) はおそらく数万になります。医療経済や副作用のことを考えると、ACE阻害薬を ALS予防のためだけに内服するというのは、現実的ではないでしょう (下記参照)。ただ、もし実際にリスク減少効果があるのなら、分子生物学的な研究を積み重ねることで、より有効な治療法の開発につながるかもしれません。
本研究とは関係ありませんが、この論文の引用文献に ALS発症リスクの人種差の systematic reviewがあったので、後でチェックしておこうと思いました。
(参考)
ALS発症予防における ACE阻害薬の NNTについて (わかりやすくするために単純化してあります)。
①一般的に、ALSは 10万人あたり 1~2人発症する病気です。仮に 10万人あたり 2人発症するとして、約 50% (高用量群で 57%) のリスク減少効果のあるACE阻害薬を 10万人が飲めば、10万人あたり 1人発症まで減らすことができます。しかし裏を返すと、発症患者 1人を減らすために、10万人が 内服をしないといけないわけです。
②台湾での ALS新規発症は、7年間で 729人でした。この研究による ACE阻害薬のリスク減少効果は 57%なので、台湾国民全員が ACE阻害薬を飲めば、数百人発症を減らせるかもしれません。しかし、台湾の人口が 2300万人であることを考えると、2300万人内服を続けてやっと数百人発症が減る・・・と言うのは効率が悪いですね (仮に 2300万人内服して 460人発症が減るとすると、NNTは 50000です)。もっとも、成人に限定すればもう少しマシな数字にはなるかもしれませんが、それでも数万という数字になるでしょう。
③上記より、ALS予防目的に ACE阻害薬を内服するのは現実的ではないことがわかると思います。しかし、「ACE阻害薬で ALS発症が半分になる」と言われてしまうと、違う印象を持ってしまう人は多いのではないでしょうか。
④今回の論文では ACE阻害薬と ALSリスク減少の間に「相関がある」としていますが、「相関がある」いうのは必ずしも因果関係があることを意味しないことには注意が必要です。
時間があったので、上野の美術館に出かけました。
日本・スイス国交樹立150周年記念 フェルディナント・ホドラー展
美術館での解説によると、ホドラーは人などを平行に配置する「パラレリズム」という作風で知られているそうです。「オイリュトミー」や「感情III」では、その典型をみることができました。
さらに、彼は「死」をテーマにした絵が有名らしく、死にゆく人、死者を描いた作品が数点展示されていました。裸婦の絵では、他の画家が描くよりも胸の小さい女性が多かったのですが、健康な女性の象徴としてのふくよかさを廃する意図があったのかなと推測しました。裸婦の胸のサイズを考察しながら鑑賞するのは、私くらいでしょうけども・・・。
他にスイスの風景画がたくさん展示されていました。興味深くはある画家でしたが、絵自体は私の好みのタイプではありませんでした。
ウフィツィ美術館展
ポッティチェリなど、ルネサンス期の絵画の美術展でした。素晴らしい作品が多かったのですが、この時代の宗教画ばかり見ているとさすがに飽きますね。ヨーロッパの美術館でこの手の絵を膨大な数見ているので、尚更でした。それでも、「確かに聖母子像での赤ん坊の母趾は背屈した絵が多いな」などとと視点を変えて楽しみました。
日経サイエンス 2014年12月号が「人類進化」特集でした。私が高校生の頃に勉強した内容が次々と覆されていて、興味深く読みました。
従来の説:最初のホミニン (ヒト属) が 440万年以上前に東アフリカに出現し、我々ホモ属が 200万年より少し前に現れた。ホミニンは 100万年より少し前まではアフリカ大陸を出ることはなく、その後になって徐々に拡散した。新しい土地に住み着く過程でユーラシア大陸にネアンデルタール人などホモ属の新種が登場。これらの種はホモ・サピエンスがアフリカを出て世界中に広がるまでの数十万年間繁栄した。ホモ・サピエンスの勢力が増すにつれて、旧人類は絶滅に追いやられた。新旧人類間に交わりはなかった。3万年前には、生き残ったホミニンはホモ・サピエンスだけになっていた。
現在わかってきたこと:ジュラブ砂漠で見つかった 700万年前の化石は、最古の人類の化石の記録を 200万年以上も伸ばし、ホミニンが西アフリカに現れた可能性を高めた。また南アフリカで見つかった 200万年近く前の化石は、ホモ属が東アフリカでなくアフリカ南部に現れた可能性を示唆している。グルジア共和国で見つかった 178万年前の化石は、ホミニンがこれまで考えられていたより数十万年前にアフリカを出発し始めたことを示している。さらに、17000年前までインドネシアに生息していた新種のホミニンが見つかった。遺伝学的研究は、現生人類とネアンデルタール人の間に混血があったことを明らかにした。非アフリカ系の人々のゲノムの最大 3%がネアンデルタール人由来とされている。デニソワ人もホモ・サピエンスとの混血があったことが確認された。デニソワ人由来の遺伝子は、チベット人が酸素が希薄な高地で生活するのを助けている。
驚くべき研究の進歩だと思います。この記事を読むまでは、ここまで定説が覆されていたのを全く知りませんでした。こういう話題に興味がある方は、是非実際に雑誌を読んでみて頂きたいと思います。この号には、ノーベル賞を受賞した中村修二氏の 1994年10月当時のインタビューも再録されています。彼がどのようにして技術的な壁を乗り越えていったかがありありと伝わってきます。
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