多発性硬化症の灰白質病変

By , 2008年10月27日 6:37 AM

最近、ある脱髄疾患の論文を書くために、脱髄疾患関係の論文をいくつか読んでいます。そんな中、面白い論文があったので、紹介です。

 多発性硬化症は白質の病気と考えられてきましたが、灰白質病変の重要性が近年議論されるようになりました。Lancet Neurology誌に Reviewが掲載されていました。引用文献のほぼ全てが最近の論文なのは、最近になって議論されるようになってきた概念だからでしょうね。これから注目される分野だと思います。

Geurts JJ, Barkhof F. Grey matter pathology in multiple sclerosis. Lancet neurol 7: 841-851, 2008

・Introduction
特に記憶障害、注意力障害、感情の障害といった、特有の認知機能障害は、多発性硬化症の45-65%に見られますが、灰白質の病理学的手順(脱髄、神経のダメージ)によって、より説明しやすいかもしれません。

多発性硬化症の動物モデル「EAE」において、学習や記憶に関わる大脳皮質、海馬、前脳基底部では、コリンアセチルトランスフェラーゼ活性の低下があります。また、選択的アセチルコリンエステラーゼ阻害薬のドネペジル(商品名:アリセプト)が多発性硬化症患者の認知機能を改善したとする報告がありますが、皮質病変を合併していると考えれば、理解しやすいですね。

・多発性硬化症の灰白質の病理
多発性硬化症の皮質灰白質の病理は4つのタイプに分けられます。
(A)Type I or mixed white matter-grey matter lesion
(B)Type II intracortical lesion surrounding a blood vessel
(C)Type III subpical cortical lesion
(D)Type IV, which spans the entire cortical ribbon

灰白質の脱髄は、皮質のみではなく、視床、基底核、視床下部、海馬、小脳、脊髄でも起こることが知られています。

さて、皮質病変として最も多いのが、Type IIIとされる軟膜下の病巣です。灰白質病変の病理は、白質病変の病理と異なり、著明なリンパ球浸潤や補体沈着、血液脳関門の破壊はこれまで指摘されていません。一方で、白質病変は通常炎症性です。

多発性硬化症では、ニューロンやグリアやシナプスの減少に加えて、軸索の切断が灰白質病変である程度みられますが、それはMRIで測定される脳萎縮や皮質の菲薄化を理解する上で重要です。病理組織学的検討で、Wegnerらは、多発性硬化症全体の10%で皮質厚が薄くなっていたと記載しています。一方このような皮質病変そのものをMRIで検出する試みは難航しています。なぜなら、最も多いtype IIIの病変を、MRIでは検出出来ないからです。

尤も、MRIで何とか皮質病変を検出できないか、撮像法の改良が行われました。Multi-slab three-dimensional (3D) double inversion recovery (DIR) techniqueという方法は、従来の方法に比べて5倍の病巣を検出出来るようにしました。また、T1-wieghted 3D spoiled gradient-recalled echo (SPGR)という撮像法も、皮質病変の検出に有用であると言われています。それでも、陳旧性の病巣の検出は困難なままです。近年では、MRIでは見つからないけれども病理組織学的には正常とは言えない「normal appearing grey matter (NAGM)」という概念も出てきています。

こうした事情から、MRIでの研究は、皮質の厚さを調べるのが主流となっています。皮質の菲薄化は、臨床的障害度と相関することがわかっています。また、皮質以外の灰白質についてのMRI研究もあり、基底核でのT2強調像低信号は、鉄沈着の結果であり、脳萎縮や臨床的障害度と相関することが知られています。Perfusion MRIでは、視床、被殻、淡蒼球の血流低下が、神経心理学的障害と倦怠感に関係していることが示唆されています。いくつかのMRIと病理組織学的検討からは、灰白質病変と白質病変は少なからず独立しているか、少なくとも異なった時期に起こっているのではないかと考えられています。

ここから先は私見ですが、これは多発性硬化症でのてんかんの原因を考えるのに面白いと思います。多発性硬化症が白質の病気だとすると、てんかんは起こりにくいはずです。また、皮質病変が白質病変から二次的にのみ起こったものだとすると、皮質で発生した異常な電気信号が白質でブロックされて伝わらなくなりますので、てんかんは起こりにくくなります。しかし、多発性硬化症でもてんかんを発症する患者を時々見かけます。つまり、白質が保たれていて、灰白質が障害されている病巣があるから、てんかんは起こりやすくなるのだと考えると納得できます。昔、教授が、「白質の病気である多発性硬化症で、何でてんかんが起こるんだろうね」と言おっしゃっていた、一つの答えであるような気がします。皮質病変(皮質厚など)とてんかんの関係を証明するスタディが出来ると面白いでしょうね。

・灰白質の障害の原因
白質病変では広範なT細胞性の炎症と(泡沫状の)マクロファージの存在と血液脳関門の破壊とグリオーシスが見られますが、反対に、灰白質の病巣には有意な炎症、血液脳関門の障害、グリオーシスはないか、もしくはほとんどありません。

では多発性硬化症で灰白質の障害がなぜ生じるかといえば、いくつかの仮説が挙げられています。まず、1次性の原因です。

① 髄膜の炎症により、髄膜と接する灰白質の軸索に脱髄が起きます。Magliozziらは髄膜の炎症が軟膜下皮質の脱髄の原因ではないかと推測しています。彼らの研究では、多発性硬化症患者の軟髄膜に、異所性の髄膜B細胞濾胞が見られたというのです。表面の皮質層の病理学的変化に勾配がついていることから、彼らは可溶性の細胞障害性/ミエリン傷害性因子が、多発性硬化症の皮質の障害に関与しているのかも知れないと考えています。一方で、多発性硬化症の動物モデル「EAE」では、帯状の軟膜下ミクログリア浸潤やミエリン鞘への免疫グロブリン沈着に関連して、軟膜下病変が拡大するのが見られます。
② 神経の選択的易傷害性(Selective neuronal vulnerability)です。ある種の神経細胞には、変性疾患(例:前頭側頭型痴呆)に於いて見られるような選択的易傷害性があります。多発性硬化症の脳ではグルタミン酸の不均衡が存在することが知られており、これが興奮性毒性や軸索損傷を引き起こします。そのため、メマンチンのようなグルタミン酸調整薬のスタディが将来検討されるかもしれません。

2次性の問題についても、いくつかの仮説があります。

①白質の脱髄が起こると、軸索のナトリウムチャネルに変化が起こることが観察されています。特に活動期の多発性硬化症では、Nav1.2とNav1.6ナトリウムチャネルが、脱髄の起こったアミロイド前駆蛋白(軸索損傷のマーカー)陽性の軸索に沿って、広範にびまん性に分布することが知られています。
②ナトリウムチャネルの変化と同時に、例えば炎症カスケードの一部としての酸化窒素への暴露の結果として、ミトコンドリア機能異常が起こります。これらによって「事実上の低酸素症(virtual hypoxia)」となり、最終的に灰白質の神経軸索変性につながります。
③多発性硬化症では、神経伝達物質であるグルタミン酸のホメオスターシスが変化するというエビデンスがあり、それが灰白質の神経軸索変性を引き起こすかもしれません。乏突起膠細胞、星状膠細胞、ミクログリア/マクロファージと同様に、皮質下白質において、ionotropic及びmetabotropicのグルタミン酸受容体、グルタミン酸輸送体はコントロールより多く発現しています。

これらの仮説は、今後研究が進んでいくものと思います。

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