耳の話

By , 2007年5月24日 6:59 AM

Paget病について調べていました。「Diagnosis of bone and joint diorders 3rd Edition (Resnick著)」の第4巻1924ページを読んでいて、面白い記述を見つけました。

Diagnosis of bone and joint diorders 3rd Edition (Chapter 54 – Paget’s Disease)

Neuromuscular complications are not infrequent. Neurologic deficits, such as muscle weakness, paralysis, and rectal and vesical incontinence, resulting from impingement on the spinal cord, can be apparent in patients with compression fractures of the vertebral bodies. Similar deficits may accompany platybasia owing involvement of the base of the skull. Compression of cranial nerves in their foramina is not common, although deafness may be apparent. In fact, some investigators suggest that Beethoven’s deafness resulted from Paget’s disease. Impingement on the auditory nerves usually is the result of pagetic involvement of the temporal bone and labyrinth, although structural abnormality of the ossicles of the middle ears also has been observed.

BeethovenがPaget病で難聴を来していたという可能性です。Beethovenの耳についてはさまざまな議論があります。

音楽に関する病跡学の本として有名な「音楽と病 病歴にみる大作曲家の姿 (ジョン・オシエー著, 菅野弘久訳, 法政大学出版局)」には、Beethovenの耳について詳しく記載されています。

ベートーヴェンの難聴の原因に最終判断を下すまで医学は至っていない。聴神経そのものが傷ついて起こる感音性難聴が原因なのか、耳小骨 (中耳を通して音を伝える三つの骨) が厚く固まる耳硬化症が原因なのか、医学界では意見が分かれている。耳と脳については、解剖所見にある程度詳しく記されているものの、驚いたことに耳小骨については何も触れられていない。解剖を担当したヨハネス・ワーグナーは、耳小骨と錐体の一部を後で調べるために取っておいたが、紛失してしまった。ベートーヴェンの遺体は、一八六三年と八八年に二度発掘されている。なくなった耳小骨は見つかっていない。その骨がない以上、ベートーヴェンの病気についてなされるさまざまな診断から、耳硬化症の可能性を除くことはできない。

更に、オシエーの本の「序」には、ワグナー教授がベートーヴェンの解剖を行いそのときの弟子がロキタンスキーだったこと、ロキタンスキーにとって最初の解剖がベートーヴェンだったことが記されています。その後、ロキタンスキーは解剖学で名前を残した名教授となりました。

オシエーの本に載っている、ベートーヴェンの耳疾患の鑑別診断は下記です。

伝記作家が推測するベートーヴェンの難聴の原因 (1816-1988)

発疹チフス/髄膜炎 ヴァイセンバッハ (1816)
外傷性感音性難聴 フォン・フリンメル (1880)
梅毒
(a)髄膜血管 ヤコブソン (1910)
(b)先天性 クロッツ-フォーリスト (1905)
(c)初期 マッケイブ (1958)
耳硬化症 ソルスビー (1930)
血管機能不全 スティーヴンズ、ヘメンウェイ (1970)
耳硬化症 スティーヴンズ、ヘメンウェイ (1970)
ぺージェット病 ナイケン (1971)
医原病 ギュート (1970)
自己免疫性感音性難聴 デービス (1988)
(耳硬化症が好まれる診断)

こうした記述からは、耳硬化症の説が強いようです。

「ミューズの病跡学Ⅰ 音楽家篇 (早川智著, 診断と治療社)」でも、「ベートーヴェンの聴力障害」という項で、Beethovenの耳疾患について扱っています。しかし結論は示されていません (ちなみに、著者の早川先生とは、年に一度くらい飲む機会があり、個人的にお世話になっております。最近は、「mozart effect」について議論しました)。

最後に、オシエーの本から、ベートーヴェンの解剖報告書のうち、耳と脳に関する記述を紹介しましょう。

 外耳は大きく、正常である。舟状窩、とくに耳殻はたいへん深く、通常の1.5倍はある。さまざまな突起や湾曲部が目立つ。外耳道は輝きのある鱗屑で覆われて、鼓膜の辺りが見えない。耳管はかなり拡張しているが、粘膜が膨れているため、骨の部分でやや収縮している。開口部の前と扁桃腺に向かう部分に窪んだ瘢痕が見られる。乳様突起の中心細胞は大きくて無傷だが、充血した粘膜で覆われている。錐体全体にも同じような充血が見られる。かなり太い血管が、とくに蝸牛部分を横断しているためで、螺旋状の粘膜部分が少し赤くなっている。
顔面神経は異常なほど太い。逆に聴神経は細く、鞘がない。それに沿った動脈は拡張して羽軸ほどの太さになり、軟骨化している。左のさらに細い聴神経は、三本の灰色の糸からなり、右の聴神経は、より太く白い糸からなっている。これらは他のどの部分よりも堅く、充血している第四脳室から生じている。脳回には水が溜まり、異常に白い。通常より太く、また多いように思われる。頭蓋冠は全体に厚く、半インチほどある。

解剖の際の情景が浮かんでくるようです。ボンでデスマスクを見た時のことを思い出しました。

ちなみに、Beethovenの死因は、アルコール性肝硬変という説が最も有力です。

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