目覚ましの時刻は昨日と同じ。さっと起き、シャワーを浴びて食堂へ。食堂の受付の彼女は、ウィーンに来てから同じ女性だ。毎日こんなに早く大変だ ろうに。でもその笑顔に癒される。
まず朝1番にシェーンブルン宮殿へ。荷物を預け中を周 る。幼いモーツァルトが転んだ マリー・アントワネットを助け起こしてプロポーズした有名な部 屋や、贅をつくした部屋の数々を眺め宮殿を後にした。もう少し歴史の勉強をしてからの方が楽しめると思った。きっとまたここに来ることもあるだろう。
Schonbrunn駅で用を足したくなり駅のトイレに入ったのだが紙がない。トイレの中に自販機があり、とりあえず買ってみたらなんと「コン ドーム」だった???。ヨーロッパの公衆トイレでは紙の代わりにコンドームが売っているようだ。そのままトイレを出て地下鉄に乗り Meidlinghauptstrasseの駅で再びトイレに入ってみる。そこのトイレに紙はあったのだが有料トイレだった。確かに、無料ではなくメイン テナンスをする金を払って使用する方が利にかなっている。
Meidlinghauputstrasseの駅から地下鉄に乗りKarsplats駅下車。駅を出てすぐのところに「Ascolta」という小 さなCD屋がありふらりと入ってみる。店員に「ピーター・フランク・ツィンマーマンとかクリスティアン・テツラフが好きなんだけどCD置いてない?」と聞 くと「ツィンマーマンは今ないけど、テツラフならあるよ」との返事。数点購入する。日本では廃盤になっているようなものも置いてあった。すごく親切な店員 で、いろいろ探すのを手伝ってくれた。俺しか客がいなかったからかもしれないが。
Steinway-hausと書かれた店の前を通るとスタ ンウェイが所狭しと置かれていた。スタンウェイの専門店は初めて見た。壮観である。店の 前を通り過ぎKarntner Strase(ケルトナー通り)へ入る。ケルトナー大通り沿いにある「EMI」ウィーン店に入る。「バッツィーニ」全集を始めとしていくつか掘出し物は あったが、基本的に日本のEMIと品揃えはあまり変わらなかった。
近くにある「Haus der Musik(音楽の家)」へ向かう。建物の周りに電子ピアノが置いてあり、少年達が集まって「猫踏んじゃった」を演奏していた。この曲は全世界共 通みたい だ。受付を通ってこの博物館に入る。階段を上がるとまずウィーンフィルの資料室になっていた。歴代指揮者(ブラームス、ブルックナー、ベルディ、ワーグ ナー、リヒャルト・シュトラウスなど)縁の品が展示されている。中にはブラームスがかけていた眼鏡や、実際に使われたタクトも展示されていた。ウィーン フィル関連のグッズも販売されていた。
次の階は様々な「音」について体感できる空間となっていた。入り口のところは「胎内」で聞こえる音を模した音が鳴っている。目を閉じると不思議な 感覚になる。胎内ってこんな感じなのだろうか?全て人には胎内回帰の願望があるというが・・・。また、ある音に異なる音を重ねて行くと、どの瞬間から元の 音が聞こえなくか体感できるコンピューターや、音の大きさや周波数をボタンで自由に変えられるコンピューターがあった。敷き詰められた砂の一方向から音を 鳴らして、周波数に一致して砂に模様が浮かんでくる様子が観察できる展示物もある。純粋に「音」と遊べるようになっていた。
その次は「ハイドンの部屋」と呼ばれる空間で彼自筆の楽譜、手紙、その時代の楽器などが展示されている。ハイドンの曲のCDも聴けるようになって いる。同様に「モーツァルトの部屋」「ベートーヴェンの部屋」「シューベルトの部屋」「ヨハン・シュトラウスの部屋」「マーラーの部屋」などもあった。
更にいくつかの部屋を見て出口付近に行くと「Virtual
Conductor」なるゲームが置いてあった。スクリーンにウィーンフィルが映っていて指揮をすると指揮通りに演奏してくれる。俺の前にゲームしている
人
達がいたので見ていたのだけど、途中でウィーンフィルのメンバーが楽器を放り出して立ちあがり怒り狂っている画面になりゲームオーバー。俺もゲームしてみ
たのだけど、テンポが速くなったり遅くなったりして全然良い演奏にならなかった。何とか1曲終える事ができたので、周りの人達が拍手で祝福してくれた。で
も、かえって恥かしい。
音楽の家を出た後、ブルグ公園の中を歩く。有名なモーツァルト像の 脇を通っていると、日本人から声をかけられた。「あの日本人でしょうか?道を聞 きたいのですけど。」とのことだった。こういった有名な観光地には日本人が多い。わかる範囲で説明して、ヘルデン(英雄)広場まで歩いた。ヘルデン広場は王宮、新 王宮の庭にあたる。新王宮ではアフガニスタン展が開 かれていた。新王宮内は ウィーン美術史美術館となっていて、「エジプトーオリエント・コレク ション」 「古典古代コレクション及びエフェソス・コレク ション」「美術工芸品コレクション「古銭コレクション」「古楽器コレクション」「狩猟・武器コレクション」といった展示があった。全てをまわる時間がなく て、「古楽器コレクション」のみまわることとなった。「古楽器コレクション」には西暦1500年前後の楽器から始まって、その後の楽器の変遷を展示してい るコーナーがあった。初期のころの楽器は装飾性がとても強く、それだけで芸術品としての価値が高そうだった。これだけの多様な楽器を展示している所は初め てで、チェンバロ〜ピアノ展示コーナーはあまりの広さに、全て見て回るだけでくたくたになってしまった。もちろん弦楽器展示コーナーも充実していて、その 中を自分の楽器を持って歩くことに詩的な感動を覚えた。
昼食は「アウグスティーナー・ケラー」という大衆ウィーン料理の店で摂ることにした。落ち着いた雰囲気の店だ。ランチはバイキングとなって いた。 食事をして、ワインを片手にガイドブックを眺める。犬を連れている人がいて、その足下で「伏せ」の格好をしている。次はロプコヴィッツ邸に行くことにし た。この店から目と鼻の距離だ。銘板もありわかりやすい。
ロプコヴィッツ侯爵は多くの音楽家を支援した貴族で、ベートーヴェンから交響曲第3番、第5番、第6番を始めとする曲を献呈されている。エロイ カ・ザールはベートーヴェンの交響曲第3番「エロイカ」が初演前に数度試演された部屋といわれている。天井には眩いばかりに金箔がはられ、美しい絵が描か れている。この世に天国を再現したかのような空間だ。ここでエロイカの演奏を聴いていた人達はどんな心境だっただろう?何世紀も愛されていく音楽だと知っ ていただろうか?
