本当にあった医学論文
「本当にあった医学論文 (倉原優著, 中外医学社)」を読み終えました。「呼吸器内科医」のブログ主が書いた著書です。「横行結腸でゴキブリを発見!?」「醤油の一気飲みで血清ナトリウム値が 196 mEq/L!」「ココナッツは意外にも頭に落ちてくる」「3匹のトラの襲撃から生還した男性」「グラスの形で飲酒のペースが変わる」といった、役に立つのか立たないのかわからない医学知識が満載です (^^)
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2015年1月15日、New England Journal of Medicineに多系統萎縮症の総説が掲載されていました。原因遺伝子に関する最新の知見が織り込まれ、病因や予後などについて、非常に見やすい図や表を用いて説明されていました。何よりも素晴らしかったのは、非運動症状に対する治療の記載が充実していたことです。実臨床に非常に役立つ論文だと思います。神経内科医は実際に呼んでおいた方が良いと思います。多分、若い神経内科医にとっては、専門医試験対策にもなるでしょう。内容を抜粋して紹介します (でも、特に関心があった部分は量が多くなってしまいました (^_^;))。
Multiple-System Atrophy
・疫学
10万人あたり 0.6~0.7人の平均発症率。パーキンソニズム型 (MSA-p) : 小脳型 (MSA-c) = 2:1~4:1
・原因
不明。いくつか原因遺伝子が候補として報告されているが、別人種で調べると再現性がなかったりする。例えば、COQ2遺伝子 (コエンザイムQ10をコードする遺伝子) 変異は、日本では孤発性と家族性で報告があるが、北アメリカやヨーロッパでは検出されていない。α-synucleinの遺伝子多型が関連しているというヨーロッパの研究がある。
・病理学
オリーブ橋小脳萎縮や線条体萎縮、自律神経に関与する部位の変化が見られる。希突起神経膠細胞質内封入体 (oligodendroglial cytoplasmic inclusions, 別名 Papp-Lantos bodies) の存在が組織学的特徴である。頻度は低いが、希突起神経膠細胞核内、神経軸索内、神経細胞質内、神経核内封入体も見られる。膠細胞の細胞質内封入体 (glial cytoplasmic inclusions; GCI) の主要構成成分は、フォールディング異常を起こした α-synucleinである。そのため、多系統萎縮症は”oligodendroglial α-synucleinopathy” に分類される。一方で、パーキンソン病、レヴィー小体病、pure autonomic failureは、(膠細胞ではなく) 神経細胞内への α-synucleinの蓄積が特徴的である (レヴィー小体)。
・発症機序
よくわかっていないが、希突起神経膠細胞の障害 “oligodendrogliopathy” と推測されている。
ミエリンの安定化に重要な役割を果たしている p25αが、希突起神経膠細胞の細胞体にまず再局在する。p25αとα-synucleinの相互作用は、最初に不溶性オリゴマーの蓄積、後に膠細胞の細胞質内封入体となる α-synucleinのリン酸化と凝集を促進する。結果として、機能不全となった希突起神経膠細胞は細胞外スペースにミスフォールドした α-synucleinを放出する。こうして放出されたα-synucleinは、周囲の神経細胞に取り込まれ、神経細胞質内封入体を形成するかもしれない。そして α-synuclein封入体によって細胞死やアストログリアの増殖が起きている可能性がある。毒性を持ったα-synucleinは、脳内にプリオンのように広がっていくのかもしれない。 (figure 1)
・臨床所見
パーキンソン病と同じように、運動症状が出る前の前駆期が 20~75%にみられ、性機能障害、排尿障害、起立性低血圧、吸気性喘鳴、REM睡眠行動異常などである。
(1)運動症状
Parkinson病でみられるような静止時振戦はあまりみられず、不規則な姿勢時振戦、動作性振戦が 50%にみられる。線条体の変性のせいで、L-dopaは効果に乏しい。それにもかかわらず、初期には 40%の症例で L-dopaへの一過性の反応がみられる。
小脳型では小脳失調がみられる。痙性や錐体路症状があれば、診断が違うことを疑うべきであるが、腱反射亢進、Babinski反射は 30~50%の症例で見られるかもしれない。
腰曲がり、頸下がり、四肢のジストニアといった姿勢の異常が 16~42%にみられる。
(2) 非運動症状
