ACE阻害薬と ALSのリスク

By , 2014年11月16日 3:21 AM

JAMA neurologyに、降圧薬である ACE阻害薬と ALSのリスクについての論文が掲載されていました (2014年11月10日 online published)。

Angiotensin-Converting Enzyme Inhibitors and Amyotrophic Lateral Sclerosis Risk: A Total Population-Based Case-Control Study.

背景:アルツハイマー病やパーキンソン病などで、ACE阻害薬による神経保護効果が報告されている。ALSにおいても、temocaprilによるラットの運動神経保護効果が報告されている。

方法:台湾の 国民健康保険 (National Health Insurance; NHI) 調査データベース等を用いて、台湾の全人口を対象とした case-control studyを行った。2002年1月1日~2008年12月31日までの間に新しく診断されて認定を受けた ALS患者は 729名で、年齢や性別等をマッチさせた control群は 14580名であった。

結果:ACE阻害薬を使用した群の ALS発症調整オッズ比は低用量群 (cDDD<449.5) 0.83で、高用量群 (cDDD>449.5) で 0.43であった。55歳以上の男性で、ACE阻害薬と ALS発症リスク減少に、より相関があった。(用量について:体重 70 kg成人の一日用量を 1 DDDとする。captoprilなら 1DDD = 50 mg, enalaprilなら 1DDD = 10 mgとなる。cDDDはその累積投与量)

考察:ACE阻害薬と ALS発症リスクには用量依存性の負の相関があった。ただし、ACE阻害薬の中で ALSリスク減少に有意差があったのは、 captoprilと enalaprilのみだった。これは、個々の群でのサンプルサイズ不足による βエラーの可能性がある。また、アスピリン/NSAIDs使用と ALS発症率の低下に相関が見られた。過去の報告では関連はないとされており、本研究は検出力が高い試験デザインだったので検出できたのかもしれない。今後はアスピリン/NSAIDsをターゲットとした研究も必要である。本研究の limiationとして、ビタミンEや喫煙、アルコール摂取の影響を考慮していないことが挙げられる。

興味深い研究とは思います。ただ、機序がはっきりしないので、「よくわからない」というのが正直な感想です。基礎研究は一報ありますが、追試がされておらず、そのまま鵜呑みにするのは危険です。

この研究結果には何らかの交絡因子が関与している可能性が否定できないと思いますし、もし仮に ACE阻害薬が ALS発症を 57% (高用量群) 減らしているとしても、NNT (Number Needed to Treat) はおそらく数万になります。医療経済や副作用のことを考えると、ACE阻害薬を ALS予防のためだけに内服するというのは、現実的ではないでしょう (下記参照)。ただ、もし実際にリスク減少効果があるのなら、分子生物学的な研究を積み重ねることで、より有効な治療法の開発につながるかもしれません。

本研究とは関係ありませんが、この論文の引用文献に ALS発症リスクの人種差の systematic reviewがあったので、後でチェックしておこうと思いました。

(参考)

ALS発症予防における ACE阻害薬の NNTについて (わかりやすくするために単純化してあります)。

①一般的に、ALSは 10万人あたり 1~2人発症する病気です。仮に 10万人あたり 2人発症するとして、約 50% (高用量群で 57%) のリスク減少効果のあるACE阻害薬を 10万人が飲めば、10万人あたり 1人発症まで減らすことができます。しかし裏を返すと、発症患者 1人を減らすために、10万人が 内服をしないといけないわけです。

②台湾での ALS新規発症は、7年間で 729人でした。この研究による ACE阻害薬のリスク減少効果は 57%なので、台湾国民全員が ACE阻害薬を飲めば、数百人発症を減らせるかもしれません。しかし、台湾の人口が 2300万人であることを考えると、2300万人内服を続けてやっと数百人発症が減る・・・と言うのは効率が悪いですね (仮に 2300万人内服して 460人発症が減るとすると、NNTは 50000です)。もっとも、成人に限定すればもう少しマシな数字にはなるかもしれませんが、それでも数万という数字になるでしょう。

③上記より、ALS予防目的に ACE阻害薬を内服するのは現実的ではないことがわかると思います。しかし、「ACE阻害薬で ALS発症が半分になる」と言われてしまうと、違う印象を持ってしまう人は多いのではないでしょうか。

④今回の論文では ACE阻害薬と ALSリスク減少の間に「相関がある」としていますが、「相関がある」いうのは必ずしも因果関係があることを意味しないことには注意が必要です。

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