Player preferences among new and old violins.
少し古いニュースになってしまいましたが・・・。
バイオリン名器の音色、現代モノと大差なし?ストラディバリウスなどより現代のバイオリンが高評価
何億円もすることで有名なバイオリンの名器「ストラディバリウス」や「ガルネリ」は、現代のバイオリンと大差ないとする意外な実験結果を仏パリ大学の研究者らが3日、米科学アカデミー紀要で発表した。
研究チームは、2010年、米インディアナ州で開かれた国際コンテストに集まった21人のバイオリニストに協力してもらい、楽器がよく見えないよう眼鏡をかけたうえで、18世紀に作られたストラディバリウスや、現代の最高級バイオリンなど計6丁を演奏してもらった。どれが一番いい音か尋ねたところ、安い現代のバイオリンの方が評価が高く、ストラディバリウスなどはむしろ評価が低かった。
研究チームは「今後は、演奏者が楽器をどう評価しているかの研究に集中した方が得策」と、名器の歴史や値段が影響している可能性を指摘している。
論文の abstractを提示します。
Player preferences among new and old violins.
Most violinists believe that instruments by Stradivari and Guarneri “del Gesu” are tonally superior to other violins—and to new violins in particular. Many mechanical and acoustical factors have been proposed to account for this superiority; however, the fundamental premise of tonal superiority has not yet been properly investigated. Player’s judgments about a Stradivari’s sound may be biased by the violin’s extraordinary monetary value and historical importance, but no studies designed to preclude such biasing factors have yet been published. We asked 21 experienced violinists to compare violins by Stradivari and Guarneri del Gesu with high-quality new instruments. The resulting preferences were based on the violinists’ individual experiences of playing the instruments under double-blind conditions in a room with relatively dry acoustics. We found that (i) the most-preferred violin was new; (ii) the least-preferred was by Stradivari; (iii) there was scant correlation between an instrument’s age and monetary value and its perceived quality; and (iv) most players seemed unable to tell whether their most-preferred instrument was new or old. These results present a striking challenge to conventional wisdom. Differences in taste among individual players, along with differences in playing qualities among individual instruments, appear more important than any general differences between new and old violins. Rather than searching for the “secret” of Stradivari, future research might best focused on how violinists evaluate instruments, on which specific playing qualities are most important to them, and on how these qualities relate to measurable attributes of the instruments, whether old or new.
この研究は、大きな波紋を呼びました。俗に「オールド」と呼ばれる楽器に、客観的な評価が行われるのは素晴らしいことだと思います。しかし、場末のヴァイオリン弾きから言わせて貰えば、この研究にはいくつかの疑問点が存在します。論文の内容を紹介し、最後に感じたことを書きたいと思います。
(実験の背景)
