第 56回日本神経学会学術大会
第 56回日本神経学会学術大会に行ってきました。久しぶりに楽しい総会でした。忘れないうちにメモを残しておきます。
5月21日(木)
昼頃に学会場に到着しました。チェックインをして、まずは腹ごしらえ。朱鷺メッセから 10分程歩いた所にある港食堂に決めました。ちょうど食事時で混んでいたのですが、近くに巨大テントがあって、そこに机と椅子がたくさんあったので、空くまで読書をして暇を潰しました。食事をしてから、学会場に向かいました。
学会では、Neurology in Asiaを聴きました。本当は「自己免疫が関与する内科・神経疾患の診断と治療」も聴きたかったのですが、同時刻だったので無理。普段聴けない話をと思って、こちらを参加しました。全て英語でのセッションでした。
Asian Neurology Forum 1
1. Nipah virus encephalitis
・マレーシアでのアウトブレイクを演者の Tan先生が報告した論文。豚から感染する。Fatal encephalitis due to Nipah virus among pig-farmers in Malaysia.
・ニパウイルスはパラミクソウイルスの一種。Nipah virus: a recently emergent deadly paramyxovirus.
・疫学的には、symptomatic:subclinical=3.4:1
・臨床所見についての論文。Clinical features of Nipah virus encephalitis among pig farmers in Malaysia.
・MRI所見について。Nipah viral encephalitis or Japanese encephalitis? MR findings in a new zoonotic disease.
・治療について。リバビリンで死亡率が 54%から 32%にまで減少する。Treatment of acute Nipah encephalitis with ribavirin.
・モノクローナル抗体による治療も開発途中である。A neutralizing human monoclonal antibody protects against lethal disease in a new ferret model of acute nipahvirus infection.
・再発や遅発性発症のこともある。Relapsed and late-onset Nipah encephalitis.
・バングラデシュやインドなどでアウトブレイクを繰り返している。Nipah virus encephalitis.
・樹液を回収する桶を設置→コウモリが夜に飲みに来て汚染→人が回収して飲む、コウモリ→馬→人→人という感染経路もあるかも。
・Nipah virusと Hendra virusは、両者ともパラミクソウイルスの中の Henipavirusである。そのため似ている点がある。両者とも、Pteropusや他のコウモリがウイルスのリザーバーである、脳と肺を侵し致死率が高い、ヒト―ヒト感染する・・・など。
2. Leprosy (ハンセン病): An old disease with new horizons
・鑑別診断から漏れることが多く、診断がつくまで平均 1.8年かかる。68%の患者が disabilityを伴う神経ダメージを受けている。
・超音波検査で肥厚した神経が見えることがある。
・疫学的には、ブラジルやスーダンで罹病率が高い。インドも人口が多いので患者数が多い。
・多発単神経炎、びまん性の対称性末梢神経障害、無症候性のものがある (多発単神経炎が大事)。
・疾患スペクトラムは、innate T cell immunityによる。免疫が良ければ TT型、悪ければ LL型。
・表在する四肢の神経は全て侵されうる。
・通常、皮膚と神経は共に侵される。
・感覚脱失を伴った hypo or hyper pigmented rash、神経肥厚、皮膚スメアで acid fast bacilliの存在の 3徴は、感度・特異度 97~98%くらいととても高い。
・Geneticには、10p13に感受性の locusがある、HLA allels DR2, DR3などが関連。
・治療は、Rifampicine, Dapsone, Clifazimine, steroidなどの併用療法。
3. Human rabies (狂犬病): neuropathogenesis, diagnosis, and management
・犬では筋に達する傷、コウモリでは引っかき傷から感染しやすい。
・犬の場合は運動ニューロン、コウモリの場合は感覚ニューロンから感染?
・incubation period (20-60 days to year)→prodorome (1-2 days)→acute neuron phase (1-2 days)→coma (1-7 days)→death
・prodrome phaseで既に brain MRIに異常がみられる。造影MRIで前角細胞の障害が観察される。
・ウイルスの分布について。Human rabies: neuropathogenesis, diagnosis, and management.
・機序として、ミトコンドリアの障害が指摘されている。
・1972-2014年で10人生存者がいた。彼らの間では早期に抗体ができていた。
・”Prevention is the best”
4. Lipid storage myopathy caused by MADD in China
・Lipid storage myopathy (LSM) の原著について。Myopathy associated with abnormal lipid metabolism in skeletal muscle.