初期の、そして重度の自律神経障害が重要な特徴である。具体的には、性機能障害 (男性では勃起障害、女性では性器の感度不良)、排尿障害、起立性低血圧 (臥位から立位になって 3分以内に収縮期 30 mmHgもしくは拡張期 15 mmHgの血圧低下が定義)、呼吸障害 (吸気時喘鳴、睡眠時無呼吸)、便秘、瞳孔異常、血管運動調節および体温調節障害がある。
認知症や幻視は通常みられないので、これらがみられた場合はレヴィー小体病の可能性を考えるべきである。一方で、前頭葉機能低下が 1/3の症例にみられる。感情失禁、性格変化などは起こりうる。50%くらいの症例で、動けないほどの痛みを訴える。(figure 2)
(3)予後
運動症状や非運動症状が 10年くらいの期間で絶え間なく進行していく。約 50%が運動症状出現後 3年以内に歩行に介助を要する。60%が 5年以内に車椅子を要する。寝たきりになるまでの平均期間は 6~8年である。死因は通常、気管支肺炎、尿路感染症からの敗血症、突然死である。突然死は、しばしば夜間に両側声門麻痺や、脳幹部の心肺調節機能の急性障害の結果として起こる。3年以内に急速に進行する症例や、良性で長期の経過をとる症例があるので、予後の推測は難しい。高齢発症、パーキンソニズム型、初期からの重度な自律神経症状は予後不良因子である。小脳型、進行してから自律神経症状が出現した場合は、進行が遅いと予想される。(figure 3)
・診断
診断基準を table 1、補助的な検査を table 2に示す。 (論文の表を参照)
・治療原則
(1) 運動症状
起立性低血圧、浮腫、吐気を最小限にするため、L-dopaは徐々に増量するべきである。一過性の L-dopaへの反応は 40%にみられる。反応不良例で L-dopaを中止すると、時に突然不可逆的な運動症状の悪化がみられることがある。そのため、副作用がなければ中止は推奨されない。ドパミンアゴニストは運動症状の改善がほとんどないが、L-dopa誘発性ジストニアの症例では試されるかもしれない。アマンタジン、NMDA受容体選択的阻害薬については議論がある。
小脳症状には特異的な治療法がない。ミオクローヌスや動作性振戦にはクロナゼパムが効くかもしれない。神経リハビリは、窒息や転倒を防ぎ、コミュニケーション能力を高める上で有用である。
(2) 非運動症状
排尿障害があれば、定期的に尿路感染症のスクリーニングをすべきである。
過活動性膀胱による切迫性尿失禁は、抗ムスカリン受容体薬で治療できるが、認知機能障害などの抗コリン作用はモニターしないといけない。薬物治療に抵抗性の場合、排尿筋へのボツリヌス治療が試されるかもしれない。夜尿症には、睡眠中に頭を 10~20°挙上したり、就寝前にデスモプレシンを投与すると改善する。残尿 100 ml以上の尿貯留は間欠的自己導尿が第一選択である。ただし、長期に渡ると尿道潰瘍を起こすことがあり、恥骨上に留置カテーテルが必要になるかもしれない。予備的な根拠だが、膀胱刺激装置が自己導尿の代わりになるという知見がある。尿貯留に対する補助的な薬物治療としては、膀胱収縮薬 (コリン作動性薬剤) や尿道括約筋弛緩薬 (α1アドレナリン受容体拮抗薬) を用いる。シルデナフィルは勃起障害を改善するが、副作用に起立性低血圧がある。女性の性機能障害に対して有効性を示したデータはない。
起立性低血圧は気付くように訓練し、急速な姿勢変化、満腹、咳や便でいきむこと、高い温度への暴露を避けるようにすべきである。もしふらつきを感じたら、足を組んだり、蹲踞をしたり、筋肉を緊張させたりといった手技で失神を防げるかもしれない。その他の非薬物療法として、水分や塩分を多くとる、睡眠中にベッドの頭部を高くする、弾性ストッキングや腹帯を巻くといった方法がある。
重度の起立性低血圧の場合、転倒のリスクを避けるため、薬物療法が勧められる。低血圧の副作用がある薬剤 (長時間作用型カルシウムチャネル拮抗薬、狭心症治療薬など) は避け、使うのであれば少なくとも夕方に投与すべきである。ミドドリンやドロキシドパは細動脈の緊張を高め、神経原性起立性低血圧に対して FDAから認可されている。認可はされていないがフルドロコルチゾンも有用で、血管内の水分ボリュームを増加させる。臥位での高血圧が副作用としてしばしばみられるので注意する。臥位高血圧では、日中横になることを避け、寝る前に間食をするとか、睡眠中に頭部を挙上することで、軽度の夜間高血圧は避けられるかもしれない。非薬物療法で改善しない場合は、就寝前の短時間作用型降圧薬を考慮する。食後低血圧を避けるためには、アルコールやドカ食いを避けるたり、水分やカフェインを摂取することが有効である。重篤な症例では、食前にカフェインや octreotide, acarboseの投与をすると良いかもしれない。