19世紀以降のほとんどの著明なヴァイオリニストは、いわゆるヴァイオリン製作の黄金期 (1550-1750年) に活躍した「Antonio Stradivari”」や 「Giuseppe Guarneri “del Gesu”」といった二人のヴァイオリン製作者の楽器を選んできた。こうした “old Italian violin” の音色が何故優れているかの研究は多く存在する。しかし、実際にそれらの楽器の音色が優れているのかどうかの客観的な研究はされてこなかった。今回、著者らはバイアスを排除するため、double blindで、新作楽器と、”old Italian” (以下オールド) のどちらが演奏家に好まれるかを調べた。
(方法)
2010年の インディアナポリス国際ヴァイオリンコンクールに、優れたヴァイオリニスト、ヴァイオリン製作者、ヴァイオリンが集まっていたので、それを利用した。
・violin
N1~N3: それぞれ異なった製作者による、数日~数年モノの新作楽器。
O1: 初期の Stradivari (1700年製作)
O2: Guarneri del Gesu (1740年製作)
O3: いわゆる “golden period” と呼ばれる期間に製作された、後期の Stradivari (1715年製作)
O1~O3を合わせると、10000000ドル (約8億円) であり、N1~N3の合計の約 100倍の価格であった。弦は E線がスチール、他が metal-wound, synthetic-coreというスタンダードなパターン。(貴重な楽器なのであまり借りられなくて、オールドの楽器は 3台しか用意できなかったらしい)
・弓
弓は各自、自分の弓を使用した。持参しなかった 4名には弓を貸した。
・被験者
21名の内訳は、インディアナポリス国際コンクール出場者 (4名)、同審査員 (2名)、インディアナポリス響の団員。年齢は 15~61歳、所持する楽器は 3~328年前に製作、所持する楽器の価値は 1800~10000000ドルであった。被験者には、「ストラディバリウスとか、良い楽器を弾けるチャンスがある」とのみ伝え、それ以上の情報は与えなかった。
・環境
多くのヴァイオリニストが、響きすぎて音に影響を与えない、乾燥した部屋を希望した。そのため、適切と思われるホテルの一室を使用した。
・方法
見た目で楽器がわからないよう、被験者と研究者はゴーグルを使用し、二重盲検の条件を保った。
第一部: 新作とオールドの楽器のペアを 10組作り、各 1分間でそれぞれ比べて貰った (新作 3台、オールド 3台だと 9組になるので、1組分は一度行ったものの再テストとした)。
第二部: 楽器を 20分間好きに弾いて貰い、「音色 (tone color)」「演奏しやすさ (playability)」「レスポンス (response)」「音の通りやすさ (projection)」あるいは「どの楽器が欲しいか (楽器を買うとしたらどの楽器を家に持って帰るか)」を評価してもらった (各項目につき best/worstを選んでもらった)。
(結果および考察)
第一部:O1 (1700年製のストラディバリ) を含まないペアでは、新作とオールドは同等の評価であった。O1-N1, O1-N2, O1-N3といった、O1を含んだ比較では、全て新作楽器に軍配が上がった (table 1)。再テストでの再現性は、52%と低かったが、「新作とオールドの質がほぼ同等だったのでどちらを選んでも一緒だった」「この実験条件では正しい結果が得られなかったのかもしれない」という、ふたつの可能性が考えられる。
第二部:N2が最も評価が高く、O1が最も評価が低かった (figure 1)。どの楽器も、少なくとも一人はお気に入りに選んだ。21名中 8名がオールド楽器を選んだ。第一部で新作を選ぶ事が多かった 13名のうち、第二部で家に新作を持って帰りたいと答えたのは 6名だった。また、第一部でオールドを選ぶ事が多かった 8名のうち、第二部で家にオールドを持って帰りたいと答えたのは 3名だった。第一部、第二部で共通していたのは、O1が好まれないということだった。
「音色 (tone color)」「演奏しやすさ (playability)」「レスポンス (response)」「音の通りやすさ (projection)」をスコア付けすると、「弾きやすさ」「レスポンス」の点で新作が有意に高値だった (figure 2)。一方で、「音色」「音の通りやすさ」では有意差はなかった。新作とオールドが区別できるか間接的に評価するため、持って帰りたい楽器の製作学校を聞くと、7名が「わからない」と答え、7名が間違え (新作とオールドを逆に答えた)、3名が正答した。
ヴァイオリンの名器への憧れを持つ私にとって、驚くべき結果でした。いくつか感じたことを記します。
①楽器への慣れ
ヴァイオリンのレッスンのときに、師から「ストラディバリウスは弾き方が特殊なの。普通の楽器は上手く鳴らすためのテクニックが必要なのだけど、あの楽器はそうしたテクニックを使うと逆に鳴らないの。ちゃんとした音を出せるようになるまで半年くらいかかるらしいよ」と言われたことがあります。被験者の中でストラディバリウスを弾いたことがある人はほとんどいないでしょうから、単に楽器をうまく鳴らせなかった可能性があります。
②環境
著者らも考察で少し触れていますが、少し離れたところで聞くと結果が違うかもしれません。今回の実験では演奏者がホテルの部屋で弾いて自分で判断していましたが、名器のメリットでよく言われるのが「小さな音でもホールの端まで音が通る」「音がオーケストラに負けない」というものなので、今回の実験デザインでこの一番重要な点を評価出来ていたかが疑問です。
③楽器の状態
楽器というのは作られたときが最も状態が良く、時が経つと共に劣化してきます。新作の方が「レスポンスが良い」という結果は、その通りだと思います。
私はこの分野は素人なので、間違いに気付いた方は御指摘ください。楽器制作者の方の意見も聞いてみたいところです。