・筋生検に占める LSMの割合は、日本 (国立精神神経センター) 0.5%, 中国 3.6~10%程度。中国では多い。
・LSMには ①primary carnitine deficiency, ②neutral lipid storage disease with myopathy (NLSDM), ③multiple acyl-CoA dehydrogenation deficiency (MADD) がある。
・MADDは、①central nerve system involvement, ②episodic metabolic crisis, ③lipid storage myopathyを特徴とする。
・MADDの中には、リボフラビンに反応する患者がいる (Riboflavin responsive MADD; RR-MADD)。供覧した動画では、支えられて立っていた患者が、1か月後にはジャンプしていた。筋病理も改善。
・MADDの発症は 5~63歳。家族歴があるのは 1割未満。10-20%の患者では肝臓の adipose tissue infiltrationがある。37%では末梢神経障害がある。
・中国の RR-MADDの多く (86%) は ETFDH変異による。日本では 8.5%程度。
・ヨーロッパの MADDは中枢神経浸潤が多いが、中国ではスペアされる。
この後、ポスター発表を見てから、知人と吟で日本酒を飲みました。学会参加者の姿がちらほら見えました。
5月22日(金)
午前 8時からは運動ニューロン疾患の講演を聴きに行きました。。
運動ニューロン疾患の分子病態・治療法開発の最先端
1. 運動ニューロン死の共通機構
・glial cellから SOD1変異を取り除くと疾患の進行が遅れる。
・Astrocyteや microgliaは進行を規定、motor neuronは発症を規定、Oligodendrocyteは発症と進行を規定。
・TGF-βは細胞の成長や免疫に関係している。孤発性ALSでは TGF-β1が上昇している。TGF-β1が上昇すると IFN-γも上昇している。TGF-βはバイオマーカーになるかもしれない。
・TGF-β1阻害をすると SOD1G93Aマウスが長生きする。
2. TDP-43の病原構造の決定と抗体を用いた分子標的治療
・従来は、TDP-43の mislocalizationが pathogenic misfoldingの原因になると考えられていたが、最近では pathogenic misfoldingが mislocalizationの原因になると考えられている。
・TDP-43に圧をかけると立体構造が変わるので、それを NMR解析した。通常では立体構造が変わっても元に戻るが、戻れなくなる立体構造をとることがあるので MS解析した。結果、RNA recognition motif (RRM) 1, 2を同定した。そこから RRM2のダイマー形成に関与する部位に対する 3B12A抗体を作成し、実験を行った。
3. 筋萎縮性側索硬化症におけるオプチニューリンの役割
・血族婚の関与した ALS患者を対象に Homozygosity Mappingを行った。世代を経る毎に遺伝子の組換えが起きるため、ホモ接合の範囲は狭くなっていく。調べた患者のうち、一部でオーバーラップする領域があり、そこに含まれる遺伝子の一つが Optineurin (OPTN) だった。
・Optineurinは linear 及び K63 Ubiquitinと interactする。
・2015年3月に掲載された Science論文で、ALS患者に対する Kxome sequenceの結果が掲載された。サンプルサイズの大きい研究で、TBK1など 50個くらいの原因遺伝子が検出された。Exome sequencing in amyotrophic lateral sclerosis identifies risk genes and pathways.
