Posterior Cortical Atrophy
Posterior Cortical Atrophy (PCA) は、私にとってある思い出の疾患です。というのも、初めて英語の紹介状を書いたのが、この疾患の患者さんだったからです。
英語の紹介状
最近の JAMA neurologyに、PCAの新規遺伝子変異が報告されました。 (2014.12.29 online published)。
Posterior Cortical Atrophy as an Extreme Phenotype of GRN Mutations
背景:PCAは、後頭葉視覚野、側頭後頭葉、両側頭頂葉が障害される、稀な神経変性症候群である。進行性の視覚や視覚運動の高度障害を呈する。背側路障害と腹側路障害のサブタイプがある。原因となる疾患はアルツハイマー病の亜型が多いが、レヴィー小体型認知症、皮質基底核変性症、プリオン病、皮質下グリオーシスも知られている。これまで、PSEN1, PRNP, IT15遺伝子の変異が報告されているが、遺伝学的な背景はよくわかっていない。
方法:症例は 58歳時に視力障害を発症した男性 (individual 004)。形態認知障害はあったが、色覚認知は正常であった。4年後、視覚認知障害優位であるものの、記憶障害も出現した。その後、アパシーや固執行動がみられるようになった。MRIでは、当初は後頭葉を中心とした萎縮が目立ったが、後には著明なびまん性脳萎縮がみられた。男性の兄弟の一人 (indivisual 005) は大脳皮質基底核症候群 (corticobasal syndrome) であり、片親はレヴィー小体型認知症だった (individual 001) (個人情報保護のため性別は伏せてある)。もう一人の親は非特異的な認知症だった。男性は、諸検査を経て、PCAと診断された。
結果:血清プログラニューリンは、患者男性 (individual 004) 29 μg/l, 兄弟の一人 (individual 005) 39 μg/l, 親 (individual 001) 47 μg/lだった (正常値 100~300 μg/l)。3名 (individual 001, 004, 005) ともheterozygous c.328C>T GRN変異があった。APOEは ε3/ε3であった。
考察:GRN変異は、前頭側頭葉変性症の広い範囲の表現型に関連がある。多くの変異キャリアは、行動型前頭側頭葉変性症 (visual variant)、進行性非流暢性失語症、大脳皮質基底核症候群、レヴィー小体型認知症類似の表現型を呈する。本症例はアルツハイマー病合併の可能性が除外できないが、ε4 alleを欠いたことから、GRN spectrumの表現型と考えられる。
結語:特に障害が脳の前方領域まで進行し認知症の家族歴があるような PCA症例では、GRN遺伝子を調べるべきである。
PCAの診療経験はそれほど多くないのですが、この論文のように進行が比較的早く、前方領域まで及ぶような症例を経験したときには、GRN遺伝子を調べてみようと思いました (もっと進行が早い時はプリオン病の鑑別も必要になってくると思います)。
こういう遺伝子関係の論文というのが直接臨床に役立つことは少ないのですが、知っておくと良いことが稀にあります。
数年前のことですが、末梢神経障害の患者さんが私の外来を受診し、病歴や身体所見から Charcot-Marie-Tooth病が強く疑われました。詳細不明ではあるものの腎臓病の既往があったので、初診のカルテに “Charcot-Marie-Tooth病 (INF2変異疑い)” と記載して精査としました。その後、腎臓病が実際には巣状分節性糸球体硬化症 (focal segmental glomerulosclerosis; FSGS) であったことが判明し、調べれば調べるほど INF2変異の Charcot-Marie-Tooth病のようであることがわかりました。この変異を初診で疑えたのは、下記の New England Journal of Medicine論文を読んで覚えていたからです。この時は、勉強していて良かったなと思いました。
INF2 Mutations in Charcot–Marie–Tooth Disease with Glomerulopathy (日本語版)
ちなみに、INF2変異を伴った Charcot-Marie-Tooth病に関しては既に日本国内から報告が出ているようです。
INF2 mutations in Charcot-Marie-Tooth disease complicated with focal segmental glomerulosclerosis.
その他に、INF2変異が同定された FSGSの国内報告があります。この症例で Charcot-Marie-Tooth病の合併がなかったか、興味があります。
フォルミンINF2変異が同定された腎移植希望の家族性巣状糸球体硬化症(FSGS)の1例