VCPをめぐる最近の話題

By , 2010年12月27日 7:30 AM

2010年12月9日の Neuron誌に、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) に関する興味深い論文が掲載されました。家族性筋萎縮性側索硬化症 (fALS) の新しい原因遺伝子として valosin-containing protein (VCP) が同定されたのです。インパクトの大きな報告であったため、同 Neuron誌の Previewsで Shaw氏が取り上げています。

ALSの 9割くらいは孤発性ですが、1割程度家族性 ALSが存在すると言われています。常染色体優性家族性ALSの原因遺伝子としては、過去に Cu/Zn superoxide dismutase (SOD1), TARDBP, fused in sarcoma (FUS) が知られており、家族性ALSの原因遺伝子の内訳は、SOD1が約 20%を占め、TARDBPが 1-4%, FUSが 2-4%と推定されています。新規に見つかった VCPは家族性 ALSの 1-2%を占めるのではないかと見られています。

さて、この遺伝子変異の発見の意義が大きい理由について、簡単に解説します。

 ①病理学的側面

過去に、ALSの研究は SOD1異常を中心に進んできました。SOD1については動物モデルが作られ、様々な知見が得られていました。しかし、その知見が何故かヒトではあまり生きなかったのです。このジレンマは TDP-43の発見で一つの転機を迎えます。

数年前に ALS患者の病理標本で見られるユビキチン陽性神経細胞封入体 (NCI) の主要構成蛋白の一つとして TDP-43が同定されました。その後、ALSの大多数を占める孤発性ALSでは陽性となる TDP-43の沈着が、SOD-1変異では見られないことが報告され、大きな疑念がわき起こりました。病理像が違うのに、同じ病態として扱って良いのだろうか?

今回見つかった VCP変異の家系では、病理解剖された患者もおり、何とユビキチン及び TDP-43陽性 NCIが見られました。つまり、孤発性 ALSと VCP変異によるALSは非常に似たメカニズムで発症している可能性があります。なので、VCPあるいはその周辺をターゲットとした研究が、ALSの病態解明につながるのかもしれません。尚、TARDBP変異も病理としては TDP-43蓄積を伴います。ちなみに、FUSは TDP-43蓄積を伴わないものの、FUS自体が TDP-43と似た振る舞いをすることに注目が集まっています。

 

  ②封入体筋炎に関連して

VCP変異はそもそも、数年前に Inclusion body myopathy, Paget disease, and frontotemporal dementia (IBMPFD) の原因として同定されました。IBMPFDというのは、封入体筋炎と、Paget病と、前頭側頭型認知症が同時に起こる病気です。それぞれ稀な別々の病気が、合併して発症することは驚きです。

同じ VCP変異があって、一方では ALSを発症し、他方では IBMPFDを発症する患者さんが存在するのは何故なのかは謎ですが、その答えを知ることは、病因の解明に大きく役立つでしょう。

さらに興味深いことに、病理学的に、VCP変異を伴うIBMPFD、孤発性封入体筋炎患者のいずれも、筋肉にユビキチン及び TDP-43陽性封入体が豊富に見られます。ALSでは神経細胞にユビキチン及び TDP-43陽性封入体が見られますので、ALS, IBMPFD, 孤発性封入体筋炎の研究が、何らかの線で結ばれる日が来るかもしれません。VCPがオートファジーの過程で、ユビキチンを含むオートファゴソームの形成に必須であることは、一つの鍵であると思います。

その他、個人的に興味があるのは、RNA編集異常です。ALSの患者さんでは 運動ニューロンに限局して、AMPA受容体のグルタミン酸サブユニットに RNA編集異常が見られるという報告があります。孤発性 ALSや FUS変異 ALSでは RNA編集異常が起こることが知られていますが、VCP変異で RNA編集異常が起こるのかどうか、今後の報告を待ちたいところです。

VCPはユビキチン・プロテアソーム系、オートファジー両者に関与しているので、実は ALSや IBMPFD以外の変性疾患でも注目を浴びています。2010年 12月 20日には、 Youleらのグループが、家族性 Parkinson病の一部である Parkin-PINK1系において VCP/p97の関与を報告しました。”VCP disease”という表現が示す通り、今後 VCPが関与した病態はますます注目を浴びることと思います。

ただし、こうした医学の最先端の分野は、注目を集めていたことが後に誤りであったことがわかったり、話があらぬ方向に進むことがあるので、注意深く見守っていく必要がありそうです。

※Johnsonらの論文では、文章に一部誤りがありますので訂正しておきます。860ページ左側下から5行目の” Figure 1C” は正しくは “Figure 1D”、同ページ右側上から 3行目の “Figure 1D” は正しくは “Figure 1E” です。論文を読むときに注意してください。

※ユビキチンなどの用語について難解に感じる方がいると思いますので、簡単に説明します。細胞内に異常蛋白 (通常でも一定の確率で不良品の蛋白質が産生されてしまう) が生じたとき、不良品としてタグを貼り付けて分解する系があります。そのタグとして働くのがユビキチンです。異常蛋白質にユビキチンがくっつくと、それを認識してプロテアソームというシュレッダーのような装置が寄ってきて分解します。一方、飢餓状態や異常蛋白の蓄積などではオートファジーといって細胞内小器官や異常蛋白質などを大きく取り囲んで分解する系もあります。過去には異常蛋白質の選択的分解にはユビキチン・プロテアソーム系、非選択的分解にはオートファジーが関与すると見られていましたが、最近ではユビキチンを認識してオートファジーを誘導する p62などの分子も認識されてきて、概念が少し複雑になっています。また、ユビキチンには細胞周期の調節など幅広い役割があることもわかってきています。興味のある方は是非成書を読んでみてください。


(参考文献)
(1) Johnson JO, et al. Exome sequencing reveals VCP mutations as a cause of familial ALS. Neuron 68: 857-864, 2010
(2) Shaw CE. Capturing VCP: another molecular piece in the ALS jigsaw puzzle. Neuron 68: 812-814
(3) Kawahara Y, et al. RNA editing and death of motor neurons. Nature 427: 801, 2004
(4) Ju JS, et al. Valosin-containing protein (VCP) is required for autophagy and is disrupted in VCP disease. J Cell Biol 14: 875-888, 2009
(5) Tanaka A, et al. Proteasome and p97 mediate mitophagy and degragation of mitofusis induced by Parkin. J Cell Biol, 2010 [Epub ahead of print]

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