熱い会社ですね。何故、世界をリードする IT企業であり続けるのか、わかるような気がしました。
「自動車・通行実績情報マップ」には御世話になりました。
地震、その時Googleは 「1秒でも惜しい」と怒涛の開発、海外にもバトンつないで
ITmedia News 4月5日(火)10時4分配信
3月11日金曜日。東日本大震災の直後から、六本木ヒルズ(東京都港区)26階にあるGoogle日本法人のオフィスの一角に、技術者など十数人のスタッフが集まっていた。小さなこたつ机を囲み、ひざを突き合わせる。「われわれに何ができるのか」――真剣な議論と開発の日々が始まっていた。
●「いかに早くリリースするか」 オフィスを小走りで移動、リポDの山も
こたつ机を囲んだメンバーの1人が牧田信弘プロダクトマネージャーだ。普段はモバイル向けGoogleマップを担当しているが、地震後はすぐに米国オフィスと連絡を取った同僚とともに、人の消息情報を登録・検索できる「Person Finder」の準備に取り掛かった。
Person Finderは、昨年1月のハイチ地震の際にGoogleが公開したシステム。昨年2月のチリ地震や今年2月のニュージーランド地震でも利用されている。牧田さんらはPerson Finderのユーザインタフェースを日本語化し、地震から2時間足らずで公開した。
被災地からも手軽にアクセスできるよう、すぐに携帯電話版の開発にも着手。その日のうちにリリースした。口頭で伝えやすいよう、Person Finderの短縮URL「http://goo.gl/sagas」も準備したほか、災害情報をまとめた特設ページも用意した。
牧田さんらはオフィスに泊まりこみ、睡眠もほとんどとらず、開発を続けていた。「いかに早く(サービスを)立ち上げるか」に注力。「1分1秒でも惜しい」と、オフィスで10メートルほどの距離を移動するにも小走りだった。「直接話したほうが早い」と、打ち合わせはチャットを使わず、顔を見ながら進めた。「ベース(基地)だった」というこたつ机には、栄養ドリンク剤「リポビタンD」の山ができた。
●海外オフィスのスタッフも協力 丸い地球でバトン渡して
その後もGoogleは震災対応のサービスを立て続けに公開していく。計画停電情報をまとめたGoogle マップ、翻訳アプリ「Google Translate」の日本語向け機能強化など、2週間のうちに30件ほどリリース&アップデートした。
本田技研工業からデータ提供を受けて始めた「自動車・通行実績情報マップ」や、TBSやテレビ朝日などが撮影した被災者からのメッセージ動画を集めたYouTubeの特設チャンネルのように、他社との連携も積極的に進めた。
震災関連のプロジェクトリストを作って社内で公開すると、手の空いている技術者がすかさず協力を申し出る――そんな状況だったという。米国やオーストラリア、韓国などGoogleの海外オフィスのスタッフも開発に加わっていった。
日本のスタッフが寝ている間に海外のスタッフが代わりに開発し、朝起きたら完成している――というケースもあった。「Googleはグローバル企業なので、時差のあるところに誰かがいてサポートできる。丸い地球でバトンを渡しながら開発が進んでいた」。
●Googleがボランティア募集、5000人協力
3月14日に公開した避難所名簿共有サービスは、技術者ではないスタッフの発案だった。Google日本Blogは「未曾有の大地震と津波の被害に遭われた皆さまのために私たちができることができないか、ずっと考えています。その中で、ひとつのアイデアを実行に移すことにしました」と紹介した。
避難所名簿を写真に撮ってメールで送ると、自動でPicasaウェブアルバムにアップロードし、全体公開する仕組み。さらにGoogleの約200人のスタッフが手作業で写真の情報をテキストに起こし、Person Finderに入力していった。走り書きのメモなど不鮮明な写真も多い中、間違いは許されない根気のいる作業。「みんな血眼になっていた」。
投稿写真が増えるにつれ、Person Finderへの入力作業が追いつかなくなったため、ユーザーにも協力を呼びかけた。集まったボランティアは5000人。入力作業の手順をまとめたWikiページを自発的に作ったユーザーもいた。
PicasaからPerson Finderへ登録した情報は3月29日時点で14万件にのぼった。Person Finderには警察やマスメディアが提供した情報も加わり、現在は60万件以上が登録されている。「Person Finderのおかげで親戚の無事が分かった」と、感謝を伝えるはがきもGoogleに届いた。ネットなどで見かける「ありがとうGoogle」という言葉を励みにしていたと、牧田さんは語る。
震災後、必要とされる情報は日々変化している。Googleが提供するサービスの中心も、Person Finderなどの安否情報から、今後は生活情報へシフトしていく予定だ。「インターネットにアクセス不可能な地域の方に、どのように情報をお届けできるかについては、引き続き模索していく」――Google日本ブログにはこんな宣言も載っている。
現在、Google日本法人のスタッフは以前と変わらず主に東京のオフィスで仕事を続けている。一部の社員は震災後、普段の業務そっちのけで、震災関連のサービス運営にあたってきた。「20%ルールどころか100%フル稼働」と明かす。
「我々のミッションは、情報を整理していかに早く見やすく届けるかということに尽きる。散らばった情報を1つにするのはわれわれにしかできない。疲れていても元気です」と牧田さん。Googleの挑戦は続いている。【宮本真希,ITmedia】