・TBK1のハプロ不全は、ALS発症の原因となる (Haploinsufficiency of TBK1 causes familial ALS and fronto-temporal dementia.)。TBK1は Optineurinと interactionできなくなることが、発症に関与する。TBK1や OPTNの変異で、運動ニューロン疾患を伴わない前頭側頭葉変性症を発症することがある (Whole-genome sequencing reveals important role for TBK1 and OPTN mutations in frontotemporal lobar degeneration without motor neuron disease.)。
・TBK1は緑内障にも関連している (※OPTNは変異部位によっては閉塞隅角緑内障の原因遺伝子である)。
4. FUSの質的機能喪失による ALS/FTLDの病態機構
・Large fractionの FUSで免疫沈降させると、RNA結合タンパクである SFPQとの interactionと共沈した。
・ALS/FTLDでは、SFPQと FUSの共局在が減少していた。
・FUS変異があると、tauを codeする Mapt Exon 10のスプライシングができなくなる。FUSは核内で Maptの pre mRNAに結合している。
・FUSと SFPQを海馬でノックアウトさせたマウスでは、不安行動や社会性低下 (脱抑制) が見られるようになる。
・FUSと SFPQをノックアウトすると、adult neurogenesisが抑制されるが、RD4 (4 repeat tau) を抑制するとレスキューされる。
5. Evidence of link between TDP-43 and dipeptide repeat protein in c9FTD/ALS
・C9ORF72がどのようにして ALS発症に関連しているか、3つの仮説がある。①Haploinsufficiency, ②RNA toxity, ③Dipeptide repeat protein (Dipeptide repeat proteinについては、以前ブログで紹介したことがあります。著者らが引用していたのは、2013年の Science論文。)
・今回は dipeptide repeat proteinについて解析した。そのうち、いくつかの dipeptide repeat proteinは難溶性であった。
ALSの講演の後は、inflammatory myopathiesの口演を聞いて、食事に出かけました。この日の昼食は、前日に昼食を取った店の隣にある弁慶でした。午後は、 “Neuroscience Frontier Symposium2, Molecular mechanisms of Parkinson’s disease: what do we know and where are we headed?” に参加しました。全て英語のセッションでした。”PINK1と Parkinの関わる家族性 Parkinson病の分子病態” を発表された松田憲之氏は、前日の毎日新聞に記事が載っていて、「何とタイムリーな」と思いました。それが終わってからポスター発表を見に行きました。興味深かったのが、”脳梁膨大部に一過性異常信号を認めた新規遺伝子変異の X連鎖性 Charcot-Marie-Tooth病” でした。知り合いの医者に聞いたのですが、「末梢神経障害がある」という情報を聞いて読影した放射線科医の柳下章先生が、画像を見ただけで「Charcot-Marie-Tooth病だよ」と診断を当てたというのです。過去にいくつか報告はあるようなのですが、神のような診断技術だと思いました。
夕食は、蒲原銀次に行きました。炙り焼きの店ですね。その後は、ヨークシャテリアというバーへ。「響 30年」は、1杯 10000円なので手が出ませんでしたが、色々と美味しいウイスキー、カクテルを頂きました。ジン・トニックはキングスバリーのビクトリアン・バットという樽熟成させたジンを使っていたり、マスターが得意とするギムレットはオーセンティックなバージョンと、ライムが手に入らなかった時代のバージョンの 2種類があったり、こだわりを感じました。また、「南アルプスの天然水」は、白州というウイスキーの蒸留所で作っているので、白州を「南アルプスの天然水」で割ると相性が良いなんて話も聞きました。マスターに教えて頂いた蕎麦屋 (孫四郎と庵を紹介されたのだけど、孫四郎だったかな・・・記憶が曖昧) に流れ、蕎麦とうどんを 1枚ずつ頼むという暴挙に出た後、記憶をなくしました。
5月23日 (土)
午前 8時から、 iPSの講演を聴きに行きました。
幹細胞研究最前線
1. パーキンソン病に対する iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞移植
・L-dopaはドパミン・ニューロンでドパミンに変換されて効くので、ドパミン・ニューロンがいなくなると効かない。ドパミン・ニューロンには、①produce and storage dopamine, ②convert L-dopa to dopamineの役割がある。
・細胞移植をすると薬が効きやすくなる。
