どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?
「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか? (梅田望夫著、中央公論社)」を読み終えました。羽生名人の最近の将棋の観戦記と、対局者へのインタビューを綴った本です。この本、巷では「どう羽生」と呼ばれているそうです (^^)
第一章:大局観と棋風-第80期棋聖戦第一局
羽生四冠と木村一基八段挑戦者の勝負でした。羽生名人の「棋譜を見れば木村さんが指したものとすぐわかります」という言葉とともに木村ワールドが展開されます。
第二章:コンピューター将棋の遙か上をゆく-第80期棋聖戦第五局
羽生名人の 46手目△3一玉, 50手目△2一玉は明るい大局観に基づいた手で、コンピューターにはまず指せない手です。一方、人間に見えにくい△4五桂の好手をコンピューターは指摘できており、この手は羽生名人の指し手と同じでした。
この章には、木村八段の名言「負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように、転落していくんだろう」という名言が引用されています。私も思い通りにいかないことがあったとき、しばしば心の中で反復する言葉です。
第三章:「心の在りようの差」-第57期王座戦第二局
挑戦者の山崎隆之七段の心が最後ポッキリ折れてしまった戦い。勝った羽生名人が直後に山崎七段に、「この将棋は難解なまままだまだ続くはずであったろう、そして自分のほうの形勢が少し悪かったという意味のことを、かなり強い口調で指摘した」というエピソードが残っています。梅田氏は「終局後の羽生の険しさに圧倒される思いだった。羽生には勝利を喜ぶ、あるいは勝利に安堵するといった雰囲気は微塵もなく、がっかりしたように、いやもっと言えば、怒っているようにも見えたからだ」と書いています。山崎七段にも色々ちぐはぐになってしまった事情があったようで、本書の対談の中で「あれ、むかつきますよ、勝ってんのに」と口を尖らせているのが微笑ましいです。
第四章:研究競争のリアリティ 第68期名人戦第二局
私が思わず声を上げた、伝説の 61手目▲5三歩の対局です。将棋自体は専門的に横歩取り8五飛戦法に対する新山崎流で、38手目▲2三歩に同金と応じたことが注目のポイントです (様々な応手がありますが、王座戦羽生-山崎戦では△3三銀!という手が指されています)。この後、羽生名人の 61手目▲5三歩のおかげで△2三同金という手は成立しないとされました。さらに専門的な話では、54手目△6二金に批判があったので、△4二金とする将棋が直後に指されましたが、▲9六歩から角を覗く手が好手で、39手目△2三同金の時点では既に先手良しが結論のようです 。▲5三歩は、研究将棋の鬼とされる三浦九段に対して、羽生名人が得意戦法「横歩取り」に飛び込み、その戦型で 3連勝したシリーズの中で、究極の輝きを見せる手でした。
第五章:現代将棋における後手の本質 –第81期棋聖戦第一局
2手目8四歩問題の根っこにある同型角換わり腰掛け銀。先手後手優劣がつかず永年戦われてきた戦型ですが、最近は先手の方に分があるようです。そこで深浦王位が後手を持って、若干先手指せそうとされる定跡に飛び込み、66手目△3三同桂の新手を披露しました。しかし、先手▲4五桂~6九桂の好手があり、先手が制勝しました。この将棋には裏話があり、どうやらどう転んでも△3三桂は成立しないことがその後の研究で明らかになってしまいました。つまり、結論が研究で出てしまった以上、その手順を今後の公式戦で目にすることはないということです。凄まじいプロの世界ですね。該当する羽生名人のインタビューを引用します。
現代将棋における後手の本質
ただ、答えから言いますと「△3三桂は、もうダメ」っていう結論が出ちゃったんですね。
あとで調べてみたら、▲4五桂ではなく、▲2二とから△4九馬▲7四桂△同金▲5三馬△5八馬▲7二歩△同飛▲6二金△4二金▲4五桂△5三金▲同桂成△6二飛▲同成桂で後手玉に必死がかかるんですが、ここで先手玉が詰むかどうか、という話なんですが・・・。詰まなければ、先手が勝ちですよね。私は、先手玉は絶対に詰んでしまうから、この変化は先手負けと対局中は思っていたんです。だから▲2二とから▲7四桂とは指さなかったんですね。でもあとで調べてみたら、これが詰まないんですよ。
でも、す・ご・い・長・い・変・化・な・ん・で・す・よ。
(略、盤上で駒を動かして 45手進める)
これが詰まないということで、ははははははは (爆笑)。
(略)
でもここでいちばんの問題は何かと言うとですね・・・。「△同桂がだめだった」と結論が出ちゃうと、今並べた長い手順、もう絶対に公式戦で現れなくなってしまうんですよ。せっかく考えたこの面白い手順が、どこにも記録されずに、消えていってしまう。貴重な局面と貴重な手順が全部消えてしまうんですよ。こういうのを全部、きちんと残しておかないと。もう二度と出ないものだからこそ、ちゃんと残さないと・・・。
研究の功罪を思い知らされた気がしました。
さて、「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」の答えですが、「コレ」というのを示すことは難しくて、本書を通読すると何となく見えてくる気がします。ある程度将棋を指せる方に読んで頂きたい本ということで紹介しました。