Isabelle Peretz

By , 2008年3月8日 7:48 AM

2月26日に紹介した音楽療法のネタ。当該の論文を読み終えました。

Särkämö T, et al. Music listening enhances cognitive recovery and mood after middle cerebral artery stroke. Brain 131: 866-76, 2008

[Introduction]
脳梗塞を発症して最初の数週間~数ヶ月には、環境からの刺激を反映した劇的な変化が脳に起こっています。運動刺激や感覚刺激、電気的皮質刺激や末梢刺激は運動の改善を促します。聴覚的、視覚的、嗅覚的な刺激が運動刺激に組み合わせると、運動刺激単独より、運動や認知の改善が良くなります。

音楽は、イライラや気分の落ち込み、痛みを和らげる作用が知られています。最近の研究では、音楽は注意、学習、コミュニケーション、記憶など、様々な認知機能に影響を与えるかも知れないと考えられています。それは、健康な人であっても、失読、自閉症、統合失調症、多発性硬化症、冠動脈疾患、Dementia (いわゆる認知症) などの病気であってもいえることです。

この研究の目的は、中大脳動脈領域脳梗塞の後、1ヶ月間音楽を聴くことで、認知機能や気分の改善をもたらすかどうか調べることです。音楽の処理に関わる脳の領域は、主として中大脳動脈に環流されているため、著者らは次のような仮説を立てました。

「音楽鑑賞は、この亜急性の回復期に、興奮性と順応性を増した病巣辺縁や健康な脳の領域に刺激を与え、その結果、回復過程の程度を高め、速度を速めるのではないだろうか?」

研究の背景は、上記のようになります。続いて、方法を見てみましょう。

[Methods]
次の様な基準で研究を行いました。
(1)右ないし左の側頭葉、前頭葉、頭頂葉、皮質下いずれかの急性期中大脳動脈領域脳梗塞であること。
(2)過去に神経疾患、精神疾患に罹患していないこと
(3)薬物乱用やアルコール乱用がないこと
(4)聴覚障害がないこと
(5)右利きであること
(6)75歳以下であること
(7)フィンランド語を話せること
(8)指示に従えること

全ての患者に、脳梗塞に対する通常の治療と、リハビリテーションを行っています。

それに加えて、60名の患者は、3群に分けられました。55名がスタディを終了することが出来ました。ドロップアウトした 5名は以下の理由です。

・誤診 (一過性脳虚血発作だった)
・新たに脳卒中を発症
・Dementia (いわゆる認知症)
・拒否 (2名)

従って、音楽療法群 18名、言語療法群 19名、対照群 17名となりました。

いずれも音楽療法士が脳梗塞前の音楽鑑賞や読書などの趣味について問診しました。音楽療法群には CDを与え、言語療法群にはオーディオブックを与えました。それぞれの群は、CDないしオーディオブックを毎日 1時間以上聴きました。

高次機能的、心理学的評価に加えて、頭部 MRIや神経磁気検査 (magnetoencephalographic measurement) などで定期的に評価されました。

中大脳動脈領域に絞った理由は、上記の通り「音楽の処理に関わる脳の領域は、主として中大脳動脈に環流されているため」ですね。

脳梗塞の病型については記載がありませんでした。また、右利きであるという条件は、優位半球を統一するためだと思います。言語に関して、優位半球は、右利きの人の 97.5%が左側であるのに対して、左利きの人の 68.2%が左側 (右側は 31.8%) です。つまり、左利きだと優位半球のばらつきが大きくなるからで、スタディに影響を与える可能性があるからです。

「指示に従える」という条件から、意識障害がほぼないこと(あったとしても軽度)がわかります。そうすると、中大脳動脈本幹を侵す、広範な脳梗塞の多くは除外されるものと思います。

3群に分けられた結果、スタディ開始時の失語や麻痺、梗塞の大きさ、梗塞巣の左右差などは、ほとんど差がありませんでした。しかし、有意差はないものの、年齢については音楽療法群 (平均 56.1歳) が、言語療法群 (平均 59.3歳)、コントロール群 ( 61.5歳) よりやや若い印象を持ちます。

[Result]
音楽療法群の62%はポピュラー音楽(ポップス、ロック、リズム&ブルース)を聴いており、10%はジャズで、8%がフォーク音楽で、20%がクラシックないしspritual musicでした。

音楽療法、言語療法、コントロールのどの群も、時間と共に各認知機能(言語記憶、短期記憶と作業記憶、言語、視空間認知、焦点的注意、持続的注意、音楽認知、遂行機能)に改善を認めました。

しかし、各群間で比較すると、音楽療法群で、言語記憶や焦点的注意の改善が有意に良好でした。気分に関する調査でも、音楽療法群では他の群に比べて、気分の落ち込みや錯乱した気分も有意に減少しました。

既報の通り、音楽療法群では、他の群よりも言語記憶や焦点的注意力の改善が有意に良く、気分の落ち込みや錯乱した気分も減少しました。

[Discussion]
これらの認知機能の回復に見られる違いは、直接音楽鑑賞の効果によるものと考えられます。

纏めると、音楽鑑賞は認知や感情機能を広く促進します。しかし、これらの効果が音楽に特異的なものなのか、いくつかの認知機能に選択的なものなのか、長く続くものなのかはいずれも分かっていません。

この研究は、注意力や言語記憶の回復を指標にすると、神経回復が最もダイナミックに起こる時期に、音楽が認知における長期的な変化を促進することを示唆しています。

さて、私がこの論文を見て非常にびっくりしたことの一つが、論文の執筆者の名前でした。私がメールを送ったことのある研究者の名前が含まれていたからです。私が失音楽患者の研究をしようと思った時、音楽能力ないし失音楽の評価スケールについて調べました。しかし、いずれも手に入らなかったので、数名の研究者にメールを送ったのです(例えば、某大学の教授は快く評価スケールのコピーや音源を送ってくださいました)。そんな中メールを送った一人が、Isabelle Peretzというカナダの研究者でした。

 Dear Isabelle PeretzI hope that my contacting you is not an imposition in any way.

My name is Migunosuke. I am a neurologist and work at xxx university, school of medicine,
Department of neurology.

I want to evaluate my patient with amusia, but I don’t know how to do.

I read your paper about Motreal Battery of Evaluation of Amusia, entitled “Varieties of Musical Disorders” in Ann NY Acad Sci (999: 58-67, 2003). I am interestead in MBEA and want to evaluate my patient by that way.

Because the evaluation by MBEA seems to need some sound sources, please send me MIDI files etc, by e-mail.
If I need other source (score etc), send me together.

Sincerely yours,

いきなり下手な英語で失礼なメールを送ったものですが、彼はすぐに返信をくれました。そこには、彼のサイトのURLが書いてあり、「そこで手に入るよ」とのことでした。

Isabelle Peretz Research Laboratory – Welcome

実際に覗いてみると論文や音源がダウンロード出来ました。

論文の著者に、Peretz氏の名前が入っていることについて、論文中に「Music cognition was evaluated with the scale and rhythm subtests from the shortened version of Montreal Battery of Evaluation of Amusia (MBEA; Peretz et al., 2003), which was administered at baseline and 3 months post-stroke.」とありますので、その辺の事情だと思います。彼はMBEAという音楽評価スケールを開発した研究者です。

そんなこんなで、不思議な縁を感じた論文でした。

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