ビール職人、美味しいビールを語る
「ビール職人、美味しいビールを語る (山田一巳/古瀬和谷著、光文社文庫)」を先日ドイツで読み終えました。非常に読みやすい本ですし、ビールにも詳しくなれますので、「ビールを嗜む方」にお勧めです。
山田氏は、「ラガー」全盛期にキリンのビール職人として働いていました。醸造の現場で一職人として働いた後、ビール開発に関わり、「ハートランド」や「一番搾り」といったヒット商品を世に生み出しました。
簡単にビールの製造工程を引用してみます。
ビールの製造工程
整麦
大麦に適度な水と酸素を与えて発芽させ、熱風で乾燥させた緑麦芽をつくる。さらに高温で焙焦して色と香りをつけ、モルトにする。粉砕
モルトをブレンドして、モルトミル (粉砕機) にかけて粉砕する。粉砕したモルトは仕込み釜へ。副原料を煮沸
副原料を使用する場合には、粉砕したモルトの一部と混ぜ、煮沸して粥状にしてから仕込み釜へ。糖化
モルトをお湯に浸して1時間ほど煮込む。酵素の作用でデンプンが糖に変わり、マッシュができる。濾過 (搾り)
マッシュを濾過槽 (または搾り機) にかけて粕を取り除き、麦汁 (原麦汁) にする。煮沸
90分くらいかけて麦汁を煮沸しながら、2~3回にかけてホップを添加し、加ホップ麦汁をつくる。冷却
加ホップ麦汁を20度以下にまで冷やし、貯蔵タンクに移す。発酵
酵母を投入して低温に保つ。1週間ほどかけて、麦汁の中の糖分をアルコールと炭酸ガスに分解させていく。熟成
酵母が止活する温度にまで徐々に冷却しながら、香味が落ち着いてくるのを待つ。濾過
濾過器にかけて酵母を取り除く。地ビールに無濾過のものも多い。樽詰め・瓶詰め
ビールを樽や便に詰める。瓶詰めした後で温水シャワーにくぐらせ、低温殺菌することもある。
山田氏曰く、「ビールづくりというのは、ほとんどの部分が自然任せなんです」とあり、酵素の作用でデンプンを糖に変化させる糖化、酵母の力でアルコールと炭酸ガスを発生させる発酵、香味が落ち着いてくるのを待つ熟成など、自然の作用がビール造りの中心です。ただ、初期条件でそれらの結果は大きく異なります。製造工程での条件などを含めると、数百の条件を設定しないといけないらしいです。山田氏の言葉では「ビールづくりの可能性も無限にあるわけです」となります。
山田氏が入社当時、キリン横浜工場の醸造ラインは「仕込み場」「発酵場」「貯蔵場」に分けられていたそうですが、山田氏はビールの味が 70%くらい決まると言われる「仕込み場」で過酷な肉体労働を始めました。そこで 20年間勤務して、発酵場に移りました。人徳のあった方らしく、発酵場で班員のミスで若ビールを 2/3廃棄することになってしまった時に、仕込み場の後輩たちが「山田さんが困っているなら力を貸しましょう」といって、規定の量よりビールを多く仕込んで回してくれ、会社への隠蔽工作に成功しました (!)。彼自身のためというより、ミスをした班員を庇うために行ったことで、褒められたことではないのですが、いずれにしても山田氏の人望の厚さを示すエピソードを示すものでしょう。
48歳時に山田氏はパイロットプラント、開発の側に異動になりました。ここではビール製作のプログラムを組んでいました。ここで作られたビールをパネルと呼ばれる人間が試飲「官能評価」する訳です。
ビールの味で大事なものの一つは、コクとキレです。乱暴ですが、コクは味わいで、キレはスッキリ感、雑味のなさと考えるとわかりやすいと思います。このバランスが重要なのです。原麦汁の段階でほぼ決まるものらしく、コクが強いか、コクが弱い (キレが強い) かが決まってきます。しかし、コクが強くてもイソフムロンという成分を含むホップを加えるとキレが強くなったりもしますので、必ずしもコクとキレは相反するものではないらしいです。繰り返しますが、このバランスが重要とされます。
山田氏が勤務していた当時のキリンが抱えていた問題は、「ラガー」が売れすぎていたことでした。「ビール」イコール「ラガー」であり、他社がビールの宣伝をしてビールのシェアが拡大すると代わりに「ラガー」が売れる時代でした。そのため、ビール業界のシェアの 60%以上をキリンが占め、独禁法問題も浮上したくらいです。