分離派会館は思ったよりわかりやすいところにあった。ここにはクリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」という作品がある。作品のある部屋に
は椅子
があり、読書をしている女性もいる。椅子に座って日本から持ってきた「ベートーヴェン・ルネッサンス」という本を開くと、クリムトのこの作品について説明
している一節があった。その文章を読んで、絵を眺め、また文章を読む。最後に目を閉じて絵を頭のなかに再現する。頭の中には第九の最終楽章が流れていた。
「-左側廊の壁面。絵はフリーズ状に部屋の三方の壁の上半分に描かれている(中略)
第一の長い壁=幸福へのあこがれ。弱い人間の苦悩。完全武装した強者に対する弱者の懇願、強者の心に浮かぶ同情と功名心-これらが強者を駆り立てて幸福
を戦いとる決意を抱かせる。狭い壁面=敵対する勢力。怪物デュフォン-この怪物に対する戦いでは神々すら無力だった。デュフォンの娘たち-ゴルゴンの三女
怪。病気、狂気、死。肉欲と不貞、不節制、心を蝕む悲嘆。人間の望みもあこがれも雨散霧消してしまう。第二の長い壁=幸福へのあこがれはポエジーに慰めを
見出す。諸芸術は、理想の王国へとわれわれを導いていく。その王国でのみわれわれは純な喜び、幸福、無垢の愛を見つけることができるのだ。天使たちのコー
ラス。『妙なる霊感の歓び』『この接吻を全世界に・・・』(後略)」(C. M. エーベハイ著/野村太郎訳「クリムト」美術公論社発行より)
コンサートの始まる時間が近づいてきた。今日は「Artis Quartett」の演奏会である。コンツェルト・ハウスの 裏にあるホテルのレストランでウィーン料理を楽しむ。店員がテーブルにあるローソクに火をつけ てくれ、ワインを飲みながらの食事にとても幸せを感じる。ワインの銘柄なんて全然知らないものだけど、日本で飲む高級ワインより全然おいしかった。
コンツェルト・ハウスについてチケットを見せると、「このコンサートはここではなく、ムジークフェライン(楽友協会)ですよ」と知らされた。勘違いし ていたらしい。慌ててムジークフェラインに向かう。道がわからなかったので、途中で信号待ちしている人に道を聞いた。すると、その人も「私もそのコンサー トに行くんです。時間がないから急がないと。一緒に行きましょう。」と返してきた。見ると正装している。黒でまとめている。本人にとって「余所行き」の格 好なのだろう。とてもお洒落だ。コンサートに対する姿勢が伺える。二 人でコンサート会場まで走り、無事間に合った。ヨーロッパのコンサートでは、音のたつ持ち物や、音を吸収するコートなどは全て客席に入る前に預けなければ ならないし、遅刻してくる人などほとんどいない。観客も他人に迷惑をかけないように最大限の注意を払い、コンサートを共に作っている。我々二人も何とかそ の例外とならずに済むことができた。ムジーク・フェラインは ウィーン・フィルが本拠地としているコンサートホールで、内装の美 しさは見る人を魅了してやま ない。
最初の曲はメンデルスゾーン「弦楽四重奏曲第1番」。カルテットとしてとてもまとまりがあった。音の出し方もとても柔らかかった。ファースト・ヴァイオ リンの人は右肩が少しあがりやすく、力が入りやすい感じだったけれど上手く工夫していて、音はとても均一だった。とても包容力のある演奏だった。2曲目は ウィルソン「弦楽四重奏曲第4 番」も不思議な感覚の曲で、Dをチェロが基準音として出していながら、そこからグリッサンドでビオラから順番に上行していくあたりはとても幻想的 だった。曲が終わり、20歳代に見える作曲家が拍手をもって迎えられたとき、次の時代を感じた。聴衆たちもこの新しい作曲家を歓迎していた。こうした作曲 家が多くいるなかで、一握りの人が歴史上の作曲家として名を残していったのだろう。
シューベルトの「弦楽四重奏曲第13番」が演奏され、コンサートが閉じられたとき、ウィーンの聴衆がどのように音楽史を作ってきたかを垣間見た。コン サート自体は、大衆向けの曲ばかりではないけれど、贔屓の演奏家の演奏会にファンたちが集い、大衆向けの演奏会とは一線を画していた。聴衆たちは本当に音 楽を愛し、マナーの良さはクラシック文化の浅い国ではみられないものだった。
コンサートをかつてないくらいの充足感で後にし、地下鉄に乗って帰った。ホテルのバーでカクテルを飲みながら、今日の演奏会を思い出し、グラスに目を落 とした。次に来るときはきっとこの歓びを共有できる人と一緒に来ようっと。