だお?

By , 2012年1月6日 8:42 AM

2011年末に驚くべきタイトルの記事を見つけました。筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の原因がわかったかのようなニュースだったのでビックリして論文を読んでみたところ、「発症メカニズム解明」とまでは言えないようでした。かなり誤解した方の多い記事だったので、論文の内容を簡単に紹介したいと思います。

 難病ALS、発症メカニズム解明…九大・慶大

九州大と慶応大の研究チームは27日、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症メカニズムをマウス実験で解明したと発表した。

脊髄で分解酵素の働きが低下し、神経を活性化させるアミノ酸「Dセリン」が増加、蓄積するため、筋肉の萎縮を引き起こすという。「酵素の活性を高める方法が見つかれば、治療薬の開発も期待できる」としている。研究成果は米科学アカデミー紀要(電子版)にも掲載された。

ALSは脊髄内で筋肉を動かす運動神経が障害を受け、次第に全身の筋肉に力が入らなくなる病気。全国に約8500人の患者がいるとされる。詳しい原因は不明で、根治的な治療法も見つかっていない。

研究チームは、遺伝子操作を受け、ALSと同じように脊髄の運動神経に障害を持つマウスで実験。脊髄内のアミノ酸の量を調べたところ、Dセリンが健康なマウスの約3倍に増え、蓄積していた。さらに、Dセリンの増加を抑える分解酵素「DAO」の働きが、通常の半分に落ちていることもわかった。

(2011年12月27日23時10分 読売新聞)

まずは実際の論文のリンク先を示します。

D-Amino acid oxidase controls motoneuron degeneration through D-serine

以下、論文の表現を引用しながら、内容を簡単に説明していきます。

 D-アミノ酸酸化酵素 (DAO) は D-セリンを介して運動ニューロン変性を支配する

(背景)
ALSの 90%は孤発性で、残りは遺伝性です。遺伝性 ALSの 20%が superoxide dismutase 1 (SOD1) 異常であり、10%が 43-kDa transactivation response DNA-binding protein (TDP-43) や fused in sarcoma/translocated in liposarcoma (FUS/TLS) 異常と関係があります。

N-methyl-D-aspartate (NMDA) 受容体はグルタミン酸受容体の一つで、ある条件下で活性化し、様々な生理的、あるいは病的作用を発揮します。NMDA受容体の面白いところは、受容体の別の部位に「ある物質」がくっつかないと、受容体にグルタミン酸が結合できないところです。「ある物質」が今回報告された「D-セリン」です。

「”D” って何のこと?」というのがわからないと「D-セリン」とか 「DAO」というのがしっくり来ないかもしれません。まともに論じるとややこしいのですが、簡単に言うと、アミノ酸には構造が同じでも鏡に映したように左右が反転した二つの形が存在し、それぞれ “L” とか “D” と呼びます。そして、セリンというアミノ酸の “D” 体のことを「D-セリン」と呼びます。D-セリンは、セリン・ラセマーゼという酵素の作用で L-セリンから作られ、前脳に多く存在します。そして、長期記憶に関わっているとされますが、一方でNMDA受容体を介した神経毒性に関与しているともされています。

D-アミノ酸酸化酵素 (DAO) は D体のアミノ酸を分解する酵素です。ALSのごく一部の患者さんでは、DAOの遺伝子変異が指摘されています。

(方法)
SOD1に G93Aという変異を入れた ALSのモデルマウス (mSOD1) を用いて、DAOの活性、D-serineの蓄積などを調べました。

(結果)
①DAO活性は、モデルマウスの網様体脊髄路のアストロサイト (星状膠細胞) において、大幅に減少していました。
②DAO活性低下の結果、D-セリンは分解が抑制され、大幅に増加しました。
③DAO活性低下の原因は、NMDA受容体/ERK経路が介在した DAO遺伝子の発現抑制によるものと思われます。

(考察)
NMDA受容体と ERK経路についてが主体 (話が難しくなるので割愛)。

(結語)
運動ニューロンにおける DAOと D-セリンの役割について明らかにしました。DAO活性をコントロールしたり、D-セリンを抑えたりすることが、ALSの治療につながる可能性があります。

論文としては素晴らしい報告だと思います。グルタミン酸受容体といえば、2004年に東大が ALSにおける AMPA受容体の subunitの RNA編集異常を Nature誌に報告するなど、AMPA受容体の方に注目が集まっていました。この論文はグルタミン酸受容体の中でも AMPA受容体ではなくて NMDA受容体を介した異常について明らかにしたのが驚きでした。

しかし、ALSという病気の原因解明は非常に難しく、読売新聞が書いた「解明」という言葉にはまだまだです。

最大の問題として、このデータはあくまで SOD1変異マウス及び DAO変異マウスに限定されます。SOD1や DAO異常を伴った ALSは ALSの中でも極一部です。最近の病理学的見地からは、SOD1異常を伴った ALSと、大部分を占める孤発性 ALSには、別の機序が病気の原因なのではないかという意見があるほどの違いがあり、SOD1変異マウスのデータを孤発性 ALSにそのまま当てはめることが出来るかは疑問です。詳しくは、下記のブログ記事を読んでみてください。

ALS 研究における失われた10年?

実際に論文の著者らも、別の ALSモデルである TDP-43変異マウスでは、DAO活性が低下していなかったことを認めています。

一方、2007年の著者らの論文は、孤発性 ALS患者の脊髄に D-セリンが増加していたことを示しています。しかし、免疫組織学的検討なので定量性を論じるには弱く、更に D-セリンが増加していたのは 3例中 2例でした (全例ではない)。加えて、孤発性 ALSでの DAO活性低下を示したデータはありません。孤発性 ALSでの D-セリンの蓄積が神経変性の「原因」なのか「結果」なのかなどには、今後の研究を見守る必要がありそうです。

・・・今回読んだ論文の内容は以上にして、私は今から「神経変性疾患に関する調査研究班 分科班『病態に根ざした ALSの新規治療法開発』」という班会議に行ってきます。

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