チョン・ミュンフン
昨日、コンサートに招待されて行ってきました。
FILARMONICA DELLA SCALLA
MYUNG-WHUN CHUNG JAPAN 20082008年9月6日(土) サントリーホール
ロッシーニ:歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲
プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」より第3幕への間奏曲
ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36
ミラノ・スカラ座を本拠地とするスカラ・フィルハーモニー管弦楽団による演奏でした。実は、私は昨年スカラ座でシューベルトの未完成と、ブルックナーの第7番を聴いているのですが、1年も経たないないうちに、またこのオーケストラを聴くとは思いませんでした。もっとも、前回はズビン・メータが指揮、今回はチョン・ミュンフンが指揮でしたが。
オペラ曲は彼らの十八番だけあって、素晴らしい出来でした。チャイコフスキーは、第一楽章冒頭の金管楽器による警笛を鋭く演奏していなかったのが、印象的でした。でも、途中で繰り返されるときは、鋭く強調していました。何かの意図があったんでしょうね。
私は、これまでチョン・ミュンフンを聴かず嫌いしていました。なぜなら、姉のチョン・キョンファ (ヴァイオリニスト) の演奏が好みではなくて、同じようなものかと思っていたからです。でも、聴いてみて素晴らしい演奏でした。
ストリング誌の 2008年 9月号は、指揮者の先振りについての対談が載っていて、そこに過去の長峰高志氏の発言の抜粋が載っていたのでした。そのため、チョン・ミョンフンの指揮法もじっくり眺めさせて頂いたのですが、やっぱり先振りしてましたね。先振りについて、前述のストリング誌を引用します。
「指揮者は、テクニック的には『先振り』のできる人が最低条件だと思います。もちろんそれができなくても、音楽性、人間性などでカバーできる人もいるでしょう。」
-先振りというのは、音よりも先に振るということですか?
「そうです。奏者が演奏する前に、きちっとした図形を描くことですね。」
-すると、一瞬音より早く?
「そうです。」
-かえって混乱しませんか?
「いえ、やってみれば分かりますが、先振りの方が見やすいです。混乱しません。というか、先振りでなければいけない、ということですね。」
-打点と同時に音を出すのは?
「それだと、どんどんオーケストラが遅くなっていきます。ですから棒は絶えず、前に動いていかないと。つまり、先に絵を描いてあげないといけない。次はどういうふうにするのか、というのが見えていないといけない。
指揮者は、楽譜という図面を見て立体的なものが想像して入っていて、それを表現できなければいけないんです。
オン・タイムでオタマジャクシを見て振るのではない、ということですね。楽譜という平面図に時間軸を加えれば、『芸術』という建物ができるわけですね。つまり、演奏を始める前から起承転結、全体像が分かっていなければいけない。
でもそれが分かっていないで、図面を見て、ここ何センチ、あそこ何センチ、ここは土台だったか、柱だったか・・・みたいなことをやられると非常に困る。
つまり、リハーサルが始まる前に、頭の中で完璧なイメージが出来上がっていなければ、指揮者はやってはいけない。やりながらイメージを作るなんてことはやってはいけない。
イメージが指揮者の中にはっきりあれば、僕たちは、それをくみ取れるはずなんです。くみ取るということは、言い換えれば、ヤマを張る、ヤマをかける、ということなのです。本番もヤマを張ることの連続なわけです。そのときに正しいヤマを張れるかどうか、が問題なわけですね。
それに習熟するには、いろいろな演奏を体験したり見たりして、こういう場合は、こうだな、またはこういう場合もあるよね・・・というようにいろいろな選択肢を持っていればいるほど、ヤマを張ることは簡単なんです。いろいろな『引きだし』を持つことなんですね。
アンサンブルというのはヤマの張り合いなんですよ。逆に言えば、ヤマが張れるということは、相手が何を考えているかが分かる、ということなんです。」 (ストリング 二〇〇五年一二月号&二〇〇六年一月号の長峰高志さんへのインタビューからの抜粋)
チョン・ミュンフン氏の指揮を見ていると、完璧なイメージを持っていることが、伝わりましたし、技術もしっかりしていました。そして気心知れたオーケストラと、名演としての必要条件は揃っていた訳ですね。
演奏が終わった後、スタンディング・オベーションを贈っている人が何人もいて、会場は万雷の拍手でした。チョン・ミョンフン氏も、指揮台に座り込んで、オーケストラに拍手を送っていました。このパフォーマンスには、会場から笑いが起きました。
アンコールは拍手の中、オーケストラの中を歩いていたチョン・ミュンフン氏が開始の合図を出して始まりました。しばらく、彼は指揮していなかったけど、オーケストラが上手に演奏していました。
アンコールが終わった後、チョン・ミュンフン氏は、客席に降りてきて、観客と共にオーケストラを称えました。観客全員が立ち上がり、観客全員によるスタンディング・オベーションでした。鳥肌が立ちましたね。
で、観客が半分帰ったとき、オーケストラのメンバーが全員楽器を持って、舞台に現れたのです。指揮者も現れ、アンコール?みたいなノリ。でも、拍手を楽しんで、メンバーが下がっておしまいとなりました。観客と、演奏家で、非常に良いコミュニケーションがとれ、双方にとって忘れられない演奏会になった筈です。スカラ・シンフォニー管弦楽団のメンバーも日本が気に入ってくれるといいな。