そこへ生ビール論争が起きました。サッポロが「サッポロびん生」を発売したのです。最後に熱処理しないで、濾過フィルターで濾過除菌したビールです。キリンでは、できたての樽詰めビールを生ビールと考えており、市場に一ヶ月以上も残っている瓶・缶ビールまで生ビールとは呼ばないと考えていたようです。しかし、公正取引委員会は「熱処理していないビールを生ビールと呼ぶ」と決め、「キリンの『ラガー』を倒すなら生ビールだ」という風潮が生まれました。ちなみにラガーというのは、ビールの分類名の一つで、「よく熟成 (ラガーリング) された」という意味でなのですが、それが商品名として通用するほどキリンのブランド力が強かったことがあります。
生ビール論争を通じ、ラガービールに対する誤解が定着しました。つまり「キリン『ラガー』は生ビールではない→ラガービールとは熱処理されたビールのことだ」という誤解です。後日、このマイナスイメージがキリンに重くのしかかりました。しかしキリン上層部は、「ラガー」の圧倒的シェアに支えられ、問題視はしていませんでした。山田氏の言葉では、「ラガーというのは、本来『よく熟成された』という意味です。ビールは時間をかけて、低温でじっくりと熟成させると、香味が落ち着いてきて、まろやかで飲みやすいビールになります。だからラガーというのは、本当はいいイメージの言葉のはずなんです」「本当は濾過処理したビールも熱処理したビールも、現代の技術なら大した違いはないんです。もっとはっきり言うなら、まったく違わない。処理した直後なら、官能評価の専門家が飲めば少しは違いが分かりますが、市場に出回る頃には同じ状態になっています」ということになります。ビールは生き物ですから、結局は鮮度管理に帰結し、どんな処理をしようがつくりたてなら新鮮だし、日が経てば新鮮ではなくなるだけです。
各メーカーの生ビールを通じた攻勢が強くなり、ついにアサヒが「スーパードライ」を開発しました。山田氏は「キレばっかりで全然うまみがない。それに炭酸ガスも強すぎる。『これがビールなんだろうか』」と思ったらしいです。しかし、キレを追求し、それに「ドライ」という抜群なネーミングをつけたビールは大ヒットとなりました。
シェアをどんどん奪われたキリン内部は最悪の雰囲気となり、開発部は役立たず呼ばわり、喧嘩をふっかけられたりもしました。
社運をかけて、キリンは新ビールを開発します。「ラガー神話」を知らない若手中心のチームを作ったところ、「『一番麦汁』だけでつくったビール」というアイデアが出ました。キリンでは旧式のマッシュフィルター方式の搾り機を使っていて、一番麦汁を搾りきってからお湯を注いで二番麦汁を搾り出す方法を採っていました (当時の主流は、一番麦汁と二番麦汁を連続して絞り出すロイター方式で、一番と二番という感覚が希薄でした)。この一番搾りだけでビールを造ることを思いついたのです。一番搾りだけでビールを造ると、雑味のもとになるタンニンやミネラルがあまり含まれていないので、さっぱりとしたビールになります。ただ、もったいない (笑) という問題があります。
「一番搾り」は商品化に成功し、大ヒット商品となりました。開発部の人間にとっては、自分たちを役立たず扱いしていたキリン工場の他の社員をみるたびに、「お前ら、誰のおかげで飲んでるんだ?俺たちのおかげだろう!」と思うくらい、痛快だったといいます。
山田氏がキリンを定年退職することになったとき、計9回もの送別会が開かれました。人望と実績によるものと思います。山田氏は退職後、キリンの特別な許可をもらい、山梨県清里の萌木の村でビール製造を開始しました。パブレストラン「ロック」で、山田氏が新に開発したビールが飲めます。一度訪れてみたいものです。
最後に、山田氏が重視するビールの注ぎ方を引用しておきます。
パブで飲むビールのような泡を立てるコツ
グラス選び・ビールの温度
グラスは清潔で、口が広がりすぎていないものを。グラスもビールも 8℃くらいに冷やしておく。1. 真っ直ぐに立てたグラスに、最初はそっと、それから泡を立てることを意識してやや勢いよく注ぐ。
2. 泡の頭がグラスから出ないくらいのところで止めたら、泡が静まり、少し下がってくるまで待つ。
3. 今ある泡を持ち上げるようにそっと注ぎ足して、グラスより 1cmくらい盛り上がったところで止める。
4. 泡に瓶の口をつけるようにして、さらにそっと注ぎ足す。1.5cmくらいまでは盛り上げられる。
※泡の下から液体を滑り込ませるようにして飲むと泡が壊れにくい。