アルツハイマー病の分子病態
10月 23日、Metroporitan Neurology Conferenceに参加し、「アルツハイマー病の分子病態-根本療法を求めて-」を聞いて来ました。演者は岩坪威教授でした。非常に勉強になる話で、私が理解した範囲でここに記します。
まず、座長の帝京大学清水教授が演者の岩坪威氏の紹介をしたのですが、爆笑の連続でした。その場には、清水教授と東京女子医大の岩田教授がいらっしゃったのですが、お二人は岩坪先生が研修医の時にお世話になった先生でした。
清水教授「えー、岩坪先生の御略歴を紹介します。先生は確か長崎出身でしてぇ~」
岩坪教授「あ、私は和歌山です。」
清水教授「あれ?長崎じゃなかったっけ?」
岩坪教授「長崎は妻の出身です。先生は私より妻に興味があるようで・・・。」
清水教授「和歌山といえば○○先生もそうだよね。」
岩坪教授「○○先生は和歌山の北部で、私は南部ですから」
清水教授「岩坪先生は△△年に卒業した後、××年に神経内科に入局しました。あれ、この間2年あるけれど、どうしたの?遊んでたの?」
岩坪教授「インターンで」
岩田教授「そういう制度だったじゃないか」
清水教授「それから、□□年に薬学部に行って・・・、だっけ?」
(同様の調子で進行)
全然、演者の紹介になっていなくって、むしろ演者に質問しながら進行していく展開で、場が和みました。
今回のテーマは大きく2つでした。
①βアミロイド仮説について
②根本治療法の治験が本格化しようとしているが、病態の本質を反映するサロゲートマーカーの同定と標準化について
βアミロイド仮説について
アルツハイマー病の海馬の顕微鏡写真では、神経細胞脱落、神経原繊維変化 (tau)、老人斑 (βアミロイド) が見られます。これは autosomal dominant Alzheimer病でも sporadicのAlzheimer病でも同様であり、両者は病態的に同様であることが示唆されます。
βアミロイド仮説を最初に提唱したのは、Dr. Dennis Slekoeで、アミロイドの蓄積がアルツハイマー病の病因であるとしました。βアミロイドが原因であるとする人達を The Baptistと呼び、タウ蛋白が原因であるとする人達を tauistと呼び、両者は激しく対立しているようです。
βアミロイドは
(1) アルツハイマー病の最初期病変
(2) アルツハイマー病に特異的な現象
(3) 家族的アルツハイマー病遺伝子変異により促進
されるという特徴を持ちます。
βアミロイド産生の増大or除去の低下からβアミロイドの蓄積が起こり、PHF(tau蓄積)が形成されます。βアミロイドの蓄積とPHFによって神経細胞の機能障害及び死が起こると考えられています。
βアミロイド (Aβ) は前駆体蛋白 APPから 2段階の切断を受けて作られます。細胞膜に存在する APPはまず βセクレターゼによって切断され、βセクレターゼによって切断された細胞外側の物質が、γセクレターゼによって切断され、Aβ40と Aβ42という分泌型の Aβが出来ます。
Aβ42の蓄積は最初期のアルツハイマー病病変であると考えられています。それを調べた実験の紹介です。
試験管内に Aβ40や Aβ42を入れると、凝集の核が出来るのに・・・
・Aβ40は初期には出来ず、タイムラグがあり、day単位で観察される
・Aβ42はタイムラグがなく、数時間単位で観察される
この実験から、Aβ42の方がすぐ溜まってくることが分かります。
岩坪先生らは、ペプチド末端 (カルボキシル末端) に対する抗体を作成し、ダウン症の患者の脳を経時的に染めてみました (Iwamoto et al. Neuron 1994, Ann Neurol 1995)。
31歳では、Aβ42がうっすらと軽度染まりますが、Aβ40は染まりません。 44歳では、Aβ42がある程度染色され、Aβ40がわずかに染まり始めます。さらに歳を経ると、Aβ42が濃染され、Aβ40が淡く染色されています。
この結果から、最初 Aβ42がある所に Aβ40が入ってくるのが分かります。
Aβの前駆物質である APP遺伝子は家族性アルツハイマー病の病因遺伝子として、最初に同定されました (Hardy et al, 1991)。APP遺伝子は、βセクレターゼ (β-secretase)、γセクレターゼ、αセクレターゼによる切断を受けます。
APP遺伝子の変異は Swedish, Tottori, Arctic, NCHWAD, Londonが知られており、これらの変異により産生されるタンパク量が増えたり凝集しやすくなったりします。Tottoriは、日本の鳥取大学教授が見つけた変異で、疑問符が付いていましたが、βアミロイドの蓄積がごく最近病理で証明されました。
しかし一つ問題点がありました。メジャーな (頻度の多い) 家族性アルツハイマー病の原因とされるプレセニリンの存在する染色体と APPの存在する染色体は、位置が異なるのです。
このことについて、プレセニリンによってAβ42の産生が増えることから、プレセニリンが γセクレターゼの構成要素であることが証明され、決着が付きました。
つまり、酵素 (γセクレターゼ)、基質 (Aβ42) どちらの問題でも βアミロイド蓄積は起こるということです。
次に、γセクレターゼ複合体の形成過程についてです。
γセクレターゼは PS (プレセニリン), APH-1, NCT (ニカストリン), PEN-2が構成要素です。APH-1とNCHの複合体と PSが結合し、高分子量複合体が出来ます。これが PEN-2による作用を受けて、活性型セクレターゼとなります。
γセクレターゼの構造を決定するために、システインスキャン法や電子顕微鏡による観察を行っていますが、難航しています。膜の中で何故加水分解が可能なのかなど、疑問な点は解決していません。