・細胞移植のため、Hostの環境をどう良くするのが良いか?①既存の薬:バルプロ酸、ゾニサミド、エストラジオール (E2) を用いると、マウスでもヒト iPS細胞でも細胞生着が良くなる。特にゾニサミドが良い。②新薬を探す:NXPH3が support factorかもしれない。脳バンクのサンプルでは、パーキンソン病患者の線条体で NXPH3が減少している。NXPH3は neuroexophilinを codingし、シナプス安定化に関与している。
・パーキンソン病患者に対する iPS細胞を用いた臨床試験について、年内、早ければ 6月にも倫理委員会に研究計画を提出しようとしている。臨床試験の手順は、パーキンソン病患者からの採血→iPS細胞樹立→ドパミン・ニューロンに分化→自家移植というもので、現時点で対象患者として考えているのは、①孤発性、②70歳未満、発症 5年以上, ③H-Y分類 III or IV, ④L-dopaに反応性がある患者。まず 2年間 follow upし、primary endpointとして画像評価などで安全性を評価する。Secondary endpointは UPDRSなどでの効果判定。
2. iPS細胞を用いた網膜細胞治療
・高橋政代氏による講演。
・現状では、加齢性黄斑変性症では、抗 VEGF薬の眼球注射をずっと続けなければいけない。
・手順は、fibroblast→iPS→Differentiation ((網膜色素上皮細胞なので) 色がついているのがミソ)→pure PRE cells→基底膜ができてくるのでシート状にして移植
・シートの変化は移植後 12週間で止まった。安全性として、拒絶反応や腫瘍化はしなかった。手術の合併症は minimumだった。視力は変わらなかったが、抗VEGF薬の注射をやめても進行しなくなった。ただし、手術で悪い血管が抜去されたためなのか、iPS細胞の効果なのかは判断できなかった。そのため、今後もう少し状態の良い患者で行うことが必要。
・現在は、Photoreceptor transplantationに力を入れている。笹井先生の方法を応用したもので、視神経の再生を目指しているという話。Time windowが大事になってくるようだ。
3. 微小小血管活性化による神経疾患に対する治療法開発
・心原性脳塞栓症患者で、骨髄穿刺をして、造血幹細胞を投与した。対象が重症な心原性塞栓症だったにも関わらず、11例中 9例が歩行可能になった。特に合併症はなかった。
4. iPSを用いた神経疾患研究
・Parkin変異 (パーキンソン病)、LRRK2変異 (パーキンソン病)、SCN1A変異 (Dravet 症候群)、PLP1変異 (Pelizaeus-Melzbacher病) などに対して、iPS細胞を用いて研究している。例えば、iPS細胞にミトコンドリア脱共役剤 CCCP (ミトコンドリアの膜電位が維持できなくなる) で処理すると、健常者由来の iPS細胞では異常なミトコンドリアがすぐに除去されるのに対し、parkin変異患者ではそうならない。
5. 社会とともに考える iPS細胞研究
・iPS細胞での研究と共に、新たな倫理的な問題が出てきている。例えば、ヒト由来の iPS使って実験をしていて、まだ発症していない病気を見つけてしまうことがあり得る。本人に伝えるべきかどうか。
・マスコミは科学ニュースをセンセーショナルに報道してしまう。誰が原因なのか?それを調べた BMJ論文がある。大きな原因としてプレスリリースが誇張した表現となっている。さらにマスコミも話を膨らませてしまう。
・iPS細胞に過剰な期待をしている人達がいて、そこにつけ込んだ怪しいビジネスがネット上でいくつもみられる。
iPS細胞については、非常に関心がある反面、私自身の知識が疎いところもあったので、非常に勉強になりました。この後は、ALSの遺伝子・病態解析についての口演を聞いて、同僚たちと日航ホテルにあるセリーナというレストランで昼食をとりました。
午後は、「ボツリヌス毒素療法」についてのハンズオンに行きました。エコーを使った筋肉の同定がとてもためになりました。
ボツリヌス毒素療法
・パーキンソン病の首下がりは、最近では頭板状筋の stretch injuryではないかと言われている (抗重力筋は障害されるけれど、すぐ近くにある非抗重力筋は障害されないため)。
・痙性斜頸では、歩行させると症状が誘発されやすいので、その場で足踏みをさせてマジックで必要な筋肉に印をつけていく。稀に臥位や書字で誘発される患者もいるので、それに応じた誘発を行う。
・アーテンは最初の 1週間に副作用が出やすいが、そこを乗り越えれば大丈夫なことが多い。少量で 1ヶ月頑張って頂く。その後は増量しても大丈夫。
・眼瞼痙攣は原則両側性だが、片側の眼の周囲だけ痙攣がある患者では、顔面痙攣と眼瞼痙攣の鑑別が問題になる。光が眩しいようなら眼瞼痙攣。左右で量に差をつけてボツリヌス注射を行う。
・橈側手根屈筋 (FCR) は、肘と手首を 1:4くらいにわけた場所にプローベを当てる。三角形に描出される。近くに正中神経が見えることがある。
・長母指外転筋は、血管が近くにあるので超音波検査が有用。FCRを見た位置よりやや遠位にプローベを置き、親指を動かすと筋収縮が観察される。
・下頭斜筋 (OCI) は、耳の下やや正中寄りで、犬の糞のように描出される。
・ボツリヌス注射後、筋収縮させると良い。
・注射をするとき、EMLAクリームを用いる疼痛が緩和される。
ハンズオンが終わってから、ぽんしゅ館に寄って、酔って帰りました。でも、日本酒は福島の酒の方が好きだなぁ・・・。