クレモナはそこそこ広いが、観光する場所は少ない。
まず、ホテルで荷物を預け、手持ちの地図を元に、駅の方向に向かった。これがとても遠くてびっくり。昨日良くここまで歩いたものだと思う。看板が目立たないので、道がわかりづらい。通りの名前は大概建物の壁に埋め込まれた銘板に記載されている。
トレント・エ・トリエステ通りを左折して、パレストロ通りに入り、さまよううちにローマ広場に着いた。ここから中心部のコムーネ広場まではすぐ側だ。
コムーネ広場にはコムーネ宮があるのだが、その正面にドゥオーモがあり、それと連続してトラッツォがある。トラッツォは13世紀末建造の鐘楼だ。この周囲を立派な建造物で囲まれたコムーネ広場には市場があり、大勢の人でごった返していた。
さて、コムーネ宮だが、現在は市庁舎となっている。少しわかりにくい位置にあるショップでチケットを買うと、コムーネ宮内にあるヴァイオリンコレクション室に入れる。早速チケットを購入しに行ったが、このチケットショップの若い女性は、英語が話せない。ジェスチャーで会話するのだが、お互いの眼を見つめながらジェスチャーで会話しているうちに、親近感が湧いてきた。こういうとき、イタリア人男性なら口説くものなのかな?でもジェスチャで口説く術を私は知らなかった。
ヴァイオリンコレクション室に入りたい旨をコムーネ宮の入り口で伝えると、警備員が来て、中に入れてくれた。警備員は、そのまま私を監視している。コレクション室には、10台くらいのヴァイオリンが並んでいた。貸し切り状態で、一人で堪能。ストラディバリウス、グァルネリ、アマティ・・・。名器ばかりで、一瞬「持って帰ろうかな?」と思ったくらいだ。
ショックを受けたのは、それぞれの楽器を見比べても違いがわからなかったこと。ニスの違いもわからないし、元来見るポイントであるf字孔の形などを詳細に見たのだが、違いがわからない。「どれがストラディバリウスでしょう?」って聞かれたとしても当たらない自信がある。まぁ、私にとっては一生ストラディバリウスやグァルネリには縁がないだろうから、どっちでも良いことなのだが。
ヴァイオリンコレクション室を堪能した後、カヴール広場に行くと、ストラディバリウス像が立っていた。少年が差し出すヴァイオリンを受け取るかのような姿勢だ。ただ、残念だったのは、その周りの風景。露天がその銅像に接して立っているのだ。雰囲気台無し!
次にストラディヴァリ博物館に向かった。これは市立博物館と中でつながっている。それを知らなかったので、ずいぶん遠回りをした。市立博物館を見つけた後、それに接してあると思って、市立博物館を外からぐるりと一周したのだ。それでも「ストラディバリ博物館がない!」と思って、市立博物館の受付に聞いたら、明後日の方向を指さされ、探し直し。結局、市立博物館の受付にもう一度行き、建物の中でつながっていることを確認した。それだけの行き違いのために、えらく疲れた。
ストラディヴァリ博物館に行くために、市立博物館にまず入ったのだが、内装工事中。工事現場の横をすり抜けて奥に向かった。奥には様々な美術品が置いてあり、そこを抜けるとストラディヴァリ博物館だった。ストラディヴァリ博物館といっても、市立博物館内の一室。入り口には、新聞を読んでいる係員が一人座っているだけだ。
それでも、中に入ると、さまざまな楽器があり、メインの部屋にはストラディヴァリの作業道具がずらりと並んでいた。そして、彼が楽器作りに使用した型紙なども大量に展示してあった。これらは、楽器職人にとっては垂涎の品だろう。さらに、館内にはバロック音楽が流れており、置いてある椅子に腰掛けてまったりしてみたりした。
少し時間が余ったので、先ほどのチケットショップに行って、絵はがきを何枚か購入した(断じて、さっきの受付の女性目当てではない!)。カヴール広場付近にある郵便局で文章を書いて、友人の馬券オヤジ氏と実家に送った。他にも何人か送ろうかと思ったのだけど、住所と郵便番号がわからなかった。馬券オヤジ氏への絵はがきも、住所、郵便番号ともでたらめだった。無事着いたらしいが、日本の郵便局の人達は優秀だ。
そうこうしている内に昼になり、ホテルに戻ることにした。コムーネ宮から、駅の方向には行かず、直接ホテルの方角にあるいたら、すぐホテルだった。朝はえらい遠回りしたことになる。
ホテルの近くで、早めの昼食を摂ることにした。バーとレストランが一体化した建物を見つけ、スパゲティを頼んだ。一緒にワインを頼もうと思ったのだが、「Wine」と言っても通じない。何度かの押し問答の末、「Coke」と妥協した。ワインは通じなくてもコーラはどこの国に行っても通じる。感心したが、妙な悔しさが残った。後でガイドブックを見ると、「赤ワイン:Vino Rosso, 白ワイン:Vino Vianco」と書いてあった。こっちに来て初めて覚えたイタリア語だ。
昼くらいに、ジェノヴァ行きの列車に乗るために、ホテルにタクシーを呼んで貰った。さすがにあの荷物を持って駅まで歩く気力はない。ホテルでは忘れずにパスポートを返して貰った。このホテルでは、宿泊時にパスポートを預けることを要求されるのだ。返して貰うのを忘れてしまうと大変なことになる。
