韓国旅行(2001年7月31日〜8月2日)

韓国旅行第1日目

 出発時刻が早かったためTomoが前日に泊まりにきて一緒に成田空港へ。でもCATVでラリーの番組を2時くらいまで見てた。一応4時30分起床。

 成田空港に着き登場手続きのときユナイテッド航空の人から「オーバーブッキングですので、1時間後の他社の飛行機に乗っていただければ、ビジネスクラスと$100用意いたしますが、どうしますか?」と聞かれたので、即座に「よろしくお願いします(営業用スマイル)」。でも結局「オーバーブッキングの件は大丈夫でした」といわれ、$100は夢と消えた・・・。

 機内では可愛いスッチーは期待してたものの、こちらも夢幻のごとくなり・・・。途中エア・ポケットに入ったらしく、機長が「×☆※○¥!」ってアナウンスした瞬間スチュワーデスが血相を変えて「Sit Down!」って叫んでみんな近くのシートに座りこんで下を向いてしまった。「高所恐怖症」兼「飛行機が空を飛ぶのは絶対不自然論者」の俺としては生きた心地がしなくて、「あぁ、保険入っておけば良かった」と。でも、きちんと仁川空港に到着。

 空港に着いたときで迎えてくれたのは「許」さんだった(「許さん」って書くと「ゆるさん」って読めるね)。まず換金。¥1=約W10。すごくリッチな気分になれた。それから移動。空港からホテルまでの途中高速から干潟が見えた。世界3大干潟の一つなのだそうだ。数キロ全て陸地だったけど、満潮になると海になるらしい。また、ソウルの町の真ん中には「漢江(ハンガン)」っていう川が流れていて川幅1.5キロ。日本ではまずお目にかかれない。それとソウルはものすごく道幅が広くて、道路が発達していた。

 セントロ・ホテルにチェックインするとすぐに観光に。ホテルのある「南部ターミナル駅」から地下鉄3号線で「忠武路(チュンムロ)」に行き、地下鉄4号線に乗り換えて「東大門」へ。韓国は地下鉄が発達していて、だいたいの区間なら乗り換えに関係なくW600(約60円)。駅も番号が順に振られていてわかりやすい。東大門では洋服屋がすごくいっぱいあって、それらがすごく安かった。中には「ドラゴン・ボール・Tシャツ」なんていうのもあった。「許」さんとはここで御別れ。

 夕食は「明洞(ミョンドン)」でカルビ!中央飯店っていうお店だったけど滅茶苦茶上手かった。腹いっぱいになるまで食べた。それでも一人W30000(約3000円)程度。お店は全部日本語。

 夜はホテルの近くの「LG25」っていうコンビニで食料とお酒を買い込んだ。包装と形と味をみて、どうみても「かっぱえびせん」なのに、どっか見知らぬ業者が出しているような「パクリ(模倣)」みたいな御菓子を始めとして、日本の「パクリ」製品がいっぱいあった。それに、梅酒で「雪中梅」ってのが売っていて超受けた。走っている車も日本の車とほとんど型が同じなのに、韓国のメーカー名が書いてあった。これもパクリだろう。

 セントロ・ホテルはソウルの外れだったけど、歓楽街みたいなところで「モーテル」がすぐ近所にあって、売春婦らしき人がうろうろしていた。また、あっちではピンクチラシはポストでなく車の窓ガラスにはさんでまわるらしかった。珍しかったのでいくつか拾って見た。何故かセーラー服を着た、日本のピンクチラシとほとんど変わらないチラシもあった(韓国ではセーラー服なんてみなかったのに・・・)。

 ホテルではケーブルテレビが入っていて、日本のBS1、BS2が入った。他は韓国の番組。でもデジモン、ポケモン、ドラゴンボールなども韓国語吹き替えでやっていた。あとはゲームチャンネルでいつも一緒のゲームが流れていた。

 寝る前に思ったのは「韓国はカップルで来るべき!」。肉、にんにくで精力が付きまくっても俺達は男3人。むさくるしいことこの上なかった。段々みんな殺気立っていって・・・(爆)。でも買ってきたお酒を飲んでいるうちに眠りに落ちていった。

