SWEDDs
Parkinson病は、中脳黒質のドパミン神経細胞を主体とした変性を生じ、典型的には筋強剛 (rigidity) や静止時振戦 (resting tremor)、運動緩慢 (bradykinesia)、姿勢保持障害 (postural instability) といった Parkinson症状を呈する疾患です。ドパミン神経細胞の脱落が症状の原因となっていますので、ドパミンを内服で補充する治療などが行われ、それなりの治療効果を得ることが出来ます。
Parkinson病の鑑別診断としては、Parkinson症状を来す多岐に渡る疾患、すなわち各種変性疾患、薬剤性 Parkinsonism, 脳血管性 Parkinsonism・・・などが挙げられます。神経内科医は、頭部 MRIや脳血流 SPECT, 心筋 MIBGシンチといった検査を使い、診断を勧めていきます。海外では、放射性物質を使って脳内のドパミン・トランスポーターを調べる “DaT SPECT (dopamine transporter single photon emission computed tomography)” という検査を保険適応で行う国もあるそうですが、残念ながら日本では保険適応ではなく、自費診療であってもごく一部の病院でしか検査できません。この DaT SPECTでParkinson病の患者さんを調べると、ドパミン神経細胞の脱落を反映した所見が得られます。
近年、こうした診断技術の進歩と共に新しい概念が話題になってきています。それは “Scans without evidence of dopaminergic deficit (SWEDDs)” という概念です。わかりやすく言うと、どうみても Parkinsonなのだけど、”DaT SPECT” の正常だという症例が報告されるようになったのです。これらの患者さん達は、これまで全て Parkinson病と診断されてきましたが、DaT SPECTの結果から想像されるとおり、治療としてドパミンを投与しても効かず、Parkinson病とは別の病気ではないかといわれています。当然「SWEDDsとは何なのだろうか?」という疑問が出てきますが、Parkinson病ではない幾つかの疾患 (本態性振戦、鬱病、脳血管性 Parkinsonism、心因性 Parkinsonism, ドパミン反応性ジストニア、supranigral parkinsonism) の寄せ集めだろうという意見があります。
最近 SWEDDsに関する興味深い論文を読みましたので、紹介します。
“Schwingenschuh PS, et al. Adult onset asymmetric upper limb tremor misdiagnosed as Parkinson’s disease: A clinical and electrophysiological study. Mov Disord 2010; 15: 560-9“
(方法/結果)
SWEDDs患者 25名、振戦優位型パーキンソン病 12名、一次性体節性ジストニー 7名, 本態性振戦 8名、正常コントロール 7名について、いくつかの評価を行った。
臨床スタディー:
①患者背景と病歴
発症年齢は、
SWEDDs群 (平均 57.0歳) と パーキンソン病群 (平均 60.6歳) でほぼ同じであった。家族歴は、SWEDDs群の 52% (振戦 4名、Parkinsonism 9名) で認めたが、パーキンソン病群では 17% (振戦 1名、Parkinsonism 1名) に留まった。パーキンソン病群の中で、パーキンソン病以外の診断を下された者はいなかったが、SWEDDs患者の全員が過去にパーキンソン病と診断されたことがあり、更に 16%の患者が別の病気の診断 (本態性振戦、多系統萎縮症、心因性) を下されたこともあった。アルコールでの改善効果は SWEDDs群の 32%で認めたが、パーキンソン病群では認めなかった。
②治療
トリヘキシフェニジル、プロプラノロール、クロナゼパムなどの治療により、SWEDDs群の 40%に何らかの治療効果があったが、ドパミン補充療法は全く効果がなかった。一方、パーキンソン病群では、ドパミン補充療法を中心に、92%に治療効果を認めた。
③臨床的特徴 (論文 Table.1を参照)
SWEDDs群では、パーキンソン病に比べて頭部の振戦が多く、振戦の左右差が目立った。また、ジストニーの要素も多く診られた。指や下肢の反復動作時における速さ、振幅の漸減 (fatiguing, decrement) はパーキンソン病群で顕著であった。
④評価スケール
NMSQest (nonmotor symptoms questionnaire for PD) と HADS (Hospital Anxiety And Depression Scale) を用いて、非運動症状を評価した。流涎、咀嚼嚥下障害、便秘、説明不能な疼痛、説明不能な体重減少、想起障害、興味の消失、性的能力の低下、活動中の過度の眠気、不眠、複視などの非運動症状は、パーキンソン病で有意に多かった。
振戦の解析:
全ての患者は、中枢神経に影響を及ぼす可能性のある薬剤を 24時間以上中止して評価した。振戦の評価には加速時計を用いた。
①周波数 (Fig. 1を参照)
パーキンソン病、SWEDDs, 本態性振戦、体節性ジストニーの各群間での周波数の差は見られなかった。一方で、静止時振戦 (平均 5.3 Hz), 姿勢時振戦 (平均 5.8 Hz), 運動時振戦 (6.8 Hz) と、振戦のタイプでは違いが見られた。
②振幅
パーキンソン病は、SWEDDs, 本態性振戦、体節性ジストニーと比べて、有意に振戦の振幅が大きかった。静止時振戦、姿勢時振戦、運動時振戦といった振戦の種類の違いでは振幅に差は見られなかった。
パーキンソン病の振戦の振幅は、安静時に最大であり、継いで姿勢時が大きく、運動時は最小であった。対照的に、体節性ジストニーや本態性振戦では、振戦の振幅は運動時に最大であった。SWEDDsでは、姿勢時と運動時の振戦の振幅が静止時と比べて大きかったが、統計学的に有意ではなかった。
③Re-emergent tremor
SWEDDsと体節性ジストニーでは、姿勢によらず持続する振戦が見られた。9名のパーキンソン病患者のうち 8名では姿勢時振戦の要素があり、このうち 6名の患者では (手を肩の高さに挙上するなどして) 静止時から姿勢時に移行したときに、一時的に振戦が止まった (= re-emergent tremor)。
④経頭蓋磁気刺激
パーキンソン病は、SWEDDs, 本態性振戦、体節性ジストニーの各群間で差を認めなかった。
⑤連合性ペア刺激 (Paired associative stimulation; PAS) (Fig. 2を参照)
脳の可塑性を評価するため、末梢神経の電気刺激と運動野の経頭蓋磁気刺激を用いた連合性ペア刺激を行い、短母指外転筋 (abductor pollicis brevis; APB) と第一背側骨間筋 (first dorsal interosseous; FDI) で刺激前 (baseline), 刺激直後 (T0), 15分後 (T15), 30分後 (T30) に記録した。
健常コントロール群では APBで T15に運動誘発電位 (MEP) の振幅増加を認めた。体節性ジストニーと SWEDDsでは APBと FDIで、T15, T30に MEP振幅増加を認めた。パーキンソン病ではいずれも振幅増加を認めなかった。本態性振戦では APBで T15と T30に MEP振幅増加を認めた。
(考察)
1) SWEDDs患者がパーキンソン病ではなかったという根拠は何か?
当初診断のつかなかった振戦ないしパーキンソン症状を呈した患者を、前向きに 3年間調査した研究があり、DaT SPECTの方が臨床診断より過剰診断されにくかったと (臨床診断:感度 93%, 特異度 46%, DaT SPECT 感度 78%, 特異度 97%) 報告されている (Marshall VL, et al. Parkinson’s disease is overdiagnosed clinically at baseline in diagnotically uncertain cases: a 3-year European multicenter study with repeat [123I]FP-CIT SPECT. Mov Disord 2009: 24; 500-8)。著者らの症例は、平均発症 6.5年経過しており、5例については最初の検査から 2年後に再検査しているため、偽陰性は考えにくい。
また、今回の研究ではパーキンソン病患者の 92%に治療効果があり、SWEDDsの 40%しか治療効果がなかった。特に L-Dopaへの反応に顕著な差があり、SWEDDsではドパミン製剤をやめても増悪しなかった。これらは過去の報告と合致している。パーキンソン病では L-dopaが効きやすく、剖検で確定診断されたパーキンソン病患者の 94-100%で L-dopa反応性の良い時期があったという報告も存在する。
UK PDSBB診断基準では、運動緩慢 (bradykinesia) はパーキンソン症候群に特異的とされている。この「運動緩慢」というのは、単に動作の始まりが遅いというのではなくて、反復した動作のスピードや大きさが徐々に小さくなっていくものと定義される。この定義を当てはめれば、DaT SPECTで異常を来したパーキンソン病患者に対して感度 96%、特異度 75%となる。今回 SWEDDs患者では 1名のみ疑陽性であった。しかしながら、振戦優位型パーキンソン病患者では、これを満たす患者は少なかった (今回のスタディーでは 25%)。大切なことだが、動きが遅いとか運動の振幅が小さいことのみで パーキンソン病と SWEDDsを鑑別することはできなかった。
非運動症状は、パーキンソン病>SWEDDs>健常コントロール群であった。
パーキンソン病と SWEDDsでは振戦にいくらかの違いがあった。頭部の振戦はパーキンソン病患者では見られず、SWEDDsでは 32%に見られた。Re-emergent tremorはパーキンソン病患者の 20%で見られたが、 SWEDDsでは見られなかった。しかし、振戦の多くの特徴は、両群間でオーバーラップしていた。
PASに対する反応は、パーキンソン病と SWEDDsではっきり異なっていた。パーキンソン病ではドパミン欠乏のせいで、低頻度反復刺激を与えられても、運動野のシナプス結合の強さを変えることが出来ない (脳の可塑性の障害がある) と推測される。
2) SWEDDs患者がジストニーという仮説を支持する根拠には何があるか?
SWEDDs群の 84%にジストニアの徴候が見られた。また、母指を伸展させるような振戦、jerkyな動き、動作/姿勢特異的振戦といったジストニー振戦の特徴も、SWEDDsでは一般的だった。SWEDDs患者の 96%がジストニー振戦の特徴を 2つ以上備えていた。このことは、臨床的に SWEDDs患者はジストニー振戦かもしれないという仮説を支持する。振戦優位型パーキンソン病の 1/3においてもジストニーは観察されるが、それは主として治療に関連したものである。
反復運動の遅さと振幅の小ささは肢節ジストニーの臨床特徴である。そして一次性ジストニーには非典型的である反復動作時における速さ、振幅の漸減を伴った真の運動緩慢は、 SWEDDs患者 1名に見られるのみであった。振戦の分析では、体節性ジストニー、本態性振戦でそうであるように、SWEDDs患者群も主として運動時振戦であった。
PASのデータでは、体節性ジストニーと SWEDDs患者は同様の傾向を示した。
3) SWEDDs患者が本態性振戦であるとする根拠はあるのか?
アルコールへの反応や、家族歴は、本態性振戦かもしれないという指摘を支持する。しかし、これらは一次性ジストニーでも通常見られる。
本態性振戦は、手や腕に生じる、両側性でほぼ左右対称性の姿勢時、動作時振戦である。SWEDDs患者では片側性だったり左右差が目立つという点で異なる。また、PASのデータも、SWEDDsは本態性振戦よりむしろジストニーに近い。
(結語)
今回の研究結果からは、SWEDDsは成人発症ジストニー振戦が最も近いと思われる。
コストの面から考えると、ロピニロール 9 mgと レボドパ 300 mgを内服すると、5年間で 9715ポンド (1ポンドは 130円) となる。しかし DaT SPECTの約 800ポンドの負担は、本来必要ないドパミン補充療法を永年続ける経済的負担よりも価値が大きいだろう。
Parkinson病の診断、病勢評価に DaT SPECTが有用であることを考えると、この検査が日本で普通に出来ないのはかなり残念なことです。少なくとも、SWEDDsの確定診断は、DaT SPECTなしではできません。かなりの数の SWEDDs患者さん達が、本来必要ではない薬を飲んでいると推測されます。
また、抗パーキンソン病薬が病気の進行を遅らせるかどうか、DaT SPECTは客観的なデータを与えてくれると思いますが、日本では検査が難しいので、こうした研究も海外の後塵を拝することになりそうです。
これらの状況を考えると、DaT SPECTが日本でも早く保険適応になって欲しいものです。
一方で、DaT SPECTは検査出来なくても、今回の論文のような臨床的特徴を備えた患者さんは、SWEDDsを念頭に置いた対応が必要なのでしょうね。
ELLDOPA試験に約15%のSWEDDsが含まれていたという総説があり、調べていたら、貴サイトに行きつき、興味深く拝見させて頂きました。
基本的なことをお聞きして恥ずかしいのですが、これは「スウェッズ」と読むのでしょうか。
初めまして。
仰るとおり、「スウェッズ」と発音するのが一般的かと思います。