COVID-19とCOVID-19と脳炎/脳症、髄膜炎について、最近みかけた論文を備忘録に残しておきます。
①専門家「新型コロナが中枢神経系を攻撃、想定内しかも低確率」 (人民網 日本語版 2020年3月6日)
北京地壇病院は5日、新型コロナウイルスが中枢神経系を攻撃することを初めて証明した。また世界初の新型肺炎の脳炎合併患者がこのほど退院したと発表した。羊城晩報が伝えた。
新型肺炎の重篤患者で、脳炎を合併していた許さん(56)がこのほど、首都医科大学付属北京地壇病院で完治し、退院した。北京地壇病院重症医学科、検査科、中国疾病予防・管理センター感染症研究所の共同作業チームは、採取された脳脊髄液のメタゲノミクス次世代シーケンシング及び感染症の病原体の鑑定においてその他の病原体を排除し、SARS-CoV-2ウイルスの遺伝子配列を取得した。
ゲノムシーケンシングにより脳脊髄液に「SARS-CoV-2」が存在することが証明され、ウイルス性脳炎と臨床診断された。同検査は初めて新型コロナウイルスが中枢神経系を攻撃する可能性があることを証明した。同事例に関する報道は世界初となった。
中山大学附属第三病院感染科副科長の林炳亮氏は取材に対し、より詳細に説明した。林氏によると、現在の報道を見ると、北京地壇病院が患者の脳脊髄液から新型コロナウイルスの配列を検出したが、ウイルスが中枢神経系を直接攻撃したのか、血液に入ってから脳膜に入り脳脊髄液から検出されたのかについては、さらなる研究が必要だという。
新型コロナウイルスがある臓器を攻撃する場合、その臓器の細胞にACE2受容体が含まれる必要がある。分かりやすく言えばウイルスは鍵、関連受容体は錠で、鍵と錠が合わなければ細胞の扉を開くことができない。肺が新型コロナウイルスから最も攻撃を受けやすいのはACE2受容体が多いからだ。一部の患者に消化器の症状が出ているが、これもそこにACE2受容体があるからだ。
現在のデータを見ると、脳細胞には関連する受容体が見つかっていない。しかしACE2受容体の他の受容体を通じ入ったかについては定かではない。新型コロナウイルスは新たに発見されたウイルスであり、さらなる研究と認識が必要な多くの未知の領域が残されている。
林氏は、「新型コロナウイルスが中枢神経系に入る可能性は低いはずで、それを恐れる必要はない。患者に意識障害などの関連症状が出た場合、臨床医は必ずこれに注意し、直ちに干渉措置を講じるはずだ」と補足した。
おそらく最初の報道と考えられます。しかし、このニュースについての論文はまだ見当たりません。
②COVID-19-associated Acute Hemorrhagic Necrotizing Encephalopathy: CT and MRI Features. (Radiology, 2020.3.31 published online)
50歳代後半の女性の空港職員。3日間続く咳、発熱、意識障害があり、鼻咽頭ぬぐいRT-PCRでSARS-CoV-2が検出された。髄液検査は血性となってしまい、詳細な評価はできなかった。CTで両側視床内側核に低信号域があり、MRIでは両側視床、側頭葉内側、傍島領域に出血を伴う造影病変を認めた。急性壊死性脳症と診断した。呼吸器系に配慮し、高用量ステロイドではなく、免疫グロブリン投与を開始した。
壊死性脳症
MRI画像が結構印象的です。
コロナウイルスは、鼻腔から神経向性に中枢神経に入るという説と、血行性に中枢神経に入るという説があります。神経向性に入るという説の根拠として、
- SARS-CoVやMERS-CoVをマウスの鼻に入れると、嗅神経を経由して脳に入る。そして視床や脳幹に広がる。ウイルスは肺では見つからず脳でのみ検出される。
- 他のコロナウイルス (HEV67など) や鳥インフルエンザウイルスでは、神経終末から経シナプス性に中枢神経に入るとされている。
- HEV67は、経口・経鼻的に子豚の鼻粘膜、扁桃、肺、小腸に感染し、末梢神経を逆行性に延髄に運ばれ、嘔吐病と呼ばれる原因となる。
- 鳥インフルエンザウイルスをマウスの鼻に投与すると、孤束核や疑核を含む脳幹で検出される。
と説明している論文がありました。視床病変というのはまさにその通りであるなぁと感じました。なお、血行性という説は
- ウイルスを含む血液が中枢神経系に入った後、血流が遅くなる毛細血管で上皮細胞に発現しているACE2とウイルスで相互作用が促進されるかもしれない。
- 一方で、感染した脳の非神経細胞からはウイルスが検出されないので、考えにくい (血行性などであれば神経細胞以外の細胞にもウイルスが検出されるはず)。
とする論文 (①、②) があり、それより説得力が弱い印象です。
③A first case of meningitis/encephalitis associated with SARS-Coronavirus-2. (Int J Infect Dis. 2020.4.3 published online)
山梨大学からの報告。症例は24歳男性。海外渡航歴なし。2020年2月下旬に頭痛、全身倦怠感と発熱を自覚。インフルエンザの臨床診断でlaminamivirと解熱薬を処方された。インフルエンザ抗原の迅速検査は陰性だった。症状が悪化し、5日目に別のクリニックを受診。9日目に意識障害で山梨医科大学に搬送。1分間の全般発作がみられた。項部硬直もあった。全身CTで脳浮腫はなかったが、胸部にすりガラス影を認めた。髄液圧は320 mmH2O以上で、細胞数は12/ul (単核球:多形核球=10:2) だった。SARS-CoV-2のRT-PCRが鼻咽頭ぬぐいと髄液で検査されたが、髄液でのみ陽性だった。気管挿管し、ICUでてんかん発作の管理、エンピリックにセフトリアキソン、バンコマイシン、アシクロビル、ステロイド、てんかん発作に対してレベチラセタムの投与が行われた。また、ファビピラビルも投与された。頭部MRIでは右側脳室下角の壁に沿って拡散強調像高信号、側頭葉内側や海馬にFLAIR高信号を認めた (鑑別はけいれん性脳症)。右脳室炎と脳炎が疑われた。15日目、治療を継続中である。
頭部MRIで髄膜の造影効果が見られることがあるという知見と合わせても、やはりCOVID-19で髄膜炎は起こしうるのだろうなと思います。この症例では、髄液PCRでSARS-CoV-2が陽性となったことが興味深いです。
④無菌性髄膜炎を合併した COVID-19 肺炎の 1 例 (日本感染症学会ウェブサイト, 2020.4.3.公開)
神奈川県立足柄上病院からの報告。73歳男性、発熱、意識障害。基礎疾患に、糖尿病、高血圧、脂質異常症などあり。入院14日前に発熱、呼吸器症状があり、一時的に解熱した。入院2日前に発熱、意識障害が出現。項部硬直があり、髄液検査をおこなったところ、細胞数 9/μL (リンパ球 22%、好中球 22%、単球様 44%、好酸球 11%)、蛋白 76mg/dL、 糖103mg/dLという結果だった。シクレソニド 200μg インヘラー1 日 2 回、1 回 2 吸入、セフトリアキソン、アシクロビルなどで加療。入院当日に行った髄液を神奈川県の衛生研究所に提出し SARSCoV-2 PCRは陰性。4日目の髄液検体を山梨大学に提出し、SARS-CoV2 PCR 陽性だった。症状は入院2日目には改善した。
髄液を衛生研究所で検査して陰性で、山梨大学に測定して陽性とのことでした。なぜそうだったのか考察は全くされていませんが、PCRのアッセイ系が問題だった可能性はないのかなと感じます。
前述③の山梨大学の論文では、「Viral RNA was extracted from clinical specimen using magLEAD 6gC (Precision System Science Co., Ltd.). The SARS-CoV-2 RNA was detected using AgPath-IDトレードマーク One-Step RT-PCR Reagents (AM1005) (Applied Biosystems) on CobasZ480 (Roche). The diagnostic assay for SARS-CoV-2 has three nucleocapsid gene targets (Supplementary Materials).」と記載があり、ロシュのアッセイ系を用いていることがわかります。なお、新型コロナウイルス感染症のPCRには、下記の3つのアッセイ系が用いられることが多いらしいようです。
臨床検査として「SARS-CoV-2 核酸検出」を実施する際に考慮すべき事項
・感染研マニュアル nested PCR 法(ORF1a、S 遺伝子)
・感染研マニュアル real-time PCR 法(N 遺伝子の 2 箇所)
・ロシュ社キット real-time PCR 法(N および E 遺伝子)
そして、これらの感度には多少違いがありそうです。
「SARS-CoV-2 核酸検出」PCR 反応系の比較検討
「陽性コントロールを用いた検討では、N2 アッセイでは TaqPath, LC 2-step, LC 3-step 全てで 5 コピー/反応の検出が可能だったが、N アッセイでは 50 コピー/反応であり、N アッセイの感度が低いと考えられた。マスターミックス・プログラムの比較では、その増幅効率は TaqPath>LC 2-step > LC 3-step である可能性が示唆された。
臨床検体を用いた検討では、感染研 N2, German E, Roche E アッセイでは5サンプルが陽性と判定された。しかし、感染研/German N, Roche N, Roche RdRP では、それぞれ 2~3, 3, 4 サンプルが陰性と判定され、感度が低いことが示唆された。上記と異なる5サンプルは全てのアッセイで陰性と判定され、偽陽性はないと考えられた。」
検体採取日が異なれば、髄液中のウイルス量が変化して結果が変わる可能性はもちろんありますが、その他の可能性としてアッセイ系の違いは気になりました。
④Encephalitis as a clinical manifestation of COVID-19. (Brain Behav Immun. 2020.4.10 published online)
武漢の男性が1月28日から発熱、呼吸困難、筋痛が出現。頭部CTは正常で、胸部CTではGGOsがあり、SARS-CoV-2が陽性だった。意識障害、項部硬直があり、Babinski徴候が陽性だった。アルビドールと酸素投与で治療されたが、意識は改善しなかった。髄液検査は、細胞数、蛋白、糖ともに正常範囲内だった。髄液のSARS-CoV-2 PCR、抗SARS-CoV-2 IgM/IgGは陰性だった。支持療法のみで、マンニトールを投与した。2月24日に意識は完全に回復し、2月27日に退院した。
脳炎をきたしたが、自然治癒した症例。頭部MRIがどうだったのかは気になる所です。改めて、self-limittingな疾患なのだなぁと思いました。
⑤COVID-19-Associated Acute Disseminated Encephalomyelitis – A Case Report (preprint, 2020年4月23日アクセス)
症例は40歳代前半の女性。同居の親族は、海外旅行から帰ってきて翌日に頭痛、筋痛を発症したが軽症で、4日間で自然治癒したため受診はしていなかった。患者は、入院11日前に頭痛、筋痛を発症したが、それはその親族が海外旅行から戻ってきた4日後だった。近医ではキャパシタティーオーバーでCOVID-19の検索はおこなわれず、アジスロマイシンで治療された。患者は嚥下障害、構音障害、脳症を入院2日前に発症。
救急外来では体温39℃、頻呼吸と低酸素血症があった。呼吸逼迫はないが、ラ音 (rhonchi) を聴取した。神経学的には、構音障害、表出性失語、球麻痺、右注視優位性、軽度の左顔面麻痺、軽度の両側筋力低下があった。髄膜刺激症状はなかった。
髄液検査は細胞数、蛋白、糖はいずれも正常で、各種ウイルスPCRは陰性だった。頭部CT/MRIで白質病変を認めた。脳では発作を示唆する所見はなかった。入院2日後にSARS-CoV-2の核酸が検出された。
急性散在性脳脊髄炎 (ADEM) の診断で、ヒドロキシクロロキン、セフトリアキソン、免疫グロブリン大量静注療法 (IVIg, 5日間) で加療された。COVID-19を悪化させることを懸念して、ステロイドは仕様しなかった。IVIg 5日間の後、唾液の嚥下、構音障害が改善し、呼吸器症状なく解熱した。
おそらく、COVID-19に伴う急性散在性脳脊髄炎 (ADEM) の最初の報告です。ADEMはステロイドが標準治療ですが、肺病変のことを考えると使いたくないところです (ARDS合併など、時期によってはむしろ使用することが考慮される場合もあるようです)。そこでIVIgを使用したというのは、私でもまず考える選択肢かなと思います。