韓国旅行第2日目

 韓国2日目の朝。この日はソウル北方約60キロのところにある「板門店(パンムンジョム)」に行くことになっていて「許」さんがホテルまで迎えに来てくれた。ツアーは新羅免税店から出発だった。最初に免税店を見たけど、海外のブランドばかり。韓国にきて「GUCCI」買ってどうするんだろう?馬鹿みたい。で、バスに乗るとバスガイドさんが歴史について話してくれた。

 韓国では朝鮮戦争のことを「韓国戦争」というらしい。韓国で「朝鮮戦争」っていうと「何百年前の戦争ですか?」って聞かれるのだそうだ。1950年、貧困の韓国を見た金日成は「今なら韓国を取れる」と戦争を起こし、瞬く間に韓国は「釜山(プサン)」の一部を残して北朝鮮に占領された。国連軍は地理的に遠かったので間に合わなかったそうである。しかし今度は国連軍が来てから北朝鮮軍が押し戻され、戦局は一気に逆転。ところが中国が参戦し、人海戦術をとり北緯38度線付近で戦局は膠着。中国の人海戦術は実際は100万人が投入されたといわれる。北緯38度線間際の攻防は激戦で結局両軍合わせて450万人の死者をだし、漢江の水は赤く染まったといわれる。

 その漢江の横をバスは走っていたが「川の水が茶色いのは平和の証」なのだそうだ。なぜなら戦争で赤かったこともあったから。川の両側には「有刺鉄線」が張り巡らされていてこれは川伝いに北朝鮮のスパイが侵入することを防いでいるらしい。「有刺鉄線」には石が結びつけれているものもあって、スパイが侵入すれば糸が切れて石が落ち、スパイが侵入したことがわかるのだそうだ。また、韓国側から北朝鮮側がみえるところでは北朝鮮が「宣伝村(見せかけ村)」というのを作っていて、定時に電気がついたり消えたりしている。氷点下30度にもなるところなのに窓ガラスはなく人の姿はない。また、国境の接するところでは御互いに看板を立てていて、例えば韓国側なら「ようこそ!自由の国へ!」みたいな感じ。38度線といっても休戦した時点での陣地をつないでいるから結構入り組んでいて、直線じゃないからバスで走っていて何度も国境が見えるところを通った。

 感動したのは道路。韓国から北朝鮮に向けて10車線の道路を作っているが、外側6車線だけしか出来てなくて中4車線は芝生になっている。国が一つになったらそこを道路にするのだそうだ。まさに悲願だと思った。でも、38度線が近くなってくると、山でもないのに人工のトンネルが作ってあって天井には小さな穴が空いていた。北朝鮮が攻めてくるとそこにダイナマイトを仕掛けて爆破し、道路を封鎖するのだそうだ。

 臨津閣につくとそこで少し休憩。ここからは「自由の橋」が見えた。韓国側から北朝鮮への国境まで鉄道を通そうという計画があって、それと自由の橋はつながっている。国が統一されたらすぐに使えるように韓国側だけでも作っておくのだそうだ。日本の無駄な公共工事と比べるとすごく夢のある工事風景だった。そう考えながら記念碑近くを歩いていると韓国語で中学生女の娘らしき人が声をかけてきた。「おいしい話かな?」と思って俺が固まっていると「写真?」って言われたから思わず「No!」って言ってその場を去ったのだけど後から考えるとシャッターを押して欲しかったのかな?石原都知事の影響受けすぎみたいだ。

 国連の基地に着くとまず昼食。うちの学校の食堂並に不味くて、他に娯楽施設らしきものもほとんどないし女気もなくて「これなら沖縄の米兵がレイプしたくなるのもわかる」って思った。それにみんなすごくガタイが良くて「これならレイプされても抵抗は無理だな」と。俺達3人がかりでかかっても一瞬で負けそうだった。食事をすると宣誓書にサインさせられた。

