物の名前を聞いても答えられない失語症の患者さんが、日常会話だと喋れてしまうことがあります。日常臨床では割と普通に見かけることですが、この現象に名前が付いていることを Alajouanine 先生の論文で最近知りました。
Baillargerはパリのサルペトリエール病院の医師です。Baillargerは、ある単語を発音しようとしてもできないのに、やろうとしなければ出来てしまう現象を記載しました。これに眼を止めたのが、Jacksonてんかんなどで名を残した Queen Squareの医師 Hughlings Jackson です。Jacksonは、さまざまな調子で ”yes” “no” などの発話ができる失語症患者について、感情的言語は保たれているが命題的機能が欠けていること、時々行なわれる発話に次の 3つの状態があることを見出しました。すなわち 「(1) 感情に支配された、会話ではない発話 (“oh”, “ah” など), (2) 会話ではあるが下位の発話 (”merci”, “good-bye” など), (3) 知的な価値を持った真の会話」です。鋭い観察に基づくこれら異なった状態の分析が、発話障害におけるジャクソンの生理病態学的解釈の基本でした。
この論文著者の Alajouanine先生は、次のような症例の体験を記載しています。ある失語症患者に娘の洗礼名を質問したのですが、その患者はうまく答えられず、娘に向かって「ねぇ、ジャクリーヌ (※洗礼名)、私はあなたの名前を思い出せないのよ」と。意図しても出てこないのに、感情に支配されたシチュエーションでは、このように簡単に出てくるものなのですね。この症例では、本人がそのことに気付いていないのが興味深いです。
高次脳機能の分野は非常にマニアックなので、なかなかこうした領域の論文を読む機会は少ないのですが、あまり気に留められないこの現象をジャクソンが追求していたことを知って、新たな発見がありました。
(参考)
・歌を忘れてカナリヤが
私が一口馬主になっている愛馬のレッドヴェルサス が、6月28日に新馬戦デビューしました。知人で競馬好きの将棋棋士の橋本崇載八段 (ハッシー) と一緒に選んだ馬です。なお、レッドヴェルサスの異父姉はレッドリヴェールという G1馬です。レッドヴェルサスはなかなかの血統で、Yahoo!ニュースにも紹介されました。
「新馬戦」(28日、阪神)
期待の良血馬がベールを脱ぐ。レッドヴェルサス(牡、栗東・須貝)が、28日阪神5R(芝1800メートル)にスタンバイ。父スウィフトカレントは新種牡馬ヴィクトワールピサの異父兄で、現役時は06年に小倉記念レコードV、天皇賞・秋2着と活躍。異父姉に無敗で13年阪神JFを制したレッドリヴェールがいる素質馬だ。
遠藤助手は「入ってきた時は緩かったですけど、乗りだして10日目くらいからしっかりとしてきました。もう別の馬ですよ」と好感触を伝える。姉は2、3歳時は400キロ台前半で調整に苦労する部分もあったが、同馬は480キロ台。「カイバもしっかりと食べるし、そういう意味でお姉さんよりも攻めた調整ができる」と力を込める。M・デムーロを背に、飛躍への第一歩を踏み出す。
父スウィフトカレントは新種牡馬ヴィクトワールピサの異父兄で、現役時は06年に小倉記念レコードV、天皇賞・秋2着と活躍。異父姉に無敗で13年阪神JFを制したレッドリヴェールがいる素質馬だ。
ところが、今回は相手が強すぎました。父ディープインパクト、母ポルトフィーノという、ポルトフォイユです。凄まじい末脚で、レッドヴェルサスは 5馬身も離されてしまいました。とはいえ、レッドヴェルサスも 3着馬を 4馬身突き放しているので、次走は期待ができます。
・ポルトフォイユ 新馬 2015 メイクデビュー阪神
VIDEO
このレースをも見て、ポルトフォイユはなかなかの名馬だと思ったので、今後はレッドヴェルサスとともに応援することにします。
他の出資馬では、G1を勝ったレッドキングダム は残念ながら怪我のため引退してしまいました。レッドラヴィータ は 500万下を勝った後がピリッとせず、調整中。レッドボルテクス は、デビュ―に向け着々とトレーニングを積んでいます。
視神経脊髄炎 (Neuromyelitis Optica; NMO) は、視神経炎と脊髄の長大病変 (3椎体以上) を特徴とする疾患で、多くの場合抗AQP-4抗体が陽性となります。抗AQP-4抗体は陽性でありながら、視神経脊髄炎と診断できないような症例は、視神経脊髄炎スペクトラム疾患 (NMO spectrum disorders; NMOSD) などと呼ばれてきました。
2週間近く前に、その NMO/NMOSDの改訂診断基準が策定され、Neurology誌に掲載されています (2015.6.17 published online)。Open accessなのでどなたでも読めます。
じっくり読む時間が取れていなくて、まだ斜め読みですが、下記あたりがポイントと思います。
・NMOと NMOSDは同じ病態なので、統一して NMOSDと呼ぶことにする。NMOSDは、抗AQP-4抗体陽性と抗AQP-4抗体陰性/不明に分ける。診断基準 (Table 1)
・抗体測定法は cell-based assayが強く推奨される
・他疾患の除外が必要。特に Red flag (Table 2) に注意。
・画像検査の特徴 (Table 3)
・抗MOG抗体など抗 AQP-4抗体以外の抗体の役割についてはよくわかっていない (NMOSD with ◯◯ antibodyなどのように表現)。
(参考)
・第6回東京MS研究会
・抗MOG抗体と NMO/NMOSD
糖尿病診療では、ここ数年 DPP-4阻害薬が広く使われるようになりました (とはいっても、2型糖尿病の第一選択薬はメトホルミン です)。
