甲状腺機能低下と手根管症候群
甲状腺機能低下症は手根管症候群のリスクであると言われています。2014年6月13日のNHKの番組「ドクターG」で神経内科医マッシー池田先生が症例提示されていたのが、甲状腺機能低下症に合併した手根管症候群/足根管症候群でした。
リスクの程度を meta-analysisした論文が 2014年12月の Muscle Nerveに掲載されていたのを先輩から教えて頂きました。
Hypothyroidism and carpal tunnel syndrome: a meta-analysis.
【Material and methods】Search Strategy and Selection of the Studiesこの研究では、cross-sectional study, case-control study, cohort studyをメタ・アナリシスに組み入れることにした。コントロール群がない研究とか、甲状腺機能低下症しかない研究など、使えない研究の除外基準を定義した。Quality Assessment今回は、5つのドメインを持つ評価ツールを用いて、バイアスの検出を行った (※こうした評価ツールには、例えば診断精度研究では QUADAS-2などがある)。Meta-analysisまず、メタ解析する対象の一次研究からどのような情報を抽出するかを決めた。オッズ比を推定するため、Woolf confidence intervalsを計算した。メタ・アナリシスは random-effect modelを用いて行った。異質性 (※一次研究のバラつきの大きさ) の推測のため、I2 を計算した (※一般には、I2 0-40%で異質性は “might not important”, 30-60%%で “may represent moderate heterogeneity”, 50-90%で “may represent”, 75~100%で “considerable heterogeneity” と解釈する (Higgins 2002))。出版バイアスの評価は funnel plotを用いて行った。統計解析のソフトウェアには Stata version 13を用いた。【Results】Search, Selection, and Quality of StudiesMethodsで定義した通りに文献検索をして、1566個の一次研究がヒットした。Inclusion criteriaを満たした一次研究は 35個だった。また、除外基準に該当する論文を排除し、18個の一次研究が解析対象に残った。Thyroid Disease10個の一次研究 (sample sizeの合計 9573人) で、甲状腺疾患 (hypo-, or hyper- thyroidism) と手根管症候群の関係を交絡因子未補正で評価していた。10個の一次研究から推計される効果量 (effect size) は、1.32 (95%信頼区間 1.04-1.68, I2=0%) だった。3個の一次研究 (sample sizeの合計 4799人) では、甲状腺疾患 (hypo-, or hyper- thyroidism) と手根管症候群の関係を、交絡因子 (性差や年齢など) を補正して評価していた。3個の一次論文から推計される効果量は、1.17 (95%信頼区間 0.71-1.92, I2=0%) だった。異質性はほぼなく 、甲状腺機能異常があっても、手根管症候群の発症頻度は変わらなかった (※信頼区間が 1をまたぐので、有意ではない)。Hypothyroidism6個の一次研究 (sample sizeの合計 64531人) で、甲状腺機能低下症と手根管症候群の関係を交絡因子未補正で評価していた。6個の一次論文から推計される効果量は、2.15 (95%信頼区間 1.64-2.83, I2=51.6%) だった。4個の一次研究 (sample sizeの合計 71133人) では、甲状腺低下症と手根管症候群の関係を、交絡因子を補正して評価していた。4個の一次論文から推計される効果量は、1.44 (95%信頼区間 1.27-1.63, I2=0%) だった。次に、性差や年齢などを調整した群を用いて、サブグループ解析を行った。その結果、甲状腺機能低下は、手根管症候群 (効果量 1.39, 95%信頼区間 1.21-1.59, I2=0%) と手根管症候群による手術 (効果量 1.75, 95%信頼区間 1.29-2.37, I2=0%) と関連があることがわかった。Publication Bias甲状腺機能低下症と、手根管もしくは手根管症候群による手術との関係は、funnel plotで左右非対称であった。有意に Publication biasが存在する (p=0.018)。おそらく、関連が示せなかったため 3個くらい報告されていない研究がありそうだ。交絡因子を補正した研究においても、同様に publication biasが存在した (p=0.035)。おそらく、関連が示せなかったため 2個くらい報告されていない研究がありそうだ。【Discussion】今回のメタアナリシスの結果、甲状腺機能低下症と手根管症候群に、軽度の相関が示された。甲状腺機能低下は、手根管症候群のリスクとなりえる (evidence level C)。①多くの一次研究で交絡因子の補正がされていなかったこと、②publication bias (出版バイアス) が存在することが、この研究の限界となっている。甲状腺機能低下は、手根管症候群よりも、手根管症候群による手術により相関がある。甲状腺機能低下があると、保存的治療がうまくいきにくいということなのかもしれない。
結論として、「甲状腺機能低下は手根管症候群と関係があるかもしれないけれど、これまでに思われていたよりは相関は弱い」ということです。多くの一次研究で交絡因子の補正をしていないこと、両者の関連が示せなくて出版に至らなかった研究が複数ありそう・・・ということで、これまで強い相関があるように見えていたのかもしれません。今回のメタアナリシスのおかげで、出版バイアスの存在や、多くの一次研究の不備が明らかになっています。そういう意味で意義深い研究だと思います。