感覚性ニューロパチーと抗FGFR3抗体
Journal of Neurology Neurosurgery Psychiatry (JNNP) 誌に、非常に興味深い論文が掲載されました (2015年1月27日 online published)。
Antifibroblast growth factor receptor 3 antibodies identify a subgroup of patients with sensory neuropathy.
[Introduction]
感覚性の末梢神経障害は、感覚神経の細胞体が障害される、ないしはその軸索が障害されることが特徴である。細胞体 (後根神経節) が標的となる場合 “sensory neuronopathy (SNN)” と呼ぶ。SNNは、傍腫瘍症候群、HIV, シェーグレン症候群などに合併することから、免疫介在性の一群があると考えられてきた。しかし、傍腫瘍症候群の一部では抗体が見つかっているものの、それを除くとバイオマーカーとして信頼に足るものはない。
[Methods]
純粋感覚性ニューロパチー患者 106名のうち、72名が SNNの診断基準を満たした (※論文では “SSN” 診断基準と表記されていますが恐らく誤植)。SNN診断基準を満たす感覚性ニューロパチー患者の内訳は、傍腫瘍性 6名、中毒性 10名、遺伝性/家族性 4名、免疫性 (dysimmune context) 20名、特発性 32名であった。SNN診断基準を満たさない感覚性ニューロパチーの内訳は、特発性 14名、免疫性 18名、中毒性 2名 (化学療法) であった (※「免疫性 (immune context)」にはシェーグレン症候群, SLE, ループスアンチコアグラント陽性, 単クローン性免疫グロブリン血症, 炎症性リウマチ, 炎症性腸疾患が含まれる)。コントロール群は、運動感覚ニューロパチー 41名、他の神経疾患 59名、全身性自己免疫性疾患 51名、健常人 65名であった。
Protein arrays: 血清を希釈し、ProtoArray V.4.2を用いて解析した。この arrayには、Alexa Fluor 647でラベルした抗ヒト IgG抗体が結合されており、適度な波長のレーザー光で励起するようになっている。また、この arrrayは、Sf9 insect cellに発現した、GST-tagのついた 8000種類のヒト蛋白質を含んでいる。
ELISA: 組換蛋白質である FGFR3の細胞内ドメイン、全長 FGFR1, FGFR2を固相化した。サンプルを一晩反応させた後、horseradish peroxidaseでラベルした抗ヒト IgG抗体を加えた。
Cell-based assay: 全長 FGFR3, FGFR3 細胞外ドメインである TRK1, TRK2, FGFR3 細胞内ドメインにそれぞれ EGFPタグを付け、HEK293細胞に transfectionし、患者血清と反応させた。TRITCラベルした抗ヒト抗体で検出した。
Immunocytochemical study on sensory neuron: 培養したラットの後根神経節細胞 (DRG) を FGFR3細胞内ドメインないし CRMP5と反応する抗体と反応させた。
[results]
Protein arrays: SNN群では、非傍腫瘍性 SNN 16名中 7名で、FGFR3の細胞内ドメインに結合する抗体が検出されたが、コントロール群では検出されなかった。
ELISA: 抗FGFR3抗体は、感覚性ニューロパチー 106名中 16名で検出され、コントロール群 211名中 1名で検出された。Protein arrayで陽性だった 7名は、全て ELISAでも陽性だった。SNN診断基準を満たす純粋感覚性ニューロパチー患者のうち抗 FGFR3抗体陽性は 72名中 9名であった。SNN診断基準を満たさない純粋感覚性ニューロパチー患者のうち FGFR3抗体陽性は 34名中 7名であった。感覚性ニューロパチー 106名のうち、免疫性 38名中 11名、特発性ニューロパチー 46名中 5名、その他の神経疾患 22名中 0名が抗 FGFR3抗体が陽性だった。コントロール群で唯一抗 FGFR3抗体陽性となったのは SLE患者だった。抗 FGFR3抗体の感度、特異度、陽性的中率、陰性的中率は、それぞれ 19%, 99.6%, 94.1%, 77.3%であった。
