ALSをめぐる最近の話題
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は、なかなか治療が難しい病気です。診断が困難なこともしばしばで、患者はいくつかの病院を経て、神経内科を受診することが珍しくありません。原因もまだわかっていません。
実は、私は恥ずかしいことに研修医時代、ALSが最も診たくない病気の一つでした (もちろん今はそんなことないですよ)。治療法がなく、治療のオプションすら示せないことに、自分の無力感を思い知らされたからです。まだ、癌なら、早期発見で治癒したり、ある程度の進行癌でも戦う方法は多々あります。ALSの場合は、どんなに早期に発見したとしても、確立した治療法がありません。様々な治療法がトライされていますが、医学雑誌には、「無効であった」との結論ばかりが並びます。そのため治療は (効果の確立していないリルゾール内服を別とすれば)、対症療法が中心で、極めて困難です。我々は、終末期医療と言えば、癌を思い浮かべますが、このような疾患の終末期医療も考えていかないといけません。
医師としてALS患者に接する度に、なんとかしないとという気持ちを持ちます。これは、多くの神経内科医共通の気持ちでしょう。「neurology」というブログでも、「治せない病気に対し、我々は何ができるか? 」「続.治せない病気に対し,我々は何ができるか? 」と考察を重ねています。
こうした中、ALS研究は大きな転換期を迎えています。最近面白い論文を読みましたので、周辺疾患を絡めて、最近の話題を紹介したいと思います。
参考にした論文は「長谷川成人,新井哲明.タウ,プログラニュリン,TDP-43と神経変性.実験医学 25: 1947-1955, 2007」です。また、先輩が、この分野を病理学的側面から研究しており、色々教えて頂きました。この論文の著者は、この領域のオピニオン・リーダーなのだそうです。
本題に入ります。もともと、ALSの原因は不明ながら、一部のALS家系でSuperoxide dismutase (SOD1) 変異が認められ、活性酸素の処理の障害で組織障害が起こるのではないかと考えられていました。それを元に研究が進められてきたのですが、芳しい成果は上がりませんでした。
そんな中、別の疾患の研究で、タウというタンパク質が注目を集めていました。タウは、アルツハイマー病 (AD) で異常リン酸化され、蓄積してくる蛋白として研究されていました。アルツハイマー病におけるタウの役割について、上記の論文から引用してみましよう。
タウは中枢神経系に多く発現する微小管結合タンパク質の一種で、神経細胞の機能発現に重要な役割を果たす微小管の重合、安定化に働くタンパク質である。明瞭な立体構造をもたない natively unfolded proteinの一種であるが、AD脳では約20カ所もの部位が高度にリン酸化され、正常ではみられない線維(クロスβ構造をもったアミロイド線維)として細胞内に蓄積する。この構造は非常に安定でさまざまな界面活性剤に対して難溶性を示し、線維の基本骨格はプロテアーゼに対しても高い抵抗性を示す。一部はユビキチン化されて検出されるが、これは細胞がユビキチン・プロテアソーム系を動員し分解を試みたが分解できなかった痕跡と考えられる。リン酸化タウの時間的、空間的蓄積は、ADの病理学的なステージを6段階に分類できるほど特徴的な分布を示し、神経細胞死の程度や認知障害などの臨床症状と強い相関がある。また髄液中のタウ (特にリン酸化タウ) は現在最も信頼度の高い ADの生化学的診断マーカーとして注目されている。
一方で、タウはADに特異的なものではなく、前頭側頭葉変性症 (Flontotemporal lobar dementia; FTLD) の研究でも、重要な意義を持つようになりました。そして、FTLDをタウの異常集積の有無で分類することが一般的になってきました。
FTLDの中で、タウの異常集積がみられるもの (tauopathy) には、ピック病、皮質基底核変性症 (Corticobasal degeneration; CBD)、進行性核上性麻痺、FTDP-17 (frontotemporal dementia and parkinsonism linked to chromosome 17) があります。