夜間の吸気性喘鳴や睡眠時無呼吸には、cPAPや biPAPが選択される。より重症の患者では、片側声帯内転筋へのボツリヌス注射が考慮されるかもしれない。気管切開は気道狭窄に有効で、両側声門外転筋麻痺による呼吸不全を防ぐが、致死性の睡眠時無呼吸による突然死のリスクは回避できない。
嚥下障害に伴う流涎は、glycopyrrolate内服や唾液腺へのボツリヌス毒素注射で軽減できる。
とろみや、嚥下時に顎を引いた姿勢も嚥下障害患者での窒息を避けるのに有効である。より進行した場合、胃瘻を行うことが認められているが、予め患者と良く話し合う必要がある。
便秘はとても治療が難しいことがある。
重度のレム睡眠行動異常では、クロナゼパムの少量投与が考慮されるが、夜間の喘鳴や睡眠時無呼吸を悪化させることがある。予備的な知見だが、メラトニンの内服は代わりになるかもしれない。
認知機能障害は通常治療を必要としないが、もし重度のうつやイライラ、感情失禁がある場合は、起立性低血圧や尿閉を悪化させないために、三環系抗うつ薬より SSRIが望ましい。
・疾患そのものに対する治療
神経保護効果が観察された前臨床試験と異なり、臨床試験でリルゾール、ミノサイクリン、リファンピシン、ラザギリンの効果は示せなかった。前臨床モデルは多系統萎縮症の病的な複雑さを反映していない、前臨床介入プロトコルは本質的にヒトを対象としたものと異なる、臨床試験でのエンドポイントの設定が不適切であるなどの可能性がその説明とされるかもしれない。
間葉系幹細胞を経動脈注射したプラセボ対象無作為試験があり、進行が抑制された。しかし、実薬群でもプラセボ群でも脳虚血病巣がみられた (無症候性だが、1例を除いて全例)。薬剤を投与する手技そのもので生じたのかもしれないが、幹細胞による脳卒中の可能性も除外できない。また、幹細胞がどのように働いているのかも現時点ではわかっていない。もし失われた神経細胞に置き換わっていないのであれば、神経栄養因子を放出しているとか、神経の炎症を弱めているのかもしれない。
「診療ガイドラインのための GRADEシステム -治療介入- (相原守夫, 三原華子, 村山隆之, 相原智之, 福田眞作著, GRADEワーキンググループ, 凸版メディア株式会社)」を読み終えました。
近年、ガイドラインの作成において、GRADEシステムという言葉を聞く機会が増えました。GRADEシステムによるガイドライン作成の全体的な流れを大雑把に記せば、
クリニカル・クエスチョンの作成 (例:みぐのすけは引っ越すべきか?)→アウトカムの種類と重要性を評価 (①引越し後、一時的に部屋が整理された状態になる(重要度 9点), ②引越し費用がかかる (重要度 6点), ③気分転換になる (重要度 5点))→エビデンス・データの検索とデータの抽出・統合→エビデンスの質の評価→価値や好みの考慮・コスト等を検討 (金が無いので推奨度を 1段階下げる)→推奨度を作成する
といった感じになります。このようにして GRADEシステムで作成されたガイドラインが優れているのは、作成プロセスが明示的であるところだと思います。ガイドラインを見ながら、「何故このデータでこの結論になるのかわからん。」と感じることもあるのですが、GRADEシステムが利用されていれば、どういう根拠で推奨度が決定したか明確なので、こういう心配は減ります。今後は、GRADEシステムで作られたガイドラインが主流となるのでしょうね。
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(参考)
「動物に「うつ」はあるのか 「心の病」がなくなる日 (加藤忠文著, PHP新書)」を読み終えました。このようなタイトルがついていますが、著者は「動物にうつはあるのか」を議論するための土台として、「精神疾患とは何か」あるいは「どうやって動物が精神疾患であることを判断するのか」といった問いを投げかけつつ、ヒトの精神疾患に話を進めていきます。「精神疾患の診断はどのようにくだされているのか」「現在どのような戦略で研究が行なわれているのか」など知りたい方にとって、本書はお勧めだと思います。
著者は、臨床医でありかつ基礎研究者であり、臨床研究と基礎研究の違いをわかりやすく述べていました。広報についても両者は違うようで、これが基礎系の科学ニュースを見て「ちょっと盛りすぎだろ」と感じる私にとって、理解しやすい説明となっていたので、引用しておきます。
雑誌投稿だけではなく、一般向けの発表のときの説明のやり方も、臨床研究と基礎研究では違うと感じます。臨床研究の成果というのは、なにしろ直接、患者さんに関係があるだけに、とにかく過大なことをいわないよう、最大限の注意を払って発表することになります。
