結核
結核診療における診療報酬のひどさを今回初めて知りました。診れば診るほど赤字になって敬遠される分野っていくつもありますね。医療費を削るばかりではなく、こうした分野を手厚くしないと困るのは患者です。
結核医療は「曲がり角」
【第86回】石川信克さん(結核予防会結核研究所所長)
かつて日本の「国民病」といわれ、多数の患者が命を落とした結核。日本では患者数が年々減少しているが、他の先進国と比べると罹患率(人口10万人当たりの新登録結核患者数)は依然として高い。
結核予防会結核研究所所長の石川信克さんは、結核は「社会にしぶとく残る病気」と指摘し、対策を怠ると再び患者が増える事態にもなりかねないと話す。一方で、今の結核医療の提供体制は必ずしも現状に合ったものではなく、結核医療は今、「曲がり角」にあるという。(萩原宏子)■低まん延国まで「あと10年」
―日本における結核患者の発生状況について、教えてください。
日本では幸い、結核患者は少しずつ減ってきています。昨年の罹患率は19.4(対前年比0.4減)で、ここ数年、減り続けています。
とはいえ、油断はできません。昨年度も数にすると約2万5000人が新たに結核患者として登録されているわけですし、他の先進国と比べると日本の罹患率はまだまだ高い水準です。
日本は今、罹患率が10.0より高い「中まん延国」に当たりますが、10.0以下の「低まん延国」の水準に達するには、あと10年ほどかかるでしょう。しかも、対策を緩めれば患者が逆に増えてしまう事態にもなりかねません。結核は社会にしぶとく残る病気ですから。―「社会にしぶとく残る」とは、どういうことでしょうか。
結核は慢性の感染症で、緩慢に進行します。結核菌は一度感染すると一生、体の中に残りますが、感染後、発病するのは約1割程度で、すぐ発症する人もいますし、年を取ったり、体の抵抗力が落ちたりした時に発症することもあります。中には、感染しても発症することなく一生を終える人もいる。特に日本では、かつて結核が非常にまん延していた時期に多くの人が感染したので、70歳以上の人だと5割、あるいはそれ以上の人が既に結核菌に感染しているという状態です。「発病予備軍」が多数いるわけですね。しかも結核は空気感染ですから、患者がひとたび発症して菌を排出するようになると、その人から感染が広がる可能性もある。実際、国内における昨年の20、30歳代の新規登録患者は約4000人に上りました。彼らは最近感染した人たちです。
また、結核の治療は非常に時間がかかる。体内の菌を殺すために約半年間、薬を飲み続けなければなりません。その一方で、1か月くらい薬を飲み続けると、多くの患者さんは一見、ほとんど良くなってしまう。そのため、途中で治療をやめてしまう人もいるのです。たとえ症状が収まっても、菌は完全には死んでいないので、菌は体の中で増え続け、再び症状が出てくる。しかもその時には、菌が薬への耐性を獲得し、より治療が難しくなっている。耐性結核ですね。最も効果的な2つの薬が効かなくなった結核を多剤耐性結核といいます。そして今度は、耐性を獲得した菌が周りに広がってしまうのです。―地道な対策を継続することが重要だと。
そうです。日本では患者の発見や長期の治療の漏れを防ぐために、保健所が中心となって地域の患者を発見したり、治療状況をチェックしたりする機能があるのですが、このような努力を続けなければ再び結核患者が増えることになりかねません。
実際、米国では対策の緩みが患者の増加を招く事態となりました。「結核は風邪と同じように、病気になって受診した人だけをその時治せばいい」と、結核対策を普通の診療に置き換えてしまったのですね。その結果、患者が増え、多剤耐性結核患者や亡くなる方も多く出ました。対策に要する費用も、結果的には余計に掛かってしまいました。■「病棟」には限界も
―日本が「低まん延国」の水準に達するには、まだ時間がかかるとのことですが、日本の結核病床はどんどん減っています。この状況については、どのようにお考えですか。
結核医療への診療報酬が低いということですね。結核病棟では入院患者1人当たり、1日で3万円ほど掛かるのですが、診療報酬は2万円程度に抑えられています。サービスをよほど低くしない限り、どこも赤字になってしまうのですね。当会の複十字病院の結核病棟でも、毎年1億円ほどの赤字が出ている状況です。だから、どの病院も結核医療から手を引いていかざるを得ず、病床もどんどん減っているのです。―診療報酬の引き上げが必要だということでしょうか。
