hnRNPA2B1とhnRNPA1

By , 2013年3月25日 8:23 AM

2013年 3月 3日、Nature誌にまた筋萎縮性側索硬化症 (ALS) での遺伝子変異が報告されました。次から次へと出てきて、何が何だか分からなくなりますね (^^;

Mutations in prion-like domains in hnRNPA2B1 and hnRNPA1 cause multisystem proteinopathy and ALS

Hong Joo Kim, Nam Chul Kim, Yong-Dong Wang, Emily A. Scarborough, Jennifer Moore, Zamia Diaz, Kyle S. MacLea, Brian Freibaum, Songqing Li, Amandine Molliex, Anderson P. Kanagaraj, Robert Carter, Kevin B. Boylan, Aleksandra M. Wojtas, Rosa Rademakers, Jack L. Pinkus, Steven A. Greenberg, John Q. Trojanowski, Bryan J. Traynor, Bradley N. Smith, Simon Topp, Athina-Soragia Gkazi, Jack Miller, Christopher E. Shaw, Michael Kottlors et al.

Nature (2013) doi:10.1038/nature11922
Received 05 January 2012 Accepted 17 January 2013 Published online 03 March 2013

Abstract

Algorithms designed to identify canonical yeast prions predict that around 250 human proteins, including several RNA-binding proteins associated with neurodegenerative disease, harbour a distinctive prion-like domain (PrLD) enriched in uncharged polar amino acids and glycine. PrLDs in RNA-binding proteins are essential for the assembly of ribonucleoprotein granules. However, the interplay between human PrLD function and disease is not understood. Here we define pathogenic mutations in PrLDs of heterogeneous nuclear ribonucleoproteins (hnRNPs) A2B1 and A1 in families with inherited degeneration affecting muscle, brain, motor neuron and bone, and in one case of familial amyotrophic lateral sclerosis. Wild-type hnRNPA2 (the most abundant isoform of hnRNPA2B1) and hnRNPA1 show an intrinsic tendency to assemble into self-seeding fibrils, which is exacerbated by the disease mutations. Indeed, the pathogenic mutations strengthen a ‘steric zipper’ motif in the PrLD, which accelerates the formation of self-seeding fibrils that cross-seed polymerization of wild-type hnRNP. Notably, the disease mutations promote excess incorporation of hnRNPA2 and hnRNPA1 into stress granules and drive the formation of cytoplasmic inclusions in animal models that recapitulate the human pathology. Thus, dysregulated polymerization caused by a potent mutant steric zipper motif in a PrLD can initiate degenerative disease. Related proteins with PrLDs should therefore be considered candidates for initiating and perhaps propagating proteinopathies of muscle, brain, motor neuron and bone.

骨 Pagetと前頭側頭型認知症を伴った封入体筋炎 (inclusion body myopathy associated with Paget’s disease of the bone and fronto-temporal dementia; IBMPFD) とその原因遺伝子 VCPについて、2010年12月のブログ記事で紹介したことがありました。VCPは ALSの原因遺伝子でもあります。ちなみに、IBMPFD/ALSは広い表現型や特徴的な病理を反映して、最近では multisystem proteinopathy (MSP) と呼ばれるようです。

著者らは、まず VCP関連 MSPと同じような臨床像を呈する家系 (family 1) を調べました。この家系の患者は VCP変異はなく、エクソーム配列解析および連鎖解析により、hnRNPA2B1に変異 (c.869/905A>T, p.D290V/D302V) が見つかりました。hnRNPA2B1は RNA結合タンパクで、A2, B1という isoformがあります。hnRNPA2の方がアミノ末端の 12アミノ酸短く、isoformの存在のせいで、変異部位は 2ヶ所表記となっています。このアミノ酸は進化的に保存されています。

さらに過去に VCP陰性-MSPとして報告された家系 (family 2) を遺伝子解析しました。その結果、hnRNPA1に変異 (c785/941A>T, p.D262V/D314V) が見つかりました。

次に、212名の家族性 ALS患者で hnRNPA2B1と hnRNPA1変異を調べると、1例で hnRNPA1変異 (c.784/940G>A: p.D262N/D314N) が見つかりました。

これらの変異は、3つの意味で著者らの興味を引きました。

①hnRNPA2B1と hnRNPA1が直接 TDP-43と相互作用し、RNA代謝を協調して制御すること

②VCP関連変性を抑制する因子として TDP-43, hnRNPA2B1と hnRNPA1のハエホモログが同定されたこと

③hnRNPA2B1が過去に神経変性との関係を指摘されていること (hnRNPA2B1は脆弱X関連振戦/運動失調症候群 (fragile-X-associated tremor ataxia syndrome; FXTAS) の RNA foci中にあり、riboCGG repeatと結合する)

さらに、著者らは、筋病理の分析を行いました。正常では、hnRNPA2B1や hnRNPA1は核に存在しますが、family 1の患者では、hnRNPA2B1が核から消失し、約 10%の筋線維で細胞質封入体に凝集しているのがわかりました。この患者では、VCP関連封入体筋炎および孤発性封入体筋炎がそうであるように、TDP-43病理も見られました。また、hnRNPA2B1病理は、VCP関連封入体筋炎および孤発性封入体筋炎でも見られました。

family 2の患者では、約 10%の筋線維において、hnRNPA1が核から消失し、約 10%の筋線維で hnRNPA1の細胞質封入体が見られました。hnRNPA2B1病理、TDP-43病理も同時に見られました。さらに、hnRNPA1病理は VCP関連封入体筋炎や孤発性封入体筋炎でも見られました。これらの症例では FUS/TLS病理は見られませんでした。二重染色では、TDP-43病理を伴った筋線維では通常 hnRNPA2B1病理や hnRNPA1病理を伴っており、部分的には共局在していました。一部、ユビキチンや p62も陽性でした。

hnRNPA2B1と hnRNPA1はいずれも C末端に glycine-richドメインを持ち、この部位は活性の保持や TDP-43との相互作用を介在するのに必須です。これらのドメインは、蛋白質の三次構造として折りたたまれずに存在すると予想されており、また酵母のプリオン・ドメインとアミノ酸組成が似通っています。このようなドメインは prion-like domain (PrLD) と呼ばれ、TDP-43や FUSを含む多くの hnRNPに存在します。疾患の原因となる変異は、PrLDの中心近くに存在し、プリオン様の振る舞いを強めるのではないかと考えられます。さらに、ZipperDBで調べたところ、hnRNPA2B1と hnRNPA1の PrLDにおける変異は、アミロイド線維の背骨構造を作る “steric zippers” という自己相補的な β-strandをより形成しやすくすることが予想されました。

