室内楽
「室内楽 ジョイス抒情詩集 (出口泰生訳、白凰社)」を読み終えました。ジョイスがこの詩を書いたのが 1907年で、この日本語訳が出版されたのが 1972年になります。何故この詩集を読もうかと思ったかというと、バーンスタインがハーバード大学で行った講義で、ジョイスの詩を口ずさんでいるシーンを DVDで見たからです。
ジェイムズ・ジョイスは難解な小説で有名ですが、この詩集は読みやすかったです。しかも、英語版と邦訳と 2冊セットになっていて、読み比べることが出来ました。出口泰生氏の翻訳が如何に秀逸か、実際に詩集の最初の詩を紹介してみます。
Chamber Music I
Strings in the earth and air
Make music sweet ;
Strings by the river where
The willows meet.There’s music along the river
For Love wanders there,
Pale flowers on his mantle,
Dark leaves on his hairAll softly playing,
With head to the music bent,
And fingers straying
Upon an instrument.地底と 大空の 絃が
音楽を 美しく する。
やなぎの 枝が ゆれる
小川で 絃が ひびく。エロス神が あるくから
川岸に 音楽が 流れる。
マントには 青白い 花
髪の毛には 暗い 木の葉。音楽に 頭うなだれ
ひそやかに 奏でながら、
鍵盤の うえに
白魚の 指が あそぶ。
かなり意訳があるようには思うのですが、原文も付けられていますので、見比べることでどのように翻訳されたかがわかります。さらに原文を読むと、「air」「where」「river」「there」「hair」などと韻を踏んでいることや、独特の語感が楽しめます。まぁ、私は口ずさんでもカタカナ英語になってしまうので、ちっとも雰囲気が出ず、英語の上手な方に朗読して頂くことにはなりますが・・・。
解説にも書かれている通り、この室内楽という詩集は、全体として一つのストーリーとなっています。「恋→三角関係→失恋」という流れです。全 36編の詩からなっています。
さらに解説によると、この室内楽 (Chamber music) というタイトルはジョイスの弟の提案であるそうですが、一説によるとジョイスは売春宿に備え付けてある “chamber pot (室内便器)” の音から、この詩集の題名を思い浮かべたと言われているそうです。なんだかイメージが・・・。
この詩集を読んでジョイスらしいと思ったのは、詩に登場する「ドニカニー」という言葉で、これはダブリンの地名です。ジョイスはダブリンを描き続けた小説家として有名ですが、初期の作品からダブリンが登場することに、はっとしました。そして、ジョイスの次の作品は「ダブリナーズ(ダブリンの人々)」なのでした。
具体的に、ドニカニーという言葉の登場する詩を紹介しておきます。詩集の最後の方で、失恋について書いた詩の一つです。
Chamber music XXXI
O, it was out by Donnycarney
When the bat flew from tree to tree
My love and I did walk together
And sweet were the words she said to me.Along with us the summer wind
Went murmuring – O, happily! –
But softer than the breath of summer
Was the kiss she gave to me.こうもりが 木から 木へと 飛んでいたのは、
ドニカニーの 森の ちかくだった。
ぼくは 恋人と 肩を組んで あるき、
彼女が言った ことばは 甘かった。夏の 南風が 吹いてきて
囁いていた -仕合わせな 恋人さんと!
女の接吻は あの夏の
そよ風よりも やわらかだった。
アマゾンでこの詩集を中古商品で手に入れることができます。美しい詩集だと思いますので、是非読んでみて下さい。