そうです。結核対策を含め感染症対策は政策として行うべきものですから、病院側が赤字経営を強いられる状況は、やはり問題でしょう。
一方で、「結核病棟」という枠組みにも限界があると考えています。お金が掛かるし、患者のニーズにも合わなくなってきている。今、結核医療は「曲がり角」にあるんですね。―どういうことでしょうか。
つまり、結核患者の受け入れは現在、病棟単位でしか許可が出ていない。しかし、結核患者がいつ入院するかも分からないのに、スタッフを整えて病室も空けておかなければならない。だから、非常にお金が掛かってしまうのです。中には、病床として許可を得てはいるものの、スタッフを配置していないため、実際には稼働していない病床もあります。だから、実際に使える病床は見掛けより少ない。
また、結核患者には高齢者が多く、糖尿病やがん、リューマチなど、結核以外の病気を抱えている人もたくさんいます。認知症で、医療というより介護が必要な方もいます。ただ、こうした多様なニーズに対応できる所はほとんどありません。今後は、こうした患者の複雑な状況に対応できる新たな診療のシステムが必要です。―具体的には、どのようなシステムが考えられますか。
結核などの感染症にかかった患者を受け入れられる感染症病室を一般の病院内に整備していくというのが、これからの一つの方向性だと思います。例えば、多様な科が入った総合病院の中に1、2部屋ほど、感染症に対応した病室を用意しておく。菌が出ていても周りに飛び散らないように陰圧になっていて、結核患者を受け入れられる病室です。そしてこの病室は、結核以外の感染症の患者にも使えるようにし、効率よく運営できるようにする。
さらに、この感染症対応の病室の維持に掛かるコストは、行政がきちんと手当てすることが必要です。結核などの感染症の患者は常にいるわけではありませんが、必要な時に受け入れるための病床は備えておかなければいけませんから。火事が発生したらいつでも出られるように待機している消防車と同じです。
また、結核の入院患者が減っている分の医療費をDOTS(直接服薬確認療法)に回すことも必要だと思います。DOTSというのは、患者に毎日薬を渡して服用を直接確認する方法で、治療を確実に行うことができるのですが、手間も相当かかります。ただ、それに対する診療報酬は付いていません。このほか、結核菌の新たな検査法や新薬の開発も課題です。―最後に、医療従事者へのメッセージをお願いします。
風邪や咳が長引いている患者に出会ったら、結核を疑ってほしいと思います。日本では結核患者がめったに現れませんし、医学部でもあまり結核のことを教えなくなってきました。そのため若い医師を中心に、結核を疑うことすらしない人も増えています。
しかし結核は、結核菌の検査をしない限り、感染しているか分かりません。患者も、最初から結核の専門医のところに行くわけではないので、診た医師が疑わなければ治療につながらない。
実際、診断の遅れで重症化する方や、亡くなる方もまだまだ多いのです。最近も20代の若い方が、症状があり、都内のある大きな病院を受診していたのですが、彼を診た医師は、結核菌の検査だけしなかった。他のいろいろな検査はやっていたのに、まさか結核だとは思わなかったのですね。その医師は結局、肺炎を疑って治療したのですが、結核は緩慢に進行するので、患者もその時は少し回復して退院しました。そしてその後、徐々に悪化し、複十字病院に運ばれた時には、もう手遅れでした。
このような患者を出してはいけない。医師には、結核は今も静かに流行している病気なのだということを、しっかり認識してほしいと思います。
採算に合わない分野を切り捨てるのは「経営努力」ですから、経営改善を求められる病院を責めることはできません。診療報酬を改め、採算に合う制度設計にするのが大事と思います。
結核性髄膜炎は、ここ数年で 3例ほど診療しました。外国人の患者、周産期に感染した患者、結局 髄膜癒着により水頭症を来たしVP shuntを要した若年女性・・・。そのうち排菌していた患者 2名は結核病棟を持つ病院に御願いすることになりました。こうした感染症を治療できる病院が結核診療で非常に大きな役割を持っていることは、もっと知られても良いと思います(複十字病院の所長は今後一般の病院でも診られるようにすべきと考えているようですが、もう少し時間はかかると思います)。
話は変わりますが、複十字病院の先生が書かれた結核診療プラクティカルガイドブックという本はお薦めです。