さらば脳ブーム
「さらば脳ブーム (川島隆太著、新潮新書)」を読み終えました。際どい話が一杯で面白かったです。川島氏は脳トレの開発者です。ブームには反動があるのが付きもので、彼は一時週刊誌などでかなり叩かれたことがあります。今回の話にはその反論と反省の内容も織り込まれています。面白かった部分を簡単に紹介します。
・高齢者の学習療法を開発したが、財務官僚に「金がかからない」ため、施策にのぼることはないと断言された。金がかかる装置の方が人々の懐が豊かになるので好ましいらしい。
・脳トレに関する根拠を書籍の中には書いていたが、レフェリーのいる雑誌の論文にしていなかったことや、単純化した表現で宣伝したため誤解を招いたことは反省材料。
・読み書き計算をすれば前頭前野が働く一方、ゲームをすると前頭前野に抑制がかかることが研究で明らかになった。それを英国のタブロイド紙に話すと、「ゲームは子供の脳を破壊する」というセンセーショナルな記事が書かれてしまった。
・大学の設備を使って行った研究の対価が個人の懐に入るのはおかしいと考えたのが、脳トレの報酬12億円を断った根拠である。
・茂木氏は本を書いたり講演することが主な生業となっているのだから、(学者ではなくて)ジャーナリストなり芸脳人などと称すれば良いのにと思う。
・学術的内容を社会に啓蒙するツールとして、現在のテレビは不適当である。「テレビの制作側は、メッセージとして出す情報の価値に重きをおくのではなく、情報を発信する個人の商品価値を高めようとする。その個人を露出することによって視聴率を稼ぎ、スポンサーから収入を得ることに血眼になっている。そんな彼らに踊らされて作り上げられた脳ブームなら、さっさとなくなってしまえと願っている」
川島教授のことは名前しか知らなかったのですが、彼の研究内容に関する部分を読んで勉強になりましたし、研究者としての矜持に好感を持ちました。エセ脳科学者が跋扈する時代、まっとうな学者さんですね。
で、以下は私の雑感です。研究というのは、課題を単純化した方が評価しやすいので、川島教授のおっしゃる「読み書き計算」は研究として形になりやすいと思います。しかし、計算以外で前頭前野が賦活するものも他にある筈です。無味乾燥な読み書き計算よりも、芸術とか、もっと楽しい課題であってくれればよいのになぁと感じました。ただ、それらは定量する術がないのでサイエンスになりにくいでしょうね。
最後に、脳トレブーム時の川島教授へのバッシングがどんなものであったか、川島教授が週刊朝日から被った取材被害について顕著な部分を引用します。報道が恣意的にされることがあるとする格好の事例ですし、そうした報道から情報を得るときには、留意しなければいけませんね。
第四章 出過ぎた杭でもやはり打たれる
特に、『週間朝日』の取材と記事は酷く、「私の意見も聞いてくれる」とのことで取材を受けることになったが、取材の申し込みの段階から、最初から結論ありきの態度がありありで、険悪な雰囲気であった。私は取材の時には、デジタルレコーダーを机の上に出して、「私の発言を歪めて記事にされないよう、証拠として全て録音します」と宣言して取材を受けたほどであった。
しかし結局、取材時に私が提示した、海外での有効性を検証する事例は完全に無視して、まさに批判のための批判、悪意のこもった意図的編集がなされていた。また、私になんの断りもなく、私の顔写真まで記事に掲載する始末であった。あまりにひどい記事と取材態度に、大学の顧問弁護士と相談して、内容証明で朝日新聞東京本社に抗議を行い、後日、当時の週間朝日編集長から、写真の無断使用に関しては正式にわび状を受け取っている。恣意的な悪意のこもった記事については、「表現の自由」なのだそうだ。その後、この記事に追従する動きが全くなかったのが幸いであるが、思い出したくない記憶の一つである。