たとえば、臨床サンプルを使って、この分子がこの治療法の開発に役立ちそうだというときでも、「治療法解明に一歩前進」とか、「新たな治療法の開発のめどが立った」などというと、ひょっとしたら患者さんたちにありもしない希望をもたせてしまうかもしれない、何か迷惑がかかるかもしれない、とブレーキが強く働くのです。ですから、まだその手前だということを強調するなど、むしろ非常に自制的に発表します。
ところが、基礎研究の場合は、基本的にまだ患者さんから遠いというのが前提で、そのまま発表したのでは、一般の人にとっては世の中の何に関係があるのかすらまったくわからない、ということになります。そのため、その研究成果が将来的にどのように世の中の役に立っていくのかを、あえて発表に入れたほうがいいわけです。
これを臨床研究側から見ると、「まだまだ臨床には遠い完全な基礎研究なのに、いかにも患者さんにすぐ役立つような言い方をして、ひどいなぁ」となるときもあります。しかし、それも、お互いの立場を考えないといけないし、メディアの方々にも、臨床研究の発想と基礎研究の発想の違いを知ったうえで報道していただけるとありがたいと思います。
2014年12月号の Annals of Neurology誌に興味深い論文が掲載されていました。ごく簡単に紹介します。
Seasonal variation of relapse rate in multiple sclerosis is latitude dependent
多発性硬化症は高緯度地域に多いことが知られています。その原因はよくわかっていませんが、日光への暴露依存性ビタミンD代謝産物である血清 25-hydroxyvitamin D (25(OH)D) 濃度が関係しているのではないかと言われています。一方で、再発に季節性があるかどうかは、2000年の meta-analysisではあるとされたものの、研究によってばらつきがあります。
そこで、著者らは MSBase Restryという多発性硬化症のデータベースを用いて、これらについて調べました。
その結果、再発には、北半球南半球いずれも年間を通じた周期性があり、春に多く秋に少ないことがわかりました (Figure 1: ちなみに、北半球と南半球で再発した人数が大きく違うのは分母が違うためで、北半球は 8411名、南半球は 1400名のデータを解析しています)。この季節性変動は統計学的に有意であり、再発ピークは北半球で 3月7日、南半球で 9月5日でした。また、紫外線放射が最も低くなる時期と再発がピークとなる時期のタイムラグは、高緯度ほど短くなっていました。
著者らは、高緯度地域に住んでいる患者ほど年間を通じてビタミンDレベルが低く、冬になって紫外線放射が低下すると、25(OH)Dレベルやその他紫外線放射が介在した半減期の長い免疫調整効果が、早く閾値まで低下してしまうためではないかと推測しています。
この研究の Figure 1を見ると、多発性硬化症の再発にはっきりとした季節性変動があることがわかります。この季節性は、紫外線に依存するビタミンDが次のように関与していると考えられるようです。
冬になって紫外線低下→ビタミンDから紫外線依存性に合成される 25(OH)Dレベル低下→25(OH)Dレベルや紫外線が関与した免疫調整効果がある閾値を下回る→多発性硬化症再発
言われてみると、そうかなと思わされますが、まだ仮説の段階です。多発性硬化症とビタミン Dについては注目を集めている分野でもあり、今後の研究を待ちたいと思います。
あけましておめでとうございます。達成率がほぼゼロでお馴染みの新年の抱負です。
・医学/神経学
新しいことに挑戦したいと思っています。一つには、臨床試験を深く解釈したり、自分で臨床試験を計画するために、臨床疫学をもっと勉強したいです。もう一つは、これまでほぼスルーしてきた、中枢神経の電気生理学に手を出してみようと思っています。
・音楽
レコーダーを購入して、自分の演奏を録音し、欠点が多くみつけられるようになったので、まずはその欠点を改善していきたいです。また、親友の結婚式で演奏を頼まれていて、バッハの無伴奏曲を弾くのが、当面の目標です。
・乗馬
引き続き駈歩の練習です。あとは、速歩を立ったままできるように、足の位置をきちんとして、重心を安定させたいです。
・その他
荷物が多くて部屋がいっぱいになったのと、過去に買った安物の家具がどんどん崩壊してきている (例えば、タンスは引き出しの扉が外れているし、ベッドは床が抜けている) ので、その辺を全部一新することを兼ねて引越をしたいと思っています。
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