訪問者(見学者)宣言書(UNC REG 551-5)
          統合警備地区への訪問者(見学者)は、下記を読み、そして署名する事を要求されます
          1.板門店の統合警備地区の見物は、敵性地域への立ち入りを伴わない。 敵の行動(活動)によっては危害をうける又は死亡
           する可能性があります。
           統合警備区域は中立地域ですが、一方(南)は、国連軍の軍人により、他方(北)は北朝鮮の陸軍軍人によって、それぞれ
           分割警備されています。
           国連軍のゲストの皆様は、軍事境界線を越えて北朝鮮軍の管理する統合警備区域へ立ち入ることは許されていません。また、
           事変・事件を予期することはできませんので国連軍、アメリカ合衆国及び大韓民国は訪問者の安全を保障することはできま
            せんし、敵の行う行動に対し、責任を負うことはできません。
          2.訪問者は下記事項に従わなければならない。
           a)国連軍軍人は、勤務時間外の服装として、軍種により規定された適切な軍服を着用する。訪問者は、国連軍の威厳を保持
            するに適切な私服を着用する。
           b)統合警備区域に立ち入る前に、各訪問者(軍人を含む)は、国連軍のゲストであることを証明する薄片のバッチを受取って
            ください。このゲストバッチは、外部から見える衣服の上部左側に付けなければならない。  このゲストバッチは、キャン
            プキティホークから出発する前に、返納されなければならない。
           c)北朝鮮軍人及び中華人民共和国義勇軍と、会話することを含んで、親しくすることや、交際することは、固く禁じられて
            いる。北朝鮮軍兵士、中華人民共和国義勇軍兵士は、次により識別できる。  
             (1)軍人・・・・・警備兵は、褐色又はくすんだ茶色の北朝鮮軍服で腕に赤色の腕章を装着、休戦軍事委員は、黄色の
                     腕章を装着している。
             (2)報道関係者・・緑色の腕章を装着している
             (3)訪問者・・・・上部ポケットに緑の布片を装着している。
           d)訪問者は、北朝鮮側にとって、国連軍に対する宣伝材料となりうるような身振り表現等を謹む
           e)訪問者は見学の最初から最後までグループとして行動し、見学案内者の全ての指示に従うように。いかなる不平・苦情は
            キャンプキティホークに帰った後にうかがいます。
           f)火器、ナイフ等いかなる武器も統合警備地区に持込んではならない
           g)共産側支配下の地域及び建物(黄かっ色に塗色)には、いかなる理由があっても立ち入れない。統合警備地域内の国連軍
            の建物(青色に塗色)立ち入るには、事前に見学案内者により許可を得なければならない。
           h)いかなる時でも見学者は、部隊の進路に立ち止ったり遮ったりしてはならない。  会議室内の施設や装備をみだりに操作
            しない。統合警備区域内は、写真撮影が許可されているが、CKP#1(キャンプキティーホーク入口)からCKP#2(統合警備
            区域入口)の間の途中は禁止されている。
           i)若し、いかなる出来事が起きても、平静を保ち警護の者の指示に従わなければならない。
          3.以上の事項に関するいかなる質問も、見学案内に聞きたださなければならない

                                              DECLARATION(宣言)
          私はこれを読み、理解し、そしてこの指導(指示)に従います。 私が未成年の家族を伴っている場合、この見学に際して、わたくしが責任を有する 未成年者を伴った場
          合、私のこのサインは彼等にとって、これらの指導(指示)を 承認することを意味する。
          SIGNATURE(署名):__________ DATE(日付):_________

 サインが済むと国連の青いバスで国境へ。途中には地雷原もあった。赤い札のついた有刺鉄線で囲まれた区域だ。途中には有事に備えた最前線の基地があり24時間兵士が軍服でスタンバイしているため、何かあったら60秒〜90秒で出動できるのだそうだ。バスが目的地に着き、緊張の中軍事停戦会議場へ。机があって真ん中にはマイクがあって、その線が38度線だった。38度線は建物の外ではコンクリートの出っ張りみたいになっていた。で、建物の中に話を戻すと、机の両側は向かって右が韓国の通路、左が北朝鮮の通路になっていてそこには韓国の兵士が直立不動で立っていた。テコンドーの達人だそうである。そこで韓国側の通路を通って北朝鮮に入り、写真撮影。行きのバスのなかで散々「北朝鮮の通路は北朝鮮のものなので絶対に通らないでください」って言われていたのに、日本人の観光客(馬鹿っぽそうなババァ)が北朝鮮側の通路を通って叱られていた。ああいう馬鹿は北朝鮮の兵士に射殺されればいいと思った。

