演奏家の手

By , 2007年9月14日 10:16 PM

「演奏家と手」というテーマを考えると、様々なアプローチがあると思います。

医学的アプローチから、今のところ資料がそろっているのが「パガニーニの手」、現在資料を集めているのが「シューマンの手」。それらについては、今後の約束として、今日紹介するのは職業病としての手の症状です。

練習や演奏により体を痛め、悩んでいる演奏家は多いと思います。しかし、それに対する医学的知見は乏しいのが現状です。しかし、演奏家の手の症状についてまとめた論文を見つけました。発表したのは、世界最高の病院の一つ、Massachusetts general hospital (MGH) の医師達です。

Hochberg FH, et al. Hand difficulties among musicians. JAMA 249: 1869-1872, 1983

この論文は、職業に関連した症状を訴える演奏家100名についてまとめています。非常に示唆に富む論文だと思います。医学的知識が無くても読めるように纏めてみました。

-Patients and method:患者と研究方法-
100名の患者は、男性53名、女性47名でした。年齢は16歳から75歳までで、中央値は37.5歳でした。楽器の内訳では、pianistが75名、violinistが8名、guitaristが5名、cellistが4名、clarinetistが3名、violistが2名、harpistが2名、recorderが1名、tubaが1名で、1名はピアノとビオラを両方演奏していました。予想外に、これらの演奏家は小さい頃(平均7.8歳)から楽器を始めて、平均1日5-6時間練習していました。

 100名のうち49名は、著者たちの少なくとも1名の診察を受け、炎症性疾患を除外するための検査も行われました。演奏のビデオ録画が行われ、電気生理検査も行われました。

 大部分の患者は、症状が出現して5年以上経っていました。症状が出現した歳の平均は31歳でした。著者らの病院に受診する前、一人平均6名の医師を受診しており、中には18-20名の医師を受診している患者もいました。演奏を中断した期間は、2週間から18年間で、平均2年でした。

-Results:結果-
☆症状
手の症状として、49名の患者の内訳を見ると、疼痛 (Pain) が最も多いことがわかります。ついで、多い症状は、張り (Tightening) です。

pain 21
Tightening 15
Curting/dropping/cramping 13
Weakness 11
Stiffness 10
Fatigue 10
Pins/needles 9
Swelling 6
Changes in temperature 4
Redness 1

 これらの症状が、音楽に及ぼす影響について、ピアニストらは、次のように感じていました。コントロールの衰え (34%)、スピードの低下 (18%)、速いパッセージの器用さの障害、耐久力の低下 (18%)、集中力の欠如 (2%)。また、音量が落ちた音楽家もいました。身体症状は、ピアノでは、トリル (38%)、アルペジオ (32%)、オクターブ (30%)演奏で最も顕著でした。

 こうした症状が出たとき、演奏家はフィンガリングを変えたり、レパートリーを変えると共に、演奏を休んだり練習時間を減らしたりしていました。

Cessation of playing 32
Change of practice time 25
Refingering 23
Change of repertorie 11
Change of technique 9

☆障害部位
一般的には左手より右手で多く、薬指、小指、前腕での障害が目立ちました。

Right (%) Left (%)
Hand problems (nonspecified) 8 3.5
First finger 5 0.5
Second finger 3 2.0
Third finger 5 6.0
Fourth finger 11 4.0
Fifth finger 10 3.0
Wrist 3 1.0
Forearm 15 9.0
Elbow 6 0
Upper arm 1 0.5
Shoulder 0 0.5
Unknown -total 3%

☆障害の特徴
手の障害の原因疾患の内訳を調べました。
①炎症性疾患
全体の 42%を占めました。腱炎が 32%、腱鞘炎が 4%、関節炎が 4%、外上顆炎が 2%でした。
②非炎症性疾患
全体の 9%を占めました。ばね指などです。
③神経疾患
全体の 42%を占めました。圧迫性神経障害が15%で、そのうち手根管症候群 9%、胸郭出口症候群 4%、尺骨神経麻痺 2%でした。また、運動調節障害 (motor control disorder) が 27%でした。
④その他
筋ジストロフィー、脳性麻痺、痴呆、脳腫瘍、ギラン・バレー症候群などが各 1例ずつありました。精神疾患が 2%ありました。

☆治療
患者の多くは、非ステロイド消炎鎮痛薬NSAIDsの投与を受けていました。40%の患者は理学療法を受けていました。中には、ステロイド、手術療法 (腱切開術など) を受けている者もいました。抗うつ剤、催眠などの精神的な治療は 9名でなされましたが、効果がありませんでした。代替療法も効果ありませんでした。MGHでは、患者の多くは NSAIDsや物理療法を組み合わせた combination therapyで治療されました。

 この論文を読む前は、腱鞘炎などが多いだろうなとは思っていましたが、腱の炎症が多かったのは予想通りとして、神経疾患が多かったのは意外でした。我々が普段診療している手根管症候群なども気をつけないといけないのですね。こうした神経疾患の電気生理検査は、先輩の「はり屋こいしかわ」先生の専門分野です。私も色々と教わりたいと思います。

悩みを抱える演奏家のために、こうした研究がもっと進むことを望みますし、こういった研究を出来る懐の広さが医学には必要なのではないかと思います。

Post to Twitter


Leave a Reply

Panorama Theme by Themocracy