駅に着き、切符を買った。こちらで切符を買うときは、鈍行は距離が書いた切符を購入し、その距離分乗ることが出来る。英語が通じず、「ミラノ」を連呼していたところ、「90km券」2枚を売ってくれた。なかなか電車が来ないので、駅員に聞くと、「チケットを見せろ」と言われ、「10km足りない」と言われた。「おまえらが売ったんじゃないか?」とも思ったが、ここはイタリアだ。そういう国なのだ、きっと。結局、聞いただけでは問題が解決しなかったため時刻表を見ていると、15時過ぎまで電車がない。来る電車すべて反対方向だ。駅のホームで2時間ばかり本を読むことにした。
時刻表には1番ホームと書いてあるのだが、途中電光掲示板には3番ホームにミラノ行きの電車が来ると書いてあった。そのため変更になったかと思い、3番ホームに向かった。3番ホームで待っている人に「Milano centrale?」と聞くと、「そうだ」とのことだった。ところが、電車が着く時間になっても電車が来ない。ホームの電光掲示板が変わり、今度は1番線に「Milano centrale」となっている。「何だよ」と思いながら1番線に移動した。重い荷物を持って、階段を行ったり来たり・・・。本当に良い迷惑だ。ヨーロッパがバリアフリーの国だなどというのは嘘だ。ほとんどの駅はとても不便。
そこで待っていると電車が来た。ホームにいる人に、「Milano centrale?」と聞くと、「次の電車だ」とのことだった。まったくもってややこしい。この時、イタリアでは、周囲が「ずさん」であることを「そういう文化だ」と受け入れるしかないのだと思った。それに、自分も少しくらい「いい加減」であったとしても、それは許容される筈だ。いちいち腹を立てていては身が持たない。結局、何とか電車に乗ることが出来た。
電車がミラノに着く頃、一人の若い女性がイタリア語で話しかけてきた。お腹をさすりながら、「50cent」と懇願している。綺麗な女性で、一瞬「仲良くなれるかも」と勘違いしかけたが、「要求する金額が安すぎる」と危機管理モード。私も31歳になり、色気仕掛けに対する分別がついてきたらしい。鬱陶しいので、「Can you speak English? I don't know what you say.」と返した。すると、英語で「Give me, 1 Euro.」と返してきたのだが、さっきより値上がりしている。「Sorry, I don't know.」と答えた。更に女性は、赤ちゃんがどうのと言っている。見ると、スレンダーな女性なのに腹がふくよかだ。メタボではあるまいし、妊娠で金がないのか・・・。まてよ、この電車に乗る金があるし身なりもみすぼらしくないのに、1Euroをせびることは無いはずだと思った。20歳代の頃だったら、鼻の下を伸ばして、1Euroと引き換えに相手のお腹をさすっていたかもしれない。いや、ないとは思うが。
すると、さっきクレモナで「次の電車だ」と教えてくれた男性が、寄ってきて、さっきの女性と言い争いを始めた。イタリア語なので何を言っているかわからないが、俺にしてみれば「あたしのことで喧嘩しないで」って感じだ。しかし、タイミング良くミラノに到着したおかげで、電車を降り、二人を残して立ち去った。あの男性は私を助けようとしたのか、それともグルだったのかは、未だ謎だ。
駅のホーム正面のエスカレーターを降りて右手(正面入り口から見ると左手)が切符の販売所。「Genoa, for one.」と行って指を一本立てたら通じた。今度は、ICEという特急で、乗り継ぎを含めてすんなりだった。快適な電車の旅。「iPod」でパガニーニのヴァイオリン協奏曲の演奏を、メニューイン、クレッバースのソロで立て続けに聴き、悦に入った。
駅に着いたのは夜であり、治安の悪い街と聞いていたため、駅でタクシーを拾い、ホテルに向かった。駅で拾うタクシーが安全なのが、ブダペストに比べると旅行しやすい点だ。
タクシーの中で、男性が私のポスターを指さし、「Congress, porta.」と港の建物を指さしている。きっと、学会の場所なのだろう。よく考えると、学会の場所は「Genoa」ということ以外知らなかった。運良く会場にたどり着くことが出来そうだ。
宿泊は、学会が手配してくれた「Best Western Metropoli」というホテル。普通にその辺の宿を予約するより割高だ。その分、内装はオシャレだった。ただ、ホテル内にレストランがなく、近くに食べに出かけた。
まず、ホテル正面のカフェで「スプマンテ」を飲み、レストラン探し開始だ。ホテルから右手に坂道を30mくらい登ったところで、「ナポレオン」というレストランを見つけた。予約の必要そうな高級感はないが、オシャレな店だ。中に入ると、親切そうな店員が席に案内してくれた。店内のワインセラーにはワインがたくさんある。
料理もおいしかったし、頼んだワインもおいしかった。色々疲れていたためか、普段ならワインの1本くらいどうったことないのだが、料理を食べ終わりボトル半分くらい空けたところで眠くなってきた。おとなしくホテルに戻ることにした。