そこで、著者らは hnRNPA2と hnRNPA1が線維形成しやすいのかどうか、またそれが疾患の原因となる変異で促進されるかを調べました。まず、 hnRNPA2B1 D290V, hnRNPA2 D262Vをそれぞれ含む 6アミノ酸ペプチドを合成したところ、容易に線維形成しました。次に GSTタグをつけて沈降分析と電子顕微鏡で評価したところ、hnRNPA2B1, hnRNPA2は変異を導入しなくても、凝集する傾向があることがわかりました。その律速段階は核生成のようでした。また、hnRNPA2B1のシードは hnRNPA2B1の凝集は起こすものの hnRNPA1の凝集を起こさず、逆もまたそうであることがわかりました。疾患変異を導入すると、hnRNPA2B1, hnRNPA1の線維形成は著明に促進しました。また、変異 hnRNPA2B1は野生型 hnRNPA2B1の、変異 hnRNPA1は野生型 hnRNPA1の線維形成をも促進しました。一方で、これらが TDP-43のような PrLDを持った他の RNA結合タンパクの凝集を促進することはありませんでした。”steric zipper” モチーフの 6アミノ酸を欠失させると、このような凝集は起きなくなりました。そのため、PrLDの中央に位置する “steric zipper”モチーフが線維形成に重要であると言えます。

さらに、酵母でも調べてみました。酵母プリオン蛋白 Sup35の核生成ドメインを野生型ないし変異 hnRNPA2B1の PrLDに置換した場合でもプリオン形成は行われ、変異 hnRNPA2B1で著明に促進されました。また全長 hnRNPA1および hnRNPA2は細胞質内凝集体を形成し、酵母に対して毒性を持ちました。

hnRNPA2B1や hnRNPA1の PrLDは、RNA顆粒を作るのに必須である (TDP-43や FUSを含む) hnRNPの “low-complexity sequence (LC配列)” に相当します。ストレス顆粒 (stress granule) は、翻訳複合体の抑制によって形成される細胞質リボ核蛋白です。TDP-43や FUSはストレス顆粒に誘導され、疾患変異によりそれが促進されます。著書らは培養細胞を用いた実験で、arsenite処理により、hnRNPA2も stress顆粒に誘導され、疾患変異があるとそれがより速やかに行われることを見つけました。患者由来の線維芽細胞では、変異 hnRNPA2が TDP-43, VCP及び eIF4G (翻訳のため mRNAをリボソームに運ぶ役割と関係がある蛋白質) 陽性のストレス顆粒内に凝集していました。

著者らは更に、ショウジョウバエの間接飛翔筋に hnRNPA2を発現させました。野生型 hnRNPA2を発現させると、いくつかの筋の吻側に軽度の変性がみられましたが、D29V変異を導入すると全ての筋で強い変性が生じました。また、PrLDを削除した Δ287-292変異を持つ hnRNPA2を過剰発現した場合、筋肉の異常はみられませんでした。免疫組織学的検討では、野生型 hnRNPA2および hnRNPA2 Δ287-292では hnRNPA2は核に存在しましたが、hnRNPA2 D29Vでは細胞質封入体への凝集がみられました。蛋白質の溶解度をしらべたところ、野生型 hnRNPA2と hnRNPA2 Δ287-292は可溶性画分に存在しましたが、hnRNPA2 D290Vは不溶性画分に存在しました。これらの結果から、hnRNPA2を発現したショウジョウバエの筋変性の程度は、細胞内封入体と hnRNPA2の溶解度に関連していることがわかりました。最後に、マウスの前脛骨筋に hnRNPA2を発現させたところ、野生型 hnRNPA2は核に存在するのに対し、 hnRNPA2 D290Vは核から排除され、MSP患者のように細胞質封入体に存在することを確認しました。

ALSアルツハイマー病パーキンソン病などいくつかの神経変性疾患では、seed 仮説という学説が議論されています。これは、seedという 種のような物ができて、それを元に蛋白質が重合し、安定化して排除されなくなってしまうことで細胞に傷害を及ぼすというものです。seedは伝播することもあります。

今回の論文では、hnRNPA2B1および hnRNPA1が細胞質内で seed仮説の原因蛋白質によくみられるように線維形成をすること (これは疾患変異で促進される)、それがプリオン様ドメインによること、いくつかの ALS関連蛋白質が同じような振る舞い (RNA顆粒を形成する) をしていることが明らかになりました。Natureに掲載されるのに相応しい、画期的な論文と言えます。

ALSの原因蛋白質はいくつもありますが、hnRNPA2B1, hnRNPA1, TDP-43, FUSなどのように RNA顆粒を形成する蛋白質は一つの系として纏められる時代がくるかもしれません。また、線維形成を引き起こすドメインに対するアプローチも色々考えられそうです。今後、RNA顆粒を形成する蛋白質の研究は、競争が激化するでしょう。個人的には、こうした RNA顆粒を形成する蛋白質が、C9orf72と関係あるのかないのかも興味をそそるところです。

最後に、RNA顆粒形成について Cell誌に掲載された論文が日本語で読めますので、紹介しておきます。hnRNPや FUSが登場します。

試験管内におけるRNA粒子の形成

Post to Twitter


TPPと医療

By , 2013年3月22日 8:55 AM

安倍首相が TPPへの参加を正式に表明しました。

安倍首相、TPP交渉参加を表明=「経済全体にプラス」―農業の競争力強化に全力

時事通信 3月15日(金)18時3分配信

安倍晋三首相は15日夕、首相官邸で記者会見し、米国やオーストラリアなど11カ国が参加している環太平洋連携協定(TPP)について「交渉に参加する決断をした」と正式に表明した。首相は「今がラストチャンスだ。このチャンスを逃すと世界のルール作りから取り残される」と述べるとともに、「全ての関税をゼロとした場合でも、わが国経済全体としてプラスの効果がある」と強調。また「あらゆる努力で日本の農を守り、食を守ることを誓う」と訴え、参加への理解を求めた。
日本の参加は、米議会の承認手続きに90日程度かかることに加え、先行参加国が7月の交渉会合開催を検討していることから、早くても7月以降になる見通し。先行国は10月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせた会合での合意を目指しており、コメなど関税撤廃の例外品目確保に向けた調整や、自動車や保険などをめぐる米国との協議が焦点となる。
首相は会見で、交渉参加を決断した理由について「世界経済の約3分の1を占める大きな経済圏が生まれつつある。韓国やアジアの新興国が次々と開放経済へと転換していて、日本だけが内向きになってしまっては成長の可能性もない」と説明した。
また、「経済的な相互依存関係を深めていくことは、わが国の安全保障にとっても、またアジア太平洋地域の安定にも大きく寄与する」と指摘。経済・軍事双方で台頭する中国を念頭に、同盟国の米国はじめ、民主主義や基本的人権などの価値観を共有する参加国との連携が日本の安全保障環境に資すると語り、「交渉参加はまさに国家百年の計だ」と断じた。
TPPに加盟した場合、影響が予想される農業分野に関しては「攻めの政策により、競争力を高め、輸出を拡大し、成長産業にする」と表明した。