 それから「自由の家監視台」に行った。なんだか日本人のマナーの悪さ、馬鹿さを見せつけられて胸糞が悪くなった。友達と「海外旅行は厳しい審査基準をクリアした人だけが行けるべきにすべきだね」と話たりした。で、次は「ポプラ事件」で有名な「帰らざる橋」を見る予定だったのだけど、雨が続いて川が増水していた為に「地雷が流れて来たりしている可能性があるため撤去するまでは入れません」って言われて見られなかった(※以前は旱魃が問題だったが、この頃北朝鮮は大雨で川の水が増水し大変なことになっていた。増水した水は漢江に流れこみ、その下流のソウル市内でも一部川の側の道路が浸水しているとニュースにもなっていた)。それから米軍キャンプに戻ってこのツアーはお終い。

 LOTTEホテルにバスを降り、免税店へ。またしてもブランドばかりで見るものがなかった。まったくこのブランドって奴ぁ。

 いったんセントロ・ホテルに帰ってから食事へ。「三元ガーデン」で夕食を。ここの店員はみんな滅茶苦茶綺麗で、「絶対顔の試験とかあるよね」って友達と話してた。食事も結構上手かった。でも横に座っていた日本人の子供連れが超うるさくて店内をうろついたりしていた。親も全然怒らないし・・・。韓国に行って一番辛かったのはマナーの悪い日本人がたくさんいたこと。

 食事を終えてホテルに戻り、シャワーを浴びると一人で屋上のバーに行ってみた。そこには自分の他には家族連れの客が部屋の端に一組いるだけだった。とりあえずカクテルを頼むと、しばらくして歌手とピアニストが出てきて英語の歌を歌ってくれた。聴いているのが俺だけだったためかこっちをみて熱唱。あまり音程は良くなかったけど(笑)。1曲目は英語の歌、2曲目は確かカーペンターズの歌、3曲目も英語の歌。最後に尾崎豊の「I Love You」を英語で歌ってくれた。それで終わりだったから「Thank you, very good!」って言い残して部屋に戻った。

韓国旅行第3日目

 この日はいろいろ巡るところがあった。まず朝から「芸術の殿堂」へ。ここには5つの公演場を持つ超綺麗なオペラハウスや美術館、書芸館、芸術資料館があった。韓国最高レベルの芸術施設だそうである。中の楽譜屋で韓国の楽譜をいくつか買った。楽譜は日本より随分安かった(代わりに弦は少し高かったが)。楽譜はほとんど英語で日本で売っているものと同じだった。一部の楽譜には少しハングルが入っていたりしたし、もちろん全部ハングルで書かれている物もあったのだけど。面白かったのは「カール・フレッシュ」や「SEVCIK」「鈴木メソッド」なども売られていたということ。鈴木メソッドは全巻何セットもそろっていて結構売れていると見た。日本に帰ってヴァイオリンの先生にその話をすると「韓国は金持ちしかヴァイオリンを習えないから1レッスン5万円とか」っていう話をしてくれた。

 それから、隣に立てられている国立国学院に行った。ここは韓国伝統音楽の総本山で、新羅時代の音声署からの1600年にも及ぶ歴史を展示していた。伝統の楽器などがあった。ただ展示場は思った程ではなかったけど・・・。

 昼飯は「土俗村」っていうお店でサムゲタンを食べた。サムゲタンには鶏を1羽まるまる使っていて、肉の中に米が包んであった。いわゆるおかゆの一種なのだろうが、とても美味しかった。

 それから「景福宮」とその敷地内にある「国立民族博物館」に行った。「景福宮」はとても広かったけどとても暑かったから勘弁って感じ。工事中でもあった。「国立民族博物館」はとても良かった。韓国の文化が原始時代から順に説明してあった。復元された家屋があったり、昔の人が遊んだおもちゃ(将棋とか)が展示されていた。楽器も展示してあったし、食生活もわかるようになっていた。韓国の文化が知りたい人はここは必須だと思う。続いて「昌徳宮」も行ったが、こちらはガイドと一緒ではなかった為入れなかった。

 ここまで見て、いったんホテルに戻って食事へ。「梨泰院(イテウォン)」ってところにある焼肉屋(名前は忘れた)に行った。ここには焼肉屋が2件並んでいて、呼びこみに大変熱が上がっていた。味の方はまぁまぁだった。でも韓国最後の夕食を満喫。