タウの異常集積がないFTLDは、ユビキチンが陽性か陰性かで分類されました (もちろん、tauopathyの中にもユビキチン陽性のものがあるのですが、ここでは、タウの異常集積がないものをユビキチンによって分類します)。タウの異常集積がなくユビキチン陽性の疾患を FTLD-Uと総称します。これには semantic dementia (SD)、progressive nonfluent aphasia (PA)、frontotemporal dementia (FTD)、frontotemporal dementia-motor neuron disease (FTD-MND)、Tau-negative FTD-17、FTDU-17が含まれます。同じくタウの異常集積がなく、ユビキチン陰性のものは、dementia lacking distinctive histology (DLDH)と呼びます。あくまで病理学的な分類です。
著者らは、TDP-43が、ユビキチン陽性構造物の主要構成成分であることを同定しました。同定へのプロセスが、非常にエレガントなように思うのですが、詳細は割愛します。是非文献を読んでみてください。TDP-43についての解説を引用します。
TAR DNA-binding protein 43 (TDP-43)
TDP-43は不均一核リボタンパク質 (heterogeneous nuclear ribonucleoproteins; hnRNPs) のファミリーに属し、RNA認識モチーフ (RRM) として知られる共通のヌクレオチド結合ドメインを介してRNAと結合するタンパク質である。hnRNPに属するタンパク質は RNAの修飾、安定化、輸送や pre-mRNAスプライシング、転写調節のようなさまざまなプロセスに関与する。中心部に2つのRNA結合領域 (RRM1とRRM2) をもつが、ヌクレオチドとの結合には RRM1だけで十分であり、F147と F149がその認識に不可欠であることが示されている。
TDP-43は不均一リボ核タンパク質 (heterogeneous nuclear ribonucleoprotein; hnRNP) の一種で、mRNAのUG-repeat配列に結合し選択的スプライシングの調節に関与するタンパク質である。HIV遺伝子のTAR (trans activation responsive region) に結合し、その発現を抑制する因子として最初に同定され、この名前が付けられたが、その後の解析で TAR DNAを含め UG/TG-repeatがない RNAや DNAとはほとんど結合しないことが示されている。Baralleらのグループは (UG) n-repeated RNAの配列に特異的に結合し、嚢胞性線維症の原因遺伝子 CFTRのエキソン 9のスプライシングを抑制する因子として TDP-43を同定した。TDP-43は hnRNPに共通の構造である RNA認識配列を2つ (RRM1とRRM2) もち、hnRNP A2/B1や hnRNP A1などと複合体を形成しスプライシング抑制などに働くことが示されている。遺伝子は第1番染色体 1p36.21に存在する。
で、このような研究が ALSとリンクしてくる訳です。ALSの一部はユビキチン陽性の FTLDを伴うことが知られています。また、孤発性 ALSでは、脊髄前角細胞や大脳皮質にユビキチン陽性構造物が出現し、TDP-43抗体で染色されます。つまり、ALSにおいて TDP-43が重要な役割を示すことが明らかになったのです。
現在考えられている仮説では、プログラニュリン (PGRN) 遺伝子の変異による PGRN量の減少など種々の要因により、TDP-43の核内、細胞内蓄積と神経変性が起こるというものです。まだ、証明はされていませんが、今後の研究の中心になっていくものと思います。
さて、最初に述べたSOD-1変異による家族性 ALSですが、TDP-43が陰性であることが知られており、TDP-43が陽性を示す孤発性 ALSとは別の病気を見ている可能性があります。これまでは SOD-1変異ばかり研究されており、ALSの大部分を占める孤発性ALSが無視されていた可能性があるのです。こうした基礎知識を持って、「Neurology」というブログの「ALS研究における失われた10年?」を読んで頂けると、何が「失われた」のかわかると思います。
これは、ALS研究がこれまでと全然違う方向に向かうことを示唆します。ただし、私が紹介してきたことすら確実かどうかは現時点ではわかりません。
疾患の理解は当初臨床的アプローチからもたらされます。つまり同じ症候を示す患者達を「症候群」などとして纏めます。こうして、疾患概念が築かれていくのです。しかし、同じ症候を示す場合でも、研究を進めると病因が違うことが多々あります。中には、全く別の病気に分かれてしまうこともあります。ALSという疾患も、突き止めると、様々な病因 (SOD-1変異、TDP-43蓄積) を含む、いくつかの疾患の総称なのかもしれません。
ともあれ、こうした研究が進み、治療法が開発され、患者に笑顔で治療法を説明できる日が来ることを切に望みます。