TPPは、別の見方をすれば「中国包囲網」です。露骨に領土拡大を主張する中国の脅威に対抗するには、参加する以外の選択肢はなかったと思います。

ほとんど報道はされませんが、われわれ医療従事者が懸念するのは、”金持ちしかまともな医療を受けられない” アメリカの医療政策が輸入されるとどうなるかという点です。最近、李啓充先生が興味深い連載をしていました。マサチューセッツ州では、皆保険制度導入後に医療費抑制政策が始まり、状況が変わりつつあるようです。

 最終回 (連載第 11回) にまとめがあります。

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第241回

「最先端」医療費抑制策 マサチューセッツ州の試み(11)

「医療費抑制法」のポイント

ここまで10回にわたって,2006年の「皆保険制」実施後,マサチューセッツ州で医療費抑制の気運が高まった経緯を紹介した。2012年8月に同州が成立させた「医療費抑制法」はその「集大成」ともいうべきものであったが,以下に同法の内容を概観する(ポイントとなる語句を下線で示した)。

1)医療費の伸びを州総生産額(gross state product:GSP)に連動させ,2013-17年はGSPの伸び以下,2018-2022年はGSPの伸びより0.5%低く,2023年以降は再びGSPの伸び以下に抑える。
2)低所得者用公的保険(メディケイド)・州職員用保険等,州が管轄する医療保険について「出来高払い」に代わる支払い制度を導入する。
3)ケアの統合と,予防,プライマリ・ケアへのアクセスを改善するためにACO(註1)設立を推進し,州が運営する医療保険においてはACOとの契約を優先する
4)医療費動向の監視:「医療政策委員会」を設立,医療費動向および新たに導入される医療サービス供給体制・支払い制度について統監させる。
5)供給者間の価格差について報告する特別委員会を設立する。
6)医療費抑制目標値が達成できなかった医療施設に対する罰則:改善計画の提出・実施を義務付けるとともに,50万ドル以下の罰金を科すことを可能とする。
7)通常のケアについて医療施設ごとのデータをオンラインで公開,価格・質についての透明性を高める
8)医療過誤訴訟コスト軽減:乱訴を防止するために182日間の「冷却期間」を設けるとともに,医療側の謝罪は法廷で証拠扱いしない。
9)経営難病院救済用に1億3500万ドルの基金を設立する。
10)3000万ドルの予算で「eHealth Institute」を創設し,電子カルテ普及を促進する。
11)6000万ドルの予算で健康増進活動を推進するとともに,職場における健康増進活動を実施した企業に対する減税措置を講じる。
12)新法実施費用の「当事者」負担:保険会社から1億6500万ドル,大病院から6000万ドルを徴収,新法実施の費用とする。

(略)

そもそもの問題は市場原理主義にあり

以上,11回にわたって,マサチューセッツ州で医療費抑制法が成立するまでの「ドタバタ」を概観したが,同州で診療報酬が高騰したり,病院間の診療報酬格差が拡大したりした根本の原因は,1992年に,「公的機関が診療報酬を決めることを止め,診療報酬は保険会社と医療機関が個別交渉で自由に決める」とする「規制緩和」を実施したことにあった。「市場原理を導入すれば価格は下がるはずだ」とする前提の下での規制緩和であったが,もくろみとは反対にマサチューセッツ州で医療費が高騰し続けたことはここまで何度も述べた通りである。換言すると,マサチューセッツ州がこの間一所懸命取り組んできた「無保険者の問題」も「診療報酬高騰の問題」も,医療を「民(=市場原理)」に委ねたことが根本の原因だったのであり,社会にしっかりした「公」の保険が存在しさえすれば起こるはずのなかった問題だったのである。

(略)

いったい,いつになったら,「医療ほど市場原理に不向きなものはない」ことがわかってもらえるのだろうか

私は現在の日本の医療制度はアメリカとくらべて優れたものであると思っています。TPP参加によりアメリカ型の医療制度が持ち込まれることで、日本の医療制度が破綻する可能性を危惧していましたが、どうやら最近のアメリカの医療政策は日本のそれに近づいてきているようです。かつてアメリカのような酷い医療制度が持ち込まれる可能性は低いのかもしれません。

Post to Twitter


人民は弱し 官吏は強し

By , 2013年3月18日 8:59 AM

人民は弱し 官吏は強し (星新一著、新潮文庫)」を読み終えました。

ショートショートでお馴染みの星新一が、父親星一について綴った著書です。星一がドイツの科学界に大きな寄付をした話は以前ブログで紹介しました。

星一は、製薬業で素晴らしい業績を残しましたが、まっとうに商売をやりすぎて、国と癒着した業者に潰されました。国を挙げての陰湿な会社いじめは、読んでいて背筋が寒くなります。大正時代には、明治政府が出来た時のような清々しい風はもう吹いていなかったのでしょう。また、今日の日本と違ってまだ民主主義として未成熟だったことがここまでえげつないイジメを生んだとも言えます。

 当時のような世の中で、権力を持った人間に賄賂を渡して癒着することを潔しとしなかったのが原因と言えばそれまでですが、彼の方が筋が通っているのは確かです。

 彼の息子の書いたこの本が、彼の無念をいくぶんかでも晴らしてくれるものだと信じます。大正時代にこんな話があったことを知って欲しいので、多くの方に本書を読んで貰いたいです。