γセクレターゼは様々なⅠ型膜蛋白の切断に関わることが分かって来ました。特に、細胞分裂に重要な Notch活性化に関与しているようです。
治療について
γセクレターゼを阻害することでβアミロイドの蓄積を押さえられるのではないかと考えられ、いくつかの薬剤が開発中です。
γセクレターゼ阻害剤
①Transition-state analogue type (pan-γ-secretase inhibitor)
これには L685, L458, WPEⅢ-31-Cなどがありますが、Notch抑制によって副作用が出ます。具体的には細胞分裂のさかんな消化器粘膜の障害などによる症状です。
②Dipeptide type
これにはDAPT, Compound Eなどがあります。
③Others
JLK6, Sulfoneamideなどがあります。
一方で、NSAIDsがアルツハイマー病を押さえるのではないか?という意見が出てきています。
そのきっかけになったのは、ロッテルダム・スタディで、アルツハイマー病発症を大幅に抑制しました。
NSAIDsに Aβ42特異的 γセレクターゼ抑制効果があり、一方で Notch抑制がみられないという特徴があることがわかってきました。
ロッテルダム・スタディでは、R-flubiprofen (Flurizan) 800 mg 2回/日という高用量の NSAIDsを用い、現在第Ⅲ相試験中です。
以上より、Aβ抑制療法としては下記のストラテジーが考えられます。
1. Notch阻害を生じないtherapeutic windowを設定
2. APPもしくはAβ42特異的阻害剤を用いる
a) NSAIDs: R-flurbiprofen
b) NSAIDs以外の骨格を持つ: Aβ42lowering modulator
Aβワクチン療法も注目されています。
Aβワクチン療法は、APP transgenic mouseのβアミロイド蓄積を抑制します。すなわち、Aβ peptideを投与すると、脳ではAβが減るとされています。
それを説明する仮説は次の通りです。血中に抗体が出来ることがスタートです。
①ミクログリアによる貪食が起こる
②凝集抑制・溶解促進
③peptide sink (引き抜き): 脳から血中にAβを引き抜いて脳での濃度を下げる。
有効性が期待されますが、人での実験では、6%に Th1 shiftによる自己免疫性脳炎が起きました。また、βアミロイドが減少したにも関わらず、臨床症状の改善はありませんでした。これは、βアミロイドが既に蓄積してから治療しても遅いことを示唆しています。現在は改良したワクチンによる治験が行われており、来年結果が明らかになるそうです。
例えば、80歳でアルツハイマー型 dementiaを発症する人の脳を見ると、50歳くらいからアミロイドが蓄積されてきており、70歳以前から病理学的変化が起こり始めています。70歳代で MCI (mild cognitive impairment) となり、80歳くらいでdementiaが顕在化します。
症状がない段階で病理変化が起こっていることは、家族性アルツハイマー病の研究で明らかとなっています。若くて症状のない遺伝子保有患者が不慮の事故で死亡したとき、脳を解剖してみると、既に病理変化が起きているということです。
アルツハイマー病の治療薬開発の上での問題点としては
1. 正しい診断・進行度評価が困難な場合がある
2. 臨床的指標はばらつきが大きく、定量性に乏しいということ
が挙げられます。
疾患マーカー
アメリカ ADNI (Alzheimer disease neuroimaging) は、アルツハイマー病の効率的な治療法確立をイメージングと生化学マーカーの解析を通じて実現するための「大規模研究」として開始されました。臨床治験との関連づけも行われています。
2009/2010年に終了予定のこのプロジェクトには 90億円への研究費が補助されています。
デザインとしては、MCI (400例)、軽症アルツハイマー病 (200例)、control (200例)を対象に、全例症状と MRI、血液・尿検査が施行されます。FDG-PETを 50%、3T-MRIを 25%、髄液を 25-30%の例で検査し、一部 βアミロイドイメージングを行いました。
βアミロイドイメージングについて、PETの核種として [11C] ピッツバーグ化合物B (=PIB) を用いて、脳内での集積を見ます。その他、[18F] の方法もありますが、こちらは GE社が特許を取ろうとしているところとのことです。
バイオマーカーとしては、髄液でtau蛋白上昇、Aβ42低下がみられ、Aβ42の低下は、脳アミロイドの吸着が起こっているからではないかと考えられています。その他、血中 Aβ42/40比の低下が知られています。
一方、日本国内でもall Japan体制でのJ-ADNI研究が行われ、全国 31カ所の施設が参加しています。これに対する国の資金援助は2400万円/年です。アメリカと比較すると笑ってしまいます。天下り役員の年収より低いんじゃないでしょうか。日本が何に重点を置いているのか実感する数字です。
MCI (300例)、軽度アルツハイマー病 (150例)、健常高齢者 (150例)を対象に、臨床症状、心理検査、MRI (1.5T)、3T-MRI、FDG-PET、βアミロイドPET (PIB)を行います。
アミロイドイメージングの問題点として、一件 20万円くらいかかるのが難点で、広く行われるようになったとしても、やはり 10数万円が相場になるだろうということです。
また、アミロイド PETで蓄積が見られた場合、将来確実にアルツハイマー病を起こすかを経時的に評価して、検査の有用性を証明しないといけません。100%将来アルツハイマー病を発症するとは証明されていません。
非常に面白い話で、聞いていて勉強になりました。この手の論文に対するアレルギーが取れました。