DPP-4阻害薬は、数社から製剤が販売されていることもあり、製薬会社間での競争が激化しています。こうした中、DPP-4阻害薬シタグリプチン (ジャヌビア) の安全性を示した研究が、 New England Journal of Medicineに掲載されました (2015年6月8日 published online)。
この TECOS試験は、DPP-4阻害薬で心血管イベントが増えるのではないかという疑念に対して行なわれた臨床試験でした。シタグリプチンを内服している 14671名の患者を (中央値) 3年間 follow upしても、プラセボと比較して心血管イベントは増えないという結論でした。
しかし、この臨床試験を批判的に捉える研究者が多くいます。この薬で血糖値を下げても、心血管イベントは減らせなかったことが大きな原因です。中でも、マッシー池田先生の意見は鋭いと思いました。詳しくはリンク先を御覧ください。
私は以前、李啓充先生の「アメリカ医療の光と影」という連載のファンでした。ブログに紹介したこともあります。
その著者である李啓充先生が、なんと福島県の大原綜合病院にいらっしゃっているようです。
李 啓充 (大原綜合病院内科)
(略)
かくして,私は,村川君との縁があっただけに,福島の状況に一層感情移入するようになった。やがて,「小さな子どもを持つ医師が放射能被害を危惧して福島を離れ,医師不足がさらに深刻化している」と聞いたとき,福島への感情移入が「子育て後の身の振り方」についての思案と合体することとなった。「もう人生の第4コーナーを回っているから少々放射能を浴びても影響は些少。私のような年寄りが行かなくて誰が行く」と思うようになったのである。
同じ福島県で働く医師として親近感があります。連載を通じて多くのことを教えてくださった先生ですし、どこかでお会いできるのを楽しみにしています。
脳血管性パーキンソニズム (Vascular Parkinsonism) という概念があります。パーキンソン症状を呈する疾患はパーキンソン病以外にも沢山あり、そのうち脳血管障害によりパーキンソン症状が出てしまうものを脳血管性パーキンソニズムと呼びます。一般的には下肢に強いパーキンソン症状があり、CT/MRIで白質病変が目立つと、他疾患を除外の上、脳血管性パーキンソニズムと呼ばれることが多いです。
しかし、この疾患概念が問題を抱えていることは事実です。そのことについて、ついて、 Movement disorders誌にわかりやすい総説が掲載されていました (2015年5月21日 published online)。
著者の意見によると、”definite” な脳血管性パーキンソニズムは、黒質ないしは黒質線条体経路の脳血管障害で起こるものです (線条体そのものや皮質、その間の白質によるものは除きます)。一方で、画像検査で白質病変が目立つことを診断根拠にしている症例では、白質病変が病理学的に必ずしも “vascular” とはいえず、パーキンソニズムをきたすとする根拠にはならないとしています。私も同意見です。白質病変の目立つ患者は、「脳血管性パーキンソニズム」というのがゴミ箱診断にされているなぁというのは実感するところです。この総説には、下肢に強いパーキンソニズムを来す疾患について、正常圧水頭症、進行性核上性麻痺、CADASILなど鑑別すべき疾患がいくつか提示されています。
もし日常診療で「脳血管性パーキンソニズム」という診断をよく下している医師がいれば、是非読んでみて頂きたい総説です。
神経変性疾患には、α-synuclein病理を示す疾患がいくつかあり、まとめて “α-synucleinopathy ” と呼ばれることがあります。いずれも α-synucleinが何らかの役割を果たしていると考えられていますが、なぜこんなに病気の表現型が違うのかはよくわかっていません。
2015年6月18日の Nature誌に、それを説明するような論文が掲載されました。
どうやらラットの脳に異なった形状の α-synucleinを注入すると、それぞれ異なった表現型を示すようです。この仮説が正しいかどうかは今後の検証を待たないといけませんが、凝集のもととなる α-synucleinの形状によって、パーキンソン病になったり、多系統萎縮症になったりすると考えると、これまで疑問が説明出来そうに思えます。興味深い研究です。
(参考)
Nature ハイライト:神経変性: シヌクレインのバリアントが異なる病態を引き起こす
「Fever 発熱について我々が語るべき幾つかの事柄 (大曲 貴夫 , 忽那 賢志, 國松 淳和, 佐田 竜一, 狩野 俊和著, 金原出版 ) 」を読み終えました。
「発熱」というコモンな症状から疾患を捉えた面白い本です。感染症や自己免疫疾患など、発熱を来す疾患のエキスパートたちが、どのような点に気をつけて診療すべきか、豊富な診療経験をもとに語ります。あまり教科書のように系統的ではなく、先輩医師が「こんなことに気をつけておいた方が良いよ」とか「こういうときにはこうしたら良いよ」と教えてくれるよう雰囲気を持った本でした。
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) や前頭側頭葉変性症の原因遺伝子の一つとして C9orf72の GGGGCC 6塩基反復配異常伸長 が知られています。そのモデルマウスの作製に成功した話を 2015年5月28日のブログ記事で紹介しました。
逆に、C9orf72を神経細胞およびグリア細胞で選択的にノックアウトしたマウスの表現型を調べた論文が Annals of Neurology誌に掲載されました (2015年6月5日 published online)。
なんと、このマウスは体重減少はあったものの、ALSのような運動ニューロンの障害は見られず、生存期間も変わらなかったそうです。
この結果をみると、 C9orf72遺伝子異常は、loss of functionというより gain of function、もしくは RAN translation が原因となっているのではないかという印象を持ちます。