最後に、本書で心に残ったエピソードをいくつか紹介しておきます。

太平洋を越え、やっとサンフランシスコの港にたどりついた時のことである。不慣れと興奮による心のすきにつけこまれ、知り合った在留邦人にだまされ、百ドルほどの所持金すべてを巻きあげられてしまったことがあった。星はその事件を回想し、あれもひとつの壁だったなと思った。悲観的な性格の者なら、領事に泣きついて船賃を借り、そこから引きかえしたかもしれない。しかし、すぐに職をさがし、いかにひどい仕事でもより好みせずに働くと決心することで、なんとか生き抜き、苦境を脱した。

やがて東部に行き、コロンビア大学に入学しようとした時もそうだった。どう働いても、授業料として必要な年百五十ドルがかせぎ出せない。その際は、講義を聞くのは半分だけにするから授業料を半分にまけてくれ、との案を持ち込んで交渉し、学校側を承知させた。卒業までに普通の二倍の年月を要してもいいとの覚悟で、なんとか壁を乗り越えた。あれはわれながら名案だったな。星は思い出し、楽しげに笑った。

これに類した体験は何回もあったが、いずれもなにかしら案を発見し、努力をおしまないことで道を切り開いてきた。これだけつみ重ねてくると、社会の原理のひとつと思えるのだった。絶対的な行きづまりの状態など存在しない、当事者がそう考えるだけなのだ、と。

その当時、野口 (※野口英世) は渡米十六年、老いた母にも会いたかったし、故郷に錦を飾りたかった。しかし、名声は高くても、彼は金銭に恬淡な性格のため、少しも金の用意がなかった。野口は星に<カネオクレ、ハハニアイタシ>と電報を打ち、星はそれに応じて送金をしたのだった。

「いや、あの金はきみのために出したのではない。きみの母上のためにしたことだよ。また、きみのあの時の帰国によって、日本人も学問への尊敬ということを感じはじめたようだし、努力さえすれば世界的な業績をあげうる国民だとの自信を持てた。金のことは気にせず、研究に精を出すべきだな」

「しかし、あの時のお礼をしたい気分だ」

「そんなことを言ったって、きみは依然として金銭に淡白だし、ニューヨークの盛り場の秘密の場所を案内する知識もないだろう。もっとも、ぼくは酒を飲まないから禁酒法の目をかすめてみても楽しくない」

「その通りだな。しかし、どうも気がすまない。ぼくにできるようなことで、なにか役に立ちそうなことがあったら、言ってくれ」

野口は困ったような表情で言った。星はしばらく考えてから言った。

「そうだな。できるものなら・・・・・・」

「なんだ遠慮なく言ってみてくれ」

「ちょっとでいいのだが、エジソンに面会できないものだろうか。あれだけ多くの発見をなしとげた人物に、拝顔しておきたいと思っていたのだ」

「なるほど、それならなんとかなるかもしれない。知りあいの学者を通じて連絡をとって、つごうを聞いてみるよ」

さいわい連絡がとれ、星は野口とともに約1時間、エジソンに会うことができた。この発明王は七十七歳になっていたが、白髪と、夢想家の目と、実際家の口もとを持つ、元気にあふれた人物だった。彼の口からは、早い口調で言葉が流れ出した。

エジソンは現在もなお、蓄音機や電池の改良に専心していることを語り、さらに今までとはまったくことなる分野へ挑戦しようとしている夢を展開した。フォードの依頼により、ゴムの問題を手がけているという。ゴムはアメリカ国内で産出せず、その供給の不安定を解決するため、同じ性質を持つ、ゴムにかわる物質を発見してみせるつもりだとしゃべった。そしてこうつけくわえた。

「利益よりも、まず公共のことを考えなければ物事はうまく運ばない。私は人類のために新しい富、新しい道具、新しい産業を創造しようとして働いているのだ」

話し好きな偉大な老人に、きげんよくまくしたてられては、星も野口もあまり口をはさめなかった。エジソンは別れぎわに、大きな自分の写真にサインをして二人に手渡してくれた。それには、名前のほかに<成功しない人があるとすれば、それは努力と思考をおこたるからである>と書かれてあった。

自分が倒れたら、半分は社員たちに、半分は債権者たちに提供するよう、書類も作成してあった。その保険の掛金を払戻してもらったのである。こうなると、死ぬこともできない。死はさらに大きな迷惑を他人に及ぼすことになる。

もはや、あくまで問題の解決に努力し、事業を復活させる以外に、なすべきことは残されていない。星は決意をさらにかためなければならなかった。

星は数名の社員を連れて保険会社に出かけ、その金を受取った。現金をいくつかにわけ、何台かの自動車に分乗し、会社へと持ち帰った。銀行が利用できないとなると、このようにして運ばなければならないのだった。また、星がまとまった金を手にしたとの情報がもれると、途中で、無茶な差し押さえをされないとも限らない。そんな場合、分乗していればつかまるのは一台ですむ。さいわい無事に帰りつくことができた。

情報が他にもれないですんだわけだが、同行した社員の口から社内に伝わった。とっておきの生命保険金を、払戻して支払われた給料であると。

これからの給料がどうなるのかわからないにもかかわらず、社員たちは星のために、自発的に金を出しあってくれた。千五百名の社員従業員たちが、少しずつの金を持ちよった。だが、星にさしだしたのではない。彼らは原稿を書き、その金とともに新聞社へ持っていった。広告を掲載し、社会に訴えようというのである。そして、それは紙面にのった。こんな文面だった。

<官憲はなぜ星社長を虐待するのでしょう。親切第一を主義とし、進んで社会奉仕をし、国家貢献をなさんと一生懸命に努力している社長の活動を、なにがために妨害するのでしょう。いったい、我々をどうしようというのでしょうか。社会を毒するのならいざ知らず、我々は政府から一銭の補助金も、一銭の低利資金ももらわずに・・・>(略)

かなりの長文ではあったが、どの行にも願いの叫びがこもっていた。読んだ者は、血がしたたるのを文面から感じたかもしれない。なかには、時事新報社の神吉広告部長のように「このような広告から料金は取れない」と、独断で無料掲載してくれた新聞社もあった。

Post to Twitter


Parkin Disease

By , 2013年3月17日 8:09 AM

2013年2月23日のパーキンソン病の原因遺伝子 LRRK2, RAB7L1, VPS35についての記事で、私は次のように記しました。

家族性パーキンソン病の原因遺伝子はこれまで 20近く同定されています。これらの遺伝子がコードするタンパク質には、協調して働いているものがあるらしいことが最近明らかになってきました。例えば、Parkin, PINK1は一つの系として、異常ミトコンドリアを検出し、ミトコンドリア外膜タンパク質をユビキチン-プロテアソーム系で分解したり、ミトコンドリアのオートファジーである mitophagyを誘導する役割を担っています。DJ-1もどうやらこの系に含まれるようです。