 食事が終わるとカジノに行った。最寄りの駅まで行ってそこからタクシー。一応優良タクシーに乗ったのだけど、そのタクシードライバーで「韓国観光公舎名誉案内人」でもある金貴成さんが「男の遊びに興味ない?」と勧誘してきた。気持ちがぐらりと傾き「いくら?」って聴いたら「オイルとかも使って全身丁寧にマッサージして、本番して、最後シャワーまで浴びさせてくれて2時間で1万5000円〜2万円。ホテルに部屋借りて一緒にHビデオ見るっていうコースもあるよ。女の娘みんな綺麗。若い娘ばっかり。選べるよ。」って言われ「お金がないので」と答えると「一番安いのは1万円からあるよ。こっちも女の娘みんな綺麗だから」ってさらに誘われた。滅茶苦茶興味が湧いたけど無い金は無いから「カジノで勝ったら」って言ったら名詞くれた。

 カジノはあまり金を使うわけにもいかず「一人1000円」ってことで遊んだ。まず友宜がポーカーで遊んだ。結構引っ張ったけど負け・・・。続いてTomoがスロットを。こちらも湧かせたけど結局負け。最後に俺がさいころを使ったゲームをした。3つのさいころが「奇数、偶数」とか「目の合計がいくつ以上」とかいう感じの張り方をするゲーム。でも俺の頭の中にはマッサージをしてくれる綺麗なお姉さんの事しかなくて、ハイリスク・ハイリターンの勝負に挑むことに。最低W2500からだったのでW10000で4枚チップを購入。それを最高の配当がもらえる「3つの目を当てる」というかけ方でかけた。「226」っていうところに全部張ったけど結局「136」っていう目がでて一瞬で負け。当たればW500000(5万円)だったから女の娘3人くらい呼んで豪遊できたのに・・・。残念!次に韓国に行くときは現金いっぱい持って行って楽しもうっと(爆)。金さんの携帯は011−287−4596。皆さんも韓国に行ったら是非!

 帰ってから部屋でお酒飲んで3日目も終了。

韓国旅行第4日目

 みんな疲れていたので昼までゴロゴロしてた。昼頃「明洞(みょんどん)」へ。昼食は「明洞餃子」。すごく食欲をそそる良い匂いが店からしてた。そこでは「うどん」が出て来たのだけど、麺が「ワンタン」みたいな生地で出来ていて味はまぁまぁ。それから外に出て近くの出店でお土産に「韓国のり」を購入。初日に行った焼肉屋の真ん前にあったけど普通の土産物屋や免税店の半額くらいで買えた。後で「許」さんに聞くと結構いい海苔だって。後は「明洞聖堂」に。韓国では約半数がキリスト教信者なんだって。なんだか意外!

 ホテルに1回戻り、「許」さんとの約束の時間まで喫茶店でのんびりした。それからキムチの専門店へ。試食も楽しかった。で、空港へ。空港ではまた免税店がいっぱいあった。「GUCCI」「シャネル」「ベルサーチ」など俺が知っているブランドは全て店を出していたし知らないブランドもあった。あたかもブランド品作っている会社に馬鹿にされている感じがした。「ここに店出しておけばお前等買うだろ?」みたいな。韓国に来てブランド買うってどういう神経だろう?俺はブランド持っている女が大嫌い。何でもブランドつければ良いってものでもないし、これだけブランドものが普及するとブランドにブランドとしての価値はなくなっちゃったね。今はブランドをつけないほうがブランドだと思う。中身の無い女に限って外見を飾るものだ。本当に良い女はブランドじゃなくて「自分が着たいイメージ」「自分に似合ったイメージ」でファッションを選んでいると思う。「すっきりした感じ」とか「清楚な感じ」とかコンセプトが見えるように。日本人が海外でブランドを買いあさるのは本当にみっともないからやめて欲しい。

 帰りの飛行機は行きほど揺れなかった。でも台風らしき雲の陰が遠くに見えた。また雷雲も見え、時々ピカピカ光っていた。成田からは「スカイ・ライナー」立ち席で。結構込んでいた。家に着いたのは11時頃。楽しい旅行だった。遣り残した事といったら「ソウル競馬公園」行きたかったことくらいかなぁ。あそこは土日じゃないと馬が走ってないのだ。ま、韓国まで行って馬買わなくてもいいか(笑)。


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