Cell-based assay: ELISAで抗 FGFR3抗体陽性となった 17名のうち 12名 (5名分はこれまでの実験で全て使ってしまったため使えなかった) の血清と、抗体陰性患者 10名の血清を解析した。その結果、ELISAで陽性になった 12名のうち 5名で免疫反応性を認めたが、ELISA陰性であった患者で免疫反応性を認めたものはいなかった。このことから、ELISAは cell-based assayに比べて感度が良く、特異度は同等と言える。次に FGFR3の各ドメインに対しても検索した。健常者の血清で FGFR3の全長及び各ドメインに反応を示したものはなかった。ELISAと cell-based assayで抗 FGFR3抗体が陽性であった患者 4名の血清を用いた解析では、4名ともFGFR3細胞内ドメインへの免疫反応性を認めた。全長 FGFR3への反応は 4名中 3名で確認された。FGFR3の細胞外ドメインである TRK1, TRK2への反応性を示したのは 4名中 1名であった。さらに、FGFR3以外の FGFRファミリーついて検索した。FGFR4は protein assayのキットに含まれていた蛋白質であったが、抗 FGFR3抗体陽性 SNN患者の血清であっても、反応を示したものはなかった。組換 FGFR1と FGFR2を用いた ELISAでは、FGFR1との反応はみられなかったが、FGFR2は抗 FGFR3抗体陽性患者 10名のうち 2名で cross-reactが見られた。コントロール群での cross-reactはなかった。
Immunocytochemical study on sensory neuron: 抗 FGFR抗体が、ラットの感覚神経、後根神経節細胞、三叉神経に結合することがわかった。FGFR3は、大径および小径の感覚神経に発現していた。抗FGFR3抗体陽性患者の IgGは感覚神経の細胞質で抗 CRMP5抗体と共局在した。FGFR3は核と細胞質に局在しているが、核には到達していないと推測される。
Clinical pattern of SN in patients with anti-FGFR3 Abs: 抗 FGFR3抗体が検出された 17名のうち 16名に感覚性ニューロパチーを認めた。残りの 1名は SLE患者だったが、本当に末梢神経障害がないか、著者が直接確認したわけではない。16名中 10名が女性で、6名が男性だった。年齢は 18~73歳 (中央値 47歳) だった。発症は急性が 2名、亜急性が 4名、進行性が 10名だった。神経障害は 15名中 13名が “non-length-dependent (手袋靴下型ではない分布)” であり、SNN診断基準を満たしたのは 11名中 9名だった。7名に疼痛が存在し、5名で顕著だった。9名に失調がみられた。12名に自律神経障害がみられた。髄液は 9名中 5名で異常だった。電気生理学的検査では、11名中 10名で SNNに合致したもので、small fiber neuropathyを呈した 1名のみ正常だった。6名での神経生検では、中等度~高度の髄鞘線維脱落があったが、クラスター化はなかった。16名のうち 10名では、明らかな全身性免疫疾患はなく、抗核抗体、抗 SS-A抗体、抗 SS-B抗体は認めなかった。1名は HIV感染があった。10名中 3名では、数ヶ月~数年後に全身性免疫疾患を発症した。そのため、最終的に全身性免疫疾患に合併したのは 16名中 9名となる。
[conclusions]
後根や三叉神経が侵される感覚性ニューロパチーには抗 FGFR3抗体が検出される一群が存在する。
“Sensory neuronopathy” は、悪性腫瘍や自己免疫疾患に合併するため、何らかの免疫学的異常が関与しているとは思っていましたが、ついに傍腫瘍症候群以外で抗体が検出されたのですね。画期的な論文だと思います。今後は、他にも抗体がいくつか見つかってくるのではないかと思います。抗 FGFR3抗体は特異度や陽性的中率が高いという特徴があり、診断に役立ちそうなので、早く商業ベースで検査できるようになって欲しいものです。
ちなみに、”Sensory neuronopathy (Sensory dorsal ganglionopathy)” については、2011年の New England Journal of Medicine (NEJM) に掲載された、MGHの case recordsが良く纏まっています。神経内科医必読と思います。
Case 14-2011 — A Woman with Asymmetric Sensory Loss and Paresthesias
話は変わりますが、ごく最近の NEJMの MGH case recordsで、”Case 3-2015 — A 60-Year-Old Woman with Abdominal Pain, Dyspnea, and Diplopia” が面白かったです。MGH case recordsではありませんが、同じ NEJMの “D Is for Delay” も神経内科医にとって教訓的でした。