それから日を置かずして、2013年3月4日の Archives of Neurology (JAMA Neurology) 誌に “Parkin Disease” という論文が掲載されました。その論文は Parkin変異によるいわゆる “Parkin病” と、一般的な Parkinson病との違いを比較しています。同じ号の “Editorial” で簡単な解説がありますので、まずはそちらを紹介します。

Lessons for Parkinson Disease From the Parkin Genotype

J. Eric Ahlskog, PhD, MD
JAMA Neurol. 2013;():1-2. doi:10.1001/jamaneurol.2013.104.
Published online March 4, 2013
Monogenetic forms of parkinsonism now include 16 established loci in the “ PARK ” nomenclature. In this issue of JAMA Neurology, Doherty and colleagues1 describe details of the most common autosomal recessive parkinsonism, PARK2, which is associated with parkin gene mutations. In the most comprehensive description of PARK2, these investigators detail the clinical phenotype of 5 patients, who were observed for decades, plus their neuropathology.1 Notably, the pathology was a non–Lewy body pathology. Although parkin is uncommon in Parkinson disease (PD) clinics, this report1 should be of interest to general neurologists once it is put into a broader context.

Park2遺伝子 (遺伝子産物は parkin) 変異のある患者は、一般的な孤発性パーキンソン病といくつかの違いがあります。

①発症年齢:parkin変異の患者の多くは、40歳までに発症する若年発症です。しばしば 20歳前での発症もみられます。一方で、ある研究では、パーキンソン病のうち 50歳以下で発症するのは 3%にすぎず、40歳以前に発症することはありませんでした。

②臨床的特徴:parkin変異の患者では、障害がほぼドパミン欠乏による症状に限局します。一方で、孤発性パーキンソン病では、ドパミン欠乏以外による症状 -認知症、自律神経症状、レボドパ不応性運動症状- などがみられます。

③障害部位:parkin変異の患者では、障害がほぼ黒質および青斑核に限局します。これは臨床的特徴に合致した所見です。一方で、一般的なパーキンソン病では、Braakのstaging に基いたLewy病理の進行がみられます。

常染色体劣性遺伝である PINK1, DJ-1も、若年性パーキンソニズムの原因遺伝子です。これらの遺伝子変異でも、parkin変異同様に黒質 (substantia nigra) の障害が見られ、レボドパ反応性のパーキンソニズムのみを呈します。これら 3つの遺伝子による病態は、”nigropathies” と呼べるかもしれません。

Parkinはユビキチン・リガーゼ (ユビキチンを基質に結合させる) としての機能を持ち、ミトコンドリアのオートファジーである mitophagyを誘導します。黒質は代謝的要求が大きいので、ミトコンドリアの易傷害性があるのかもしれません。近年、parkin, PINK1, DJ-1は同じ系で相互作用し、ミトコンドリアの機能や形態を維持していると考えられています。

parkin変異患者ではレボドパへの反応性がよく、ジスキネジアや変動があるにせよ、数十年に渡って保たれます。一方で、一般的なパーキンソン病では徐々にレボドパへの反応性は乏しくなります。Lewy病理が脳の様々な部位に出現することと関係しているのかもしれません。

また、parkin変異患者では、レボドパ誘発性ジスキネジアが出現しやすいことが知られています。一方で、一般的なパーキンソン病患者は淡蒼球も侵されるので、ジスキネジアに有効である淡蒼球切除術と似たような効果のためジスキネジアが出にくいのかもしれません。

論文 “Parkin Disease” では、parkin変異患者の臨床的、病理学的特徴を検討しています。

Parkin Disease
A Clinicopathologic Entity?

Karen M. Doherty, MRCP; Laura Silveira-Moriyama, PhD; Laura Parkkinen, PhD; Daniel G. Healy, PhD; Michael Farrell, FRCPath; Niccolo E. Mencacci, MD; Zeshan Ahmed, PhD; Francesca M. Brett, FRCPath; John Hardy, PhD; Niall Quinn, MD; Timothy J. Counihan, FRCPI; Timothy Lynch, FRCPI; Zoe V. Fox, PhD; Tamas Revesz, FRCPath; Andrew J. Lees, MD; Janice L. Holton, FRCPath
JAMA Neurol. 2013;():1-9. doi:10.1001/jamaneurol.2013.172.
Published online March 4, 2013
Importance Mutations in the gene encoding parkin (PARK2) are the most common cause of autosomal recessive juvenile-onset and young-onset parkinsonism. The few available detailed neuropathologic reports suggest that homozygous and compound heterozygous parkin mutations are characterized by severe substantia nigra pars compacta neuronal loss.

Objective To investigate whether parkin -linked parkinsonism is a different clinicopathologic entity to Parkinson disease (PD).

Design, Setting, and Participants We describe the clinical, genetic, and neuropathologic findings of 5 unrelated cases of parkin disease and compare them with 5 pathologically confirmed PD cases and 4 control subjects. The PD control cases and normal control subjects were matched first for age at death then disease duration (PD only) for comparison.

Results Presenting signs in the parkin disease cases were hand or leg tremor often combined with dystonia. Mean age at onset was 34 years; all cases were compound heterozygous for mutations of parkin. Freezing of gait, postural deformity, and motor fluctuations were common late features. No patients had any evidence of cognitive impairment or dementia. Neuronal counts in the substantia nigra pars compacta revealed that neuronal loss in the parkin cases was as severe as that seen in PD, but relative preservation of the dorsal tier was seen in comparison with PD (P = .04). Mild neuronal loss was identified in the locus coeruleus and dorsal motor nucleus of the vagus, but not in the nucleus basalis of Meynert, raphe nucleus, or other brain regions. Sparse Lewy bodies were identified in 2 cases (brainstem and cortex).

Conclusions and Relevance These findings support the notion that parkin disease is characterized by a more restricted morphologic abnormality than is found in PD, with predominantly ventral nigral degeneration and absent or rare Lewy bodies.

常染色体劣性若年性パーキンソニズムは約 20年前に日本で報告されました。これらの患者は比較的良性の経過をとり、睡眠効果、低容量レボドパの効果持続、服用の合間の chorea-athetosisの早期出現がみられました。連鎖解析では6番染色体長腕 (6q25. 2q27) に遺伝子座があり、parkin遺伝子が同定されました。特徴的な症状として下肢に目立つ振戦、下肢ジストニア、正常嗅覚、著明な行動障害が報告されていますが、parkin変異のためというよりむしろ若年発症であることがこうした臨床像の決定因子なのではないかと考えられています。

今回著者らが 5例の parkin変異によるパーキンソニズム患者を検討したところ、振戦や筋強剛、局所性ジストニアなどはありましたが、認知症を伴った患者はいませんでした。

パーキンソン病は、黒質ドーパミン作動性ニューロンが脱落し、生き残ったニューロンにα-シヌクレインを含む Lewy小体が見られるのが病理学的特徴です。本研究の剖検による検討では、パーキンソン病患者と parkin変異によるパーキンソニズム両者で黒質緻密部の細胞は高度に脱落していましたが、parkin変異によるパーキンソニズムでは黒質背側部 (dorsal tier) の細胞は比較的保たれるという特徴が確認されました。また、parkin変異によるパーキンソニズムでは青斑核、迷走神経背側運動核で軽度の神経脱落があったものの、他の部位ではこうした所見はなく、Lewy小体は 2例でわずかに散見されるのみでした。 

parkin変異によるパーキンソニズムは、臨床像や病理所見が一般的なパーキンソン病とは異なるようですね。”parkin disease” とはよく言ったものです。私はこういう呼び方は初めて聞いたのですが、2003年の Brain誌論文を皮切りに、いくつかの論文で用いられているようです。

Post to Twitter


電王戦

By , 2013年3月16日 11:34 AM

プロ棋士とコンピューターソフトが対戦する「電王戦」がいよいよ 1週間後に始まります。

電王戦 公式サイト

私はプロ棋士を応援したいですが、成績予想としては 1勝出来るかどうか微妙なところです。

先日、前哨戦としてアマチュアとコンピューター将棋の対戦イベントがありました。2月24日(日)から3月10日(日)までの毎週土日11時~18時にアマチュアとコンピューター将棋ソフト「GPS将棋」が対戦するというものです。勝てば 100万円もらえるということで、多くのアマチュアが集まりました。

GPS将棋最新バージョンは GPS fishですが、このイベント開始直前にバグが見つかりました。ある局面に誘導されると悪手を指してしまうのです。そのバグを回避するために運営側は数年前のバージョンの GPS将棋を用意しました。そうしたところ、いきなり二人のアマチュア強豪がコンピューターソフトを撃破し、100万円を獲得しました。

「人類vs最強将棋ソフト 勝てたら100万円」 2名のアマ強豪が100万円獲得! (棋譜あり)

古いバージョンのソフトでは勝つアマチュアが何人も出てくることに気づいた運営側は、GPS fishを投入することを決めました。

「人類vs最強将棋ソフト 勝てたら100万円」 頼みのGPSfishが撃破され運営青ざめる (棋譜あり)

しかし、それをも撃破するアマチュアが現れました。細川さんというアマ強豪で、本人は朝起きるの大変だから行きたくないと主張したようなのですが、知り合いが強引に連れて行きました。右玉という作戦で、右側の桂跳ねを保留する工夫に混乱したソフトが、22手目△6三銀というまさかの大悪手。的確に咎めた細川さんの金星となりました。彼を連れて行った知り合いは、当初の約束どおり 100万円の何割かを貰ったそうです。

こうした状況をみて、「ひょっとしたら勝てるかも」と思ったアマチュア強豪たちはこの企画に殺到しました。最終日は、始発で並んだ人達が挑戦することができなかったくらい混んでいたそうです。運営側は、コンピューターのスペックを上げることで、最終日の全勝を達成しました。

このようにコンピューターソフトに勝ったアマチュアが何人も出たのは事実ですが、通算成績的にはコンピューターソフト側の圧勝です。竜王戦予選のように、プロとトップ・アマが対局してトップ・アマが勝つことが珍しくないことを考えると、圧倒的にトップ・アマに勝ち越したコンピューター将棋の実力は、プロを凌駕しているのではないかと感じました。電王戦が楽しみです。

(追記)

訂正をくださった方がいるので、コメント欄も御覧ください

Post to Twitter


神戸市室内合奏団

By , 2013年3月13日 8:10 AM

招待券を頂いたので、3月10日に知人と神戸市室内合奏団のコンサートを聴きに行って来ました。

神戸市演奏協会 第 373・374回公演

神戸市室内合奏団

定期公演 第 22回東京公演

古典派と歩む一年~アンサンブルの極みを目指して~

「ふたりの天才と若き日の作品」

シューベルトが受け継いだ”明るく、照らされた、美しい”もの

2013年3月10日(日) 14:00 開演/紀尾井ホール

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 交響曲 第 29番 イ長調 KV201 (186a)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト フルート協奏曲 第 2番 ニ長調 KV314 (285d)

フランツ・シューベルト 交響曲 第 5番 変ロ長調 D485

指揮:石川星太郎、フルート:藤井香織、神戸市室内楽合奏団

一曲目の冒頭、繊細さが要求されるところですが、完璧な出だしで、すぐに合奏団のレベルの高さが分かりました。この曲は細かく動くフレーズが多いのですが、全く乱れたところがありませんでした。1985年生まれの若い指揮者は曲を完璧に把握した上にそれを表現する手段を知っており、「モーツァルトがそうであったように、天才は若い時から天才なんだなぁ」と感じました。

二曲目、藤井香織さんは歌い方が上手でした。音が明るくて、聴いていて心地よかったです。ただ、強く吹き込んだときに全体的に音程が高くなりやすく、楽器の特性があるので難しいのかもしれませんが、もう少し低くとるべき音は低くとった方が、調性感がクリアになって綺麗なのかなと思いました。こうした素晴らしい tuttiでヴァイオリン協奏曲も聴いてみたくて、ヴァイオリニストの成田達輝さんとか招いたコンサートとか企画してくれないかなぁ・・・。

三曲目はシューベルト。コンサートのサブタイトルにもある「シューベルトが受け継いだ”明るく、照らされた、美しい”もの」というメッセージが良く伝わって来ました。

この合奏団はボッセ・ゲルハルト氏が過去に音楽監督だったらしいですが、こんなにレベルの高い合奏団に育てたというのは、ボッセ氏の数多い業績のうちでも特筆すべきものの一つでしょう。 また機会があれば聴きに行きたいと思いました。

最後に、それぞれの曲を Youtubeで曲紹介をしておきます。

・Mozart – Symphony No. 29 in A, K. 201 [complete]

 

・Mozart – Flute Concerto No. 2 in D, K. 314 / K. 285d [complete]

・Schubert: Symphony No.5 – Harnoncourt/WPh(2010Live)

Post to Twitter


311

By , 2013年3月12日 6:59 AM

昨日で震災 2年目を迎えました。

Nature誌が、東日本大震災のオンライン特集を組んでおり、震災に関する過去の記事が日本語翻訳されています。

 オンライン特集:東日本大震災から2年

Post to Twitter


動画による不随意運動検討会 2013

By , 2013年3月10日 10:03 AM

3月7日に、「動画による不随意運動検討会 2013」に行ってきました。特別講演の演者は京都大学医学部名誉教授の柴崎浩先生でした。

動画による症例提示をしながら、4つの核となるポイントをわかりやすく教えてくださり、非常に勉強になりました。以下、簡単にポイントを記しておきます。

 

①複数の不随意運動の特徴を兼ね備た症例もあるので、必ずしも既成の概念に当てはめて分類する必要はない 

・見たまま記載するのが大事。同じ不随意運動を見せてどの用語を当てはめるか、専門家でも意見が分かれることは珍しくなかった。

・ほとんどの不随意運動は 100年以上前に詳細な観察に基いて記載されている。分類は必ずしも電気生理学的機序に基づかなくてもよいのかもしれない。

・不随意運動は触るのが大事。筋の動きが良く分かる。

・不随意運動分類のアルゴリズム

不随意運動

不随意運動

Case.1 BAFME (良性成人型家族性ミオクローヌスてんかん): 律動性ミオクローヌス

Case.2 CBD (皮質基底核変性症): 律動性ミオクローヌス

Case.3 書痙:ジストニー、ミオクローヌス、振戦・・・複雑に混ざっている

Case.4 CJD (クロイツフェルト・ヤコブ病):捻れた姿勢 (ジストニー) に周期性の運動 (ミオクローヌス) が乗っかる→ジストニー+ミオクローヌス or ジストニー性ミオクローヌス (PSDと筋放電は 1:1ではない)

Case.5 SSPE:周期性ジストニー (PSDと筋放電は 1:1である)

Case.6 軟口蓋振戦:軟口蓋ミオクローヌスは軟口蓋振戦という用語が用いられるようになったが、この症例のように同期して口唇のミオクローヌスが見られる症例も見られる。

Case.7 Diaphragmatic flutter (respiratory myoclonus):レーウェンフックが罹患していた。myorythmiaとも呼ばれる

Case.8 低酸素脳症:ミオクローヌス、刺激過敏性があり反射で誘発される。表面筋電図では、胸鎖乳突筋 (延髄支配) の直後に眼輪筋 (橋支配)、上腕二頭筋 (頚髄支配) が収縮し、延髄由来だとわかった。

Case.9 Painful leg moving toe

Case.10 Myoclonus-dystonia syndrome (DYT11 mutation):ジストニーにミオクローヌスが独立して乗っかる。皮質性ミオクローヌスは遠位筋に出やすいが、Myoclonus-dystonia syndromeでは近位筋に出やすい (皮質由来ではない)

Case.11 本態性振戦:一見、静止時+姿勢時に振戦がみられる。近位筋が姿勢性に収縮しているので、静止時に手が震えているように見える (静止時振戦と間違いやすい)。動作時にはない。

 

②内科疾患の部分症候としてあらわれることがある

Case.12 Wilson病:仰臥位で上肢を挙上して、下肢を屈曲しないと出現しない不随意運動。そういう姿勢をとらせるのが大事。

Case.13 肝性脳症:アステリクシス。腎不全でも出現する。手に出てもあまり困らないが、下肢や体幹に出ると転倒の原因になる。

Case.14 リウマチ熱に伴う舞踏病:一定の筋肉に繰り返すより migrationがみられる。癖のようにも見える。マネが出来る。

 

③しばしば薬剤によって誘発される

・L-Dopa→ジスキネジー、抗精神病薬→ジストニー、が有名

Case.15 アマンタジン投与中にみられたアステリクシス

Case.16 ガバペンチン投与中にみられたアステリクシス

Case.17 シスプラチン投与中にみられたアステリクシス

 

④心因性の不随意運動がまれではない

・心因性不随意運動の特徴

1. 一般的に知られている不随意運動では説明しにくい

2. 正常、パターン、分布が変動しやすい

3. 注意を他の課題に向けることによって軽減するか消失する

4. 振戦の場合、他方の手で一定周波数の随意運動を反復させると振戦の律動がその律動に置き換わる (entrainment)

5. 本人の性格や環境に心因性要素が存在する

Case.18 シャルコーの有名な講義写真:閉眼で後屈→心因性に多い

Case.19 下顎・口唇が右に偏奇

Case.20 Orthostatic myoclonus: 観察していないときの態度が決め手になって診断できた

Case.21 心因性ジスキネジー:対側の手でリズムを取ると改善

Case.22 心因性振戦:中学3年生の受験生。下肢の振戦。臥位になると変動し、膝を左右に動かす。座位で足を浮かせると上下に動かす。足の運動の周波数が手の運動の周波数に置き換わる。

Case.23 spinal myoclonus?: C4-5に限局。s-EMGでは自分で肩を挙上させると周波数が早くなる。肩を叩いて誘発すると、700 msの不応期が観察された。最終的に心因性と診断。

Case.24 propriospinal myoclonus: paraspinalの筋が収縮することで、腹部の筋が動く→心因性ではない

Case.25 reflex propriospinal myoclonus (心因性):腹部の前屈には心因性が多い。propriospinal myoclonusでは diffusion tensor tractographyで神経線維の乱れが見えたとする報告がある。

Case.26 mimicking-propriospinal myoclonus:練習したら propriospinal myoclonusの動きはマネできる→心因性多いのでは?

Case.27 Abdominal tic

Case.28 fixed dystonia

心因性不随意運動

心因性不随意運動

[Q&A]

Q: dystonia, tremorの違いは、拮抗運動の有無ではないのか?持続時間で説明して良いのか?

A: 表面筋電図で、振戦は backgroundがない、ミオクローヌスは backgroundがある。ただし早いと鑑別が難しいことが多い。振戦は必ずしも reciprocalではなく、同時に出ることもある。右手は reciprocal、左は同時ということもある。

Post to Twitter


Xa阻害の阻害なのだ

By , 2013年3月9日 6:52 PM

非弁膜症性心房細動による脳塞栓症予防には、ワルファリンという薬剤が良く使われます。しかし、頻回に採血をして量を調節する必要があったり、薬物や食事の相互作用を気にしなければならないといった欠点から、近年第 Xa因子阻害薬という新しいタイプの抗凝固薬が開発されました。リバロキサバン (イグザレルト) 、アピキサバン (エリキュース) といったの薬剤が立て続けに登場し、多くの患者さんが恩恵を受けています。これらの薬剤は、高齢者、腎障害、低体重、抗血小板薬との併用などでは重篤な出血性合併症がみられることがあるので注意が必要ですが、一般的にはワルファリンに比べて出血性合併症は若干少ないと言われています。

第 Xa因子阻害薬の欠点として、拮抗薬がないというのが挙げられます。古典的な薬剤だと、例えばヘパリンならプロタミン、ワルファリンならビタミンKで拮抗できるので、内服している患者さんが出血しても直ぐに効果をキャンセルすることができます。ところが Xa阻害薬はそれが出来ないのです。

しかし、2013年3月3日の Nature Medicineに、その第 Xa因子阻害薬の作用を “解毒” できる組み換え蛋白質 (r-Antidote, PRT064445) が報告されました。

A specific antidote for reversal of anticoagulation by direct and indirect inhibitors of coagulation factor Xa

Genmin Lu, Francis R DeGuzman, Stanley J Hollenbach, Mark J Karbarz, Keith Abe, Gail Lee, Peng Luan, Athiwat Hutchaleelaha, Mayuko Inagaki, Pamela B Conley, David R Phillips & Uma Sinha
AffiliationsContributionsCorresponding author
Nature Medicine (2013) doi:10.1038/nm.3102
Received 02 December 2012 Accepted 23 January 2013 Published online 03 March 2013

Abstract
Inhibitors of coagulation factor Xa (fXa) have emerged as a new class of antithrombotics but lack effective antidotes for patients experiencing serious bleeding. We designed and expressed a modified form of fXa as an antidote for fXa inhibitors. This recombinant protein (r-Antidote, PRT064445) is catalytically inactive and lacks the membrane-binding γ-carboxyglutamic acid domain of native fXa but retains the ability of native fXa to bind direct fXa inhibitors as well as low molecular weight heparin–activated antithrombin III (ATIII). r-Antidote dose-dependently reversed the inhibition of fXa by direct fXa inhibitors and corrected the prolongation of ex vivo clotting times by such inhibitors. In rabbits treated with the direct fXa inhibitor rivaroxaban, r-Antidote restored hemostasis in a liver laceration model. The effect of r-Antidote was mediated by reducing plasma anti-fXa activity and the non–protein bound fraction of the fXa inhibitor in plasma. In rats, r-Antidote administration dose-dependently and completely corrected increases in blood loss resulting from ATIII-dependent anticoagulation by enoxaparin or fondaparinux. r-Antidote has the potential to be used as a universal antidote for a broad range of fXa inhibitors.

著者らは第 Xa因子阻害薬を “解毒” するために、第 Xa因子に似ているけれど活性のない蛋白質を作製しました。この組み換え蛋白質 r-Antidote (PRT064445) は、46-78番目のアミノ酸を欠失させたことにより膜結合 γ-カルボキシグルタミン酸 (γ-carboxyglutamic acid; GLA) ドメインを欠き、プロテアーゼ触媒三残基のセリン残基をアラニンに置換 (S419A) したことで触媒的に不活性になっています。また、活性化ペプチド ArgLysArg (RKR) を RKRRKRに置換してあります。

Figure1A

Figure1A

この組み換え蛋白質はそれ自体活性を持ちませんが、第 Xa因子に似ているので第 Xa因子阻害薬とは結合します。第 Xa因子阻害薬は r-Antidoteにくっついてしまうせいで、r-Antidoteの用量依存的に作用が減弱することになります。動物実験では、マウス、ラット、ウサギでこれらの効果を確認することができました。またそればかりではなく、r-Antidoteは低分子ヘパリンや活性化 AT-IIIとも結合し、間接的に第 Xa因子を阻害する薬剤の活性にも影響を与えるようです。実際にラットを用いた実験では、enoxaparin (低分子ヘパリン) や fondaparinuxといった AT-III依存的抗凝固薬による出血を抑制することができました。

このように第 Xa因子阻害薬の作用を減弱する薬が開発されれば、薬剤をより安全に使用できることになります。第 Xa因子阻害薬を飲んでいる患者が出血してしまった時に効果を打ち消すことができるからです。また、抗凝固薬をずっと使用しておいて手術直前に作用を拮抗させるといった使い方も可能になるでしょう。第 Xa因子に間接的に作用する薬剤でも効果がありそう、というのも見逃せない点です。

いつ臨床の舞台に登場するかは不明ですが、安全に使用出来ることが確認できれば、登場が待ち遠しい薬剤です。

Post to Twitter


YAKINIKU

By , 2013年3月7日 7:39 AM

3月6日、来日中の成田達輝氏と、医師仲間 2人とで「翔山亭」に焼肉を食べに行きました。成田氏は、2010年のロン=ティボーコンクール、2012年のエリザベートコンクールでそれぞれ 2位に入賞した新進気鋭のヴァイオリニストです。

・ロン・ティボー国際音楽コンクール(成田達輝)

・Tatsuki Narita | Paganini | Violin Concerto No.1 | Cadenza | Queen Elisabeth

美味しい焼肉を食べながら、日本とフランスの音楽教育の違い、これまで共演した指揮者/オーケストラ、現在活躍中の演奏家など、様々なトークで盛り上がりました。

驚いたのが、新作ヴァイオリンとオールドヴァイオリンを弾き比べる実験に、成田氏が参加していたと告げられたことでした。この実験はニュースになり、このブログでも過去に紹介しました (論文はコチラ)。

成田氏に伺うと、ニスの匂いでは、どの楽器かわからなかったそうです。また、知り合いと「舐めてみたらニスの味でわかるかもよ?」なんて冗談を言っていたことを明かしてくれました。ちなみにその実験で成田氏が一番素晴らしいと感じた楽器は、ストラディバリだったそうです。

成田氏は今年日本でいくつかコンサートを予定しているようなので、時間を作って是非聴きに行きたいと思います。

Post to Twitter